85話 醜い祈りと負の後押し
時は遡り、アトック天光学園の頂きの一人である紅月 燐は唖然としていた。奏から受けた指令によって自身は学内へと座標を置いていたはずだったのだ。
「アハァっ!なーんで私だけ転送で外に放り出されてんだろ……?」
辺りを行き交うは何も事情を知らないであろうごく普通の人達。剥き出しにしていた第四星の想像によって、誰もが皆その足を止めて視線を燐へと集めていた。
(んー?ここらには普通の人しかいないけどなぁ……もしかして私以外も天剣は強すぎて邪魔だから弾かれた感じ?)
物理的にも信号的にもここには敵はいない。他者から生まれた意識、その感受に特化した第四星は学園へと体の方角を合わせた。アトックでの日常は一般人からすれば充分に非日常と言える。
校外のそれら平凡は第四星にとっては刺激の薄いつまらないものだ。いつだって彼女の心を高揚させるものは戦闘でしか生まれることはなく、極限状態による溺れてしまいそうな程のアドレナリンを常日頃から求めていた。
「アハァッ!なにこれ――」
学園を中心に色濃く展開させた彼女の想像が違和感を感じ取った。それは突如として出現した膨大な他者の感情。燐にとって第三者から向けられるそれは、喉から手が出るほど必要不可欠なものでもある。
『私を見ろ』
その一点のみに己の想像を描き続けてきた。強きは全てを認められ、他者の羨望と畏怖の眼差しはその証明となる。そう信じ続けた燐にとって、突如蔓延した不可視で醜い感情の塊は宝の山と言えた。
『才能が違うんだよ……』
『ぼ、僕なんかがかなうわけないよ!』
『ご、ごめんなさい……あなたとやると自信なくすから……』
『良いよな、天才は』
『凡人が努力したって意味なんかないんだろ』
『天才は天才同士で研鑽してよ……』
(あれ……?なんか違う)
燐にはオートで作動させるよう組み込んだ想像がある。他者の持つ興味関心、それらを強制的に自身へと集めるもの。故に感受した醜い感情の矛先、それらは自身へと向けられたものではないと気付く。
自らへと集めた憎悪と畏怖の塊は、燐にとって『承認』を満たすものだと思っていた。何故ならばこれらの感情から発生するあの眼差しは、自身を天剣という頂点へと誘った一番星に向けられていたものだから。
「う……!頭が…っ」
何千、何万という膨大な人間の醜い感情のみが強く燐の想像へと重なっていく。周囲には蒼黒い稲妻が迸り、電子化された憎悪と畏怖の思考がCPUへと逆流を始めていく。
「……アハァ」
天を仰ぐ様に顔を上げた紅月は不気味に笑みを浮かべた。個人のCPUでは到底捌き切れるはずの無い逆流データによって、第四星の思考はたった今、個としての行動起点を失った。
一際強い輝きを放っていた第一星、その対価として付きまとう孤独の恐怖を燐は知らない。渋滞した逆流データ、その起源となる第一星への嫉妬と恐怖。他者の物であるはずのそれをエネルギーとし、第四星の意思と混ざりあった想像が庭園と化した――
「待って……」
「ねぇ、そこのあなた……」
「……」
街中を行き交う何でもないただの市民が皆足を止め、その眼差し、興味関心を燐へと向ける。暴走した創術、その末に展開した創成世界。それはあまりに不完全で歪なものだった。
「アハァッ!!ワタシヲミタシテヨ」
燐の心を満たすものは戦闘でしか得られない。強さの証明こそが想像の起源であり、それを想いのままに描く庭園によって市民達の手へと刃物が光る。子供も老人も関係なく、到底武器とは呼べない杖やホウキを武器と見立てて一斉に燐へと敵意が集まった。
「アハァッ!!」
無差別に展開した創成世界、それに汚染された市民達は戦闘兵ではない。第四星の放つ雷の創術が落雷となりその身を焦がした。嵐のように降り注ぐ雷が蹂躙の限りを尽くし続けた。
何度も、何度も何度も瞬く稲光と共に舞うように振りかざした四星の片手剣が一人の首を跳ねる。狂気に満ちた眼光が髪の隙間から覗く。取るに足らない相手ばかりだと、埋め尽くさんばかりの他人の感情が意中の一番星へと狙いを定めた。
「アハァ……タリナイヨ……全然!!こんなんじゃ全然タリナイ!」
遥か遠方だとしても、強制的にリミッターを外された第四星の想像には既に射程の概念は無い。創成世界の効果範囲を周囲からたった一人の少女へと照準を変える。流れ込み続ける負の感情、従来ならばそれらが集うべき一番星へと。
「……っ!」
通常では第四星は人間の放つ微弱な信号へと干渉を働きかける性質を持つ。視線誘導もまた、そのための技術の一つと言えるだろう。第一星の持つ絶対的な守護領域を突破するには、天才の織り成す演算を上書きする必要があった。
「アハァ……!やっぱり無理カァ……!」
創術というありふれた電創粒子の読み合いでは絶対に第一星を超えることは出来ない。同じ天剣でも第一星と四星では分厚く高い壁がある。それでも燐は単純な押し相撲のような力比べを止めなかった。
全力以上の創術を持ちかけても第一星はきっと気にもとめていないだろう。蟻が靴を齧っているようなものだ。あしらうでもなく、ただ無意識に展開した絶対防壁が事実として燐の祈りを無慈悲に跳ね除けていた。
「ボス……ッ!!ツレナイネェ!!ワタシヲミテヨ!!!!」
遥か遠方にいる奏に対し、背伸びをするように出力を上げた四星の頭部へと鈍痛が走る。とうに限界を超えたCPUが熱を帯びて頭痛を与える。だが止めない。第四星は己の最大の祈りのために、脳信号を迂回させることを拒んだ――
「アハァッ!!」
黒い粒子を撒き散らしながらその手に蛇腹のように連なる剣が。そして第一星のいる方角へと迷いなく振るわれた刀身、それが鞭のようにしなりながら空間ごと大気を削るように爆音を鳴らす。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁあ!!」
「おご……っ」
感情エネルギーの塊を乗せた一撃は大気を震わせ、周囲の人間の三半規管を音だけで破壊する。そしてまた、振るわれた先は飛行機が通れる程の空間が生み出され、第四星は周りの悲鳴など気にも止めずに歩みを見せつけた。
「あぁぁ……」
「あっ……あっ……」
「邪魔」
正気を失った市民が口を半開きにしたまま燐へと歩み寄るも、無造作に振るわれた異能の鞭が大気ごと一帯を吹き飛ばした。漆黒の鞭に秘められた特質など今やどうでも良い、それが僅かに残っている燐の意思でもある。今はただ一星へ、その足を進めるのみ。
「ボスゥ……!マッテテネェ!!スグニソッチイクカラァ!!アハァッ!!」
執着する久莉穹 奏は第四星の輝きを霞ませる存在と言えた。初めて出会った頃に抱いた印象は嫉妬であり、その絶対的な強さに嫉妬すると同時に憧れもした。
第三者からの羨望も、恐怖さえ抱く強さも、天剣第一席も、全てを望まずして手に入れた友。否、燐にとって友達であっても、彼女から見れば自らなど群がる有象無象の一人かもしれない。
「……っ!」
直線上にある邪魔な建物を漆黒の鞭で破壊しながらも燐は思考を止めない。何故ならば彼女の祈りとは、触ることの出来ない一人の少女へと触れることだから。たとえ独りよがりな祈りだとしても、それを実現させるには絶対を挫く強さが必要なのだ。
燐の歩みによって直線上に崩壊した街並みが彩られていく。そしてその視線の先には一人の少女が。空色の髪、小柄で華奢な体、憂いと凛々しさを秘めた眼差し、そして身を包む天秤の刺繍の施された黒いコート。手に握る長剣を肩へと担ぎながら少女が言う。
「随分と雰囲気が荒々しいわね」
「アハァッ!!ボスゥ!!ソッチからキテクレタンダァ!!」
第一星。その姿を捉えた燐の表情が狂気的な笑顔へと変貌した。対照的に黒い鞭を見た奏の表情は険しいものへと。彼女が連れていた部下へと危機を知らせるももう遅い。
「みんな!!下がっ――」
「アハァッ!!」
乱雑に、それでいて多方面へ。そう振るわれた異能の鞭が周囲へと破壊と死を生み出す。第一星はやや遠方のビル屋上へと転移したようだが、彼女の引き連れてきた部下はそうではなかった。
何かに取り憑かれたかのように奏の部下は次々と燐へと特攻をしかけていく。だが踊るように鞭を振り回す燐を前に、死体の山が出来上がっていくだけだった。
「アハァッ!!全然タリナイ!!モット楽しマセてよ!!!!」
「何よ……これ」
共に踊る相手としては役不足、そう言わんばかりに燐は次々とシリウス兵を殺害した。喉を切り裂き、時にはエネルギーを込めたしなりで頭部を吹き飛ばし、蛇腹状の刀身を巻き付けミキサーのように切り裂いた事もあった。
【怖い】
「っ……」
不意に流れ込んだ何かの感情に燐の手が止まる。それは自らを凝視する奏の感情だった。まるで化け物を見るような目であり、当初に願った祈りとはまるで違う特質のものだった。
「ネェ……?ナンデそんな目デミルの……?」
「……っ」
特攻任せの兵士を見もせずに屠り、燐は屋上の奏だけを見つめる。だが不意に心象へと死者の怨恨が異能を通じて侵食を始めた。そのどれもが燐の望んだ他者からの興味関心とは程遠い冷たいものだった。
『痛い……助けて……』
『化け物……!』
『俺には家族が……』
『隊長…っ!化け物です……お逃げ下さ』
(チガウ……ワタシがホシカッタにはコンナンジャナイ)
『紅月さんの創術って凄いよね!』
『どうやったら精神干渉?みたいな演算を組み立てられるの?ほんとに凄い!』
『能力抜きでも目で追っちゃいます……!その…す、好きです!付き合ってください!』
『強くて可愛いとかさいきょーじゃん!』
失った幻想の力が思い出となって記憶を馳せる。異能の持つ特質が他者の感情をエネルギーとして溜め込み、燐の心を蝕んでいく。かつて望んだ祈りが音を立てて崩れたような感覚へと陥ったのだった――
「アハァ……ダイジョウブ…ボスなら……ボスナラ……?」
「……」
降りて来ていた奏は部下の遺体へと悲しげな視線を向けていた。ただ一つ、その少女の視線さえあれば良かったはずの燐へと後悔の念が迫る。否、頭では分かっていても狂気と化した祈りが不満を爆発させた。
「ネェ……!ボスゥ!!ワタシヲミテヨ!!ワタシダケヲミテヨ!!」
自らよりも優先順位が高いと、奏の視線を奪う死体の山を蹴散らすように異能の鞭を振り回した。両耳を塞ぐように手のひらをあてがい、しかめっ面の奏と再び距離が。たった今、一星と四星の衝突が発生しようとしていた。




