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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
一章 下幕
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76話 盗まれた業

 奏の眼前に広がる不気味な光景は異常そのものであり、振り返った大神の笑みが背筋を凍らせる。ただ本能的にこの人間は関わっていけない狂った生き物だと、無意識に奏の足が後ろへと引いた。


「面識のある顔ぶれかな?一応この学園にも在学していた女の子なんだがね」


「一学年なんて毎年どれだけの人数を受け入れてると思ってるのよ。何千人もの名前と顔なんて到底覚えられるわけないでしょ」


「それもそうか。さて本題に入ろう……第四星はどこか?彼女は今アトックから外れた市街地に飛ばしている」


「はぁ?今学園はセキリュティをシャドウ研究会に乗っ取られてる。その話が本当なら、あなたはシャドウ研究会と繋がっていて……私の敵と捉えても良いって事?」


 奏がアトックに入学する直前まで続いていた大規模な内戦、シャドウ研究会とケーニスメイジャーによる情報奪取を巡る紛争は大規模な損害を受けた。とは言っても一部の地域でしか派手な抗争は発生しておらず、実体験ではない。これは奏がシリウスで聞いたものだ。


 だがそれでも幼い頃に憧れた人物を失った事を決して忘れるつもりはなかった。たった一度だけ、朧気な記憶の奥底に実家へと訪問してくれた神の代行者の面影が蘇る。


『お母さんに似て美人になりそうだ!可愛いなぁ……いつか君が自分の我儘を体現できる日が来たら……なーんて!気が早いか!自由に、それでいて弱い者の味方でいてあげてね』


 理屈も根拠もない。ただそう言って頭を撫でられた幼い頃の記憶、たったそれだけでも不思議と彼女の纏う優しさと包容力を疑うことはなかった。


 身に纏っていたシリウスの制服、そこに刺繍された天秤の意味、奏にとってそれは彼女の存在そのものを体現していると信じて止まないものだ。だが彼女は死んだ。その情報の横領は奏がシリウスに属して最も初めに犯した犯罪と言える。


「最早隠すことも無いかね。どうやってセキリュティを潜り抜けたかなんて簡単な事だ。お察しの通り私自身がシャドウ研究会に属している、それだけのことだよ」


「……私を誰だと思ってそんな告白をしてるのよ。殺すわよ(・・・・)?」


「殺気を立てないでくれたまえ。シャドウ研究会に身を預けてはいるが……私にとってはそんな身分は研究に必要だったからなったに過ぎない。私が好奇心を示すものはいつだって目に見えないエネルギーだけだ」


 口先だけの言葉、そこに信憑性を見出すことが難しい相手、それが奏の大神に対する印象であったが、狂気にも等しい笑みを浮かべてビーカーを眺める姿に偽りを感じられなかった。この男にとって犯罪集団さえも利用価値のある道具に過ぎないのだと。


「妙に説得力のある気味悪さね。話を戻すわ。まずは燐よ……詳しい座標を教えなさい」


「そう急かすものではないよ。安心したまえ、時が来れば君は自ら彼女の元へと急ぐさ」


 そう言って大神が掌へと角張った球体を取り出した。そして奏はその媒体が何を行うものかを知っている。従来ならば学園が与える第六席のみが知る情報だが、天剣という絆にそのような学園との口約束はないに等しい。


「それ、生徒の昂奮を制御するやつ……?」


「機能的に言えばその一つと言えるね。そしてこの人形共は副産物なんだよっ!()を通じてこれら一つ一つが感情を持っている事は既に立証済み……」


 歪な音を立てる装置が大神の掌でひとりでに浮遊した。亀の甲羅のように継ぎ接ぎの模様を彩る、魚の鱗のようにも見えるそれ。鱗の一枚一枚が等間隔に開き、部分的に角度を変えていく。


「君は心想粒子について知っているかい?電子化不可能な人間の想いの力と定義されているものだが」


「……聞いた事はないわ。けど、心当たりはある」


 創術という土俵で頂点に立つ彼女は様々なエネルギー法則や物理法則に基づいて演算を立ち上げてきた。高水準な第一席の演算能力、それでもなお不可解な力は電創粒子以外の法則がなければ説明のしようがなかった。否、説明しようにもその次元の言語を知らないような感覚だった。


「未だに我々人類はそのエネルギーの純粋なままの抽出、保存の方法を確立出来ていない。故に学園の暴動を防ぐために吸い上げた(・・・・・)負の心想粒子、それを一時的に保存するにも電創粒子に変換せねばならなくてね」


「いい加減にして!あなたが生涯をかけた検証だからくっちゃべりたい気持ちも分からなくもないわ……!言ったでしょ?気が長い方じゃないの――」


 翳した掌から強烈な風圧が。通過する媒体を抉りとるように消失させる攻撃的な想像、大神の右足を狙った矛が相殺術壁(イレイザー)と衝突して爆音を掻き鳴らす。時間にして二秒、たったそれだけでさえも天才の攻撃は充分なはずだった。


「硬い……」


「君の創術については君以上に私の方が理解が深いかもしれないね。悪いがクライマックスなんだ!年寄りの戯言に付き合ってもらうよ!!」


 そう言って両の手で天を仰ぐように広げた大神が下品に口角を上げる。角張った球体の操作を終えたのか、ビーカーを這うように部屋全体へと蒼黒い稲妻のような発光が煌めく。


「素晴らしい!!感情の発信が出来ないガラクタだからこそ可能な実験だ!!見るがいい第一星!!これが理性のない感情の保存容器だ!!」


 シリウスの裏で行われていた九〇〇〇を超える同位体生成実験。たった一人の成功作を除き、それらに感情の発信は不可能である。だが受信ができない訳では無い。学園の秩序の水準を一定以下に保つため、吸い上げ続けた嫉妬や怒りの感情が今、たった一箇所に集まり爆発寸前にまで差し迫ろうとしていた。


「これぞセカンドプラン……っ!!理性という希釈液があっては生粋なエネルギーを一〇〇パーセント抽出することは不可能!!」


「テンション上がってるところ悪いけど……!」


 得体の知れない実験の開幕に冷や汗をかいた奏が構えるも、首だけを回した大神の笑みが脳裏に刻み込まれる。戦力差、それとはもっと別の何か。漠然とした理解不能な恐怖がそこにあった。


「第四星は他者の感情を自身へと集める創術を扱う。私ではこうしてエネルギーの抽出しか出来ないが……彼女ならばそれの受信が可能(・・・・・)だと私は思うんだ……っ!」


「ふざけないで!!」


 理解不能でも溢れんばかりの蒼黒い稲妻は、奏にとってなんとなく既視感に近いものがあった。それは懐かしさすら感じる醜い他者の眼差し。


 かつて奏が正面からねじ伏せてきた他者の誇り(創術)、その際に感じることが多い不快な他者の感情そのものだと言えた。


「これが……っ!こんな醜い感情がエネルギーとでも言うつもり!!」


「そう言えるね……っ!電創粒子に変換しなければこのガラクタ共にも保管することは出来なかったが……っ!四星を通じて再びこれらは在るべき形へと戻るはずだ!!良い!!想像以上だ!!ふははははははっ!!」


「この……っ!イカれたおっさんが!!」


 得体の知れないエネルギーが滞留する九〇〇〇を超える人達へと絶対的な領域を伸ばす。彼女らが感情というエネルギーを保管する電池のようなものだと、そう理解したからこその創成世界の展開だった。


「え――」


 創成世界とは選ばれた者だけが到達可能な創術の極意である。対峙する敵対者がいればこそ、その自由で広大な想像という演算を手玉に取り、絶対的な封殺が可能な上でようやく成り立つ繊細な奥義だ。


 どれだけ極小と言えど、その庭園に自らだけの法則を生み出すのだから。相手が右足を出すならばそれよりも早く、相手が呼吸をするならばそれよりも早く、常に先手を打ち続けて無意識を制圧することこそが創術の極意なのだ。言い換えればそれば、些細な雑念でも容易に形を崩す。


「――私も一瞬持っていかれそうになったよ」


 演算に全ての意識を向けたはずの奏は何か(・・)に関心を強制的に向けさせられた。集中していた所へと突如大きな音で驚いた時のように、よく知る創術のからくりの術中に陥っている事に気が付いたのだった。


「燐……っ!なんで?ここにはいないのに……っ!」


「当たり前だろう。君という馬鹿げた練習相手ばかりに固執しているから目立っていないが、彼女は既にケーニスメイジャー全土にまで常に創術の範囲を広げられるのだ。承認欲求の塊である第四星にとって、他者からの関心とは意地でも手に入れたいものだろうさ」


「燐は……あのデタラメな負のエネルギー全部を抱え込んだって……そういう事……?」


 成功者を妬む人間などどの世代にも蔓延っている。人はそれを理性という希釈液で薄め、飲み込み中和させているものだ。だが学園の創成からこれまでに至るまで、理性という縛りのない器に溜め込まれた醜い感情の有するエネルギーは計り知れない。


 そして誰よりも他者から嫉妬や恐怖という感情を向けられてきた奏だからこそ、それを正面から言い訳もせずに受け取ることがどれだけ苦痛で辛い事かを熟知していた。


「賢いねぇ……っ!第一――」


「死ね!!!!」


 怒りに任せた奏の攻撃的な創術が爆発した。力任せな想像、ただ直線的に、ただ暴力的に、ただ我儘に、直線上の物体全てを強制的に消し去る不可視な消失領域。防壁も何も為す術もなく大神の上半身がこの場から消え去った。


「早く……!早く燐のところに行かないと!」


 突如として世界へと解き放たれた膨大な負の感情。それらを一身に受けたであろう燐の身を按ずる奏へと、強い焦燥感と苛立ちが襲いかかる。だがここに外への通路は無い。闇雲に消失の想像を辺りへと散らすも無意味だった。


「っ……!」


 部屋の破壊をしても表面的なデータを傷つける事しか出来ない。だがごく当たり前な世界の常識を覆すことが可能な人間がいる事を思い出した。焦燥感のままに駆け上がる階段、開く所作すら煩わしい今や扉さえも消し去った。


「浅霧!!私をここから出して!!」


「それは出来な――」


 否定的な意見など求めていないと、横暴な風圧を深夜へと向ける。だが顔を合わせた時と同様、蒼い斧槍(ハルバード)の一振が創術をかき消した。


「約束と違うわ……!燐の解放、もしくはそのお膳立てをするって契約だったはずよ!」


「お友達の解放までは俺にもどうにもならない。焦るな、じきに向こうからここに来る」


 深夜の言葉に嘘偽りはない。第四星が描いた想像とは世界で二番目に純粋なものだから。たった一人の人間に振り向いて欲しい、ただそれだけだ。

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