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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
一章 上幕
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66話 鏡の奥

 マリカを追った神谷だが一足遅れてしまった。群衆が第一星の試合に夢中になっていた頃、マリカを捉えるよりも早くに事態は動いたのだ。彼女が観客席から飛び降りたかと思えば、次には担任が創術を交えていた。


(クソ、こんなに派手に動くとは思わなかった……どうする?乱入するには目立ちすぎる……(あき)がいれば創術者の振りをしながら飛び込めるんだが)


 既にマリカの術中にハマった群衆が次々と塀を飛び降りて行く中、神谷は歯がゆい心象と共に蒼白の篭手を装着した。マリカの宣言した天剣の殺害、それを成すにはもう一手が必要だ。


 すなわち派手なマリカの動きは陽動であり、彼女の仲間が他にも紛れている可能性が高いと睨む。討究者がもう一人いてもなんら不思議ではないと、生物的な死を与えることの出来る存在を危険視する。


(群衆の関心が第四星に変わった……?いや、それだけじゃない、マリカの創術を一身に集めてるのか?無茶だ――)


 マリカの特質は『同調』であり、他者の精神に自身を守るような精神干渉を施すが故に、その矛先を一身に集める事は自ら火柱に飛び込むようなものだった。マリカの創術に魅入られてしまえば敵意はおろか、戦うこと自体を拒否するだろう。


 だが戦況は神谷の予想を上回る。群衆から燐へと集結したマリカの想像が調和したのだ。見えない演算領域の中は三つの想像が渦巻いていた。辛うじてその三名の特質に理解を寄せる神谷だからこそ見える。第一星の行うマリカの特質の中和が。


「燐!!」


「共闘は久しぶりだね〜!ボス!!」


(同調による洗脳が解けた……群衆の中に不審な視線を送る奴がいるな。マリカは天剣達に任せても大丈夫か……頼むぞ、先生――)


 洗脳されたことにすら気付いていなかった観客達が何事かと顔を見合わせる中、神谷は担任であるノゾミへと音声通話のリンクを試みる。その瞳の先にはただ一人、混乱の渦巻く群衆の中で冷静に獲物を狙う男性を睨む。


「先生、一瞬で良いので霧で俺の近くを眩ませてください」


「神谷君……っ!」


 煌めく蒼い篭手の装着と共に観客席を飛び降りた神谷が空を舞う。そして同時にその声に反応したノゾミの創術によって濁った霧が展開した。伸びるアンカー、そして右手には刀身が光る。


「悪いがあんたは俺と遊んでもらうぞ」


「っ……!」


 霧の中を貫いた神谷は一人の男性へと半ば体当たりのようにぶつかった。回収したアンカー、その左手は男の胸ぐらを強引に掴み、群衆の中から塀の壁へと無理矢理引きずり込む。


「お前は……っ!神谷 鏡!」


「生憎俺はお前のことは知らない。自己紹介なら裏で聞いてやる」


 壁へと衝突する間際、右手の刀身から放たれた斬撃が虚空への入口を形成した。慣性の残した両者の体はそのまま虚空へと飲み込まれ、世界の裏側へと戦場を移す。


「離せ!!」


「っ!」


 突き放すような男の蹴りを左手をいなし、二人の距離が開く。神谷はアンカーを用いて空へと。男は縦横無尽に伸びる光の架け橋を蹴って水平な場所へと。僅かに生まれた睨み合いの硬直を男が破る。


「誰の差し金で邪魔しに来た?」


 男の問いに神谷が。


「その言い分だとシャドウ研究会の人間で間違いなさそうだな。記憶データに直接聞くから余計な詮索はしない。名前くらいは言わせてやるぞ?」


「……レーヴァテインか。血迷った女神様の残り火が。先にお前らを処分した方が良いと言った矢先にこれだ――」


 神谷のリーチを無視した斬撃と同時に男の手に蒼白の光が走った。両の手にそれぞれ握られた二本の短剣が斬撃をいなす。鳴り響く異能の衝突音の中、息を着く暇を与えない神谷の追撃が煌めく。


「お前の事は少し前から噂になっていたよ、神谷」


「知るか、なんの用があってアトックに来た?」


 慣性を乗せた神谷の一太刀は男の交差した短剣と鍔迫り合いを引き起こした。衝突の勢いを利用した男は後方へと飛び退く。だが更なる追撃を試みた神谷の体は不可解な発言によって止まったのだった。


「近い未来に人類は永遠の停滞を迎える。俺達はそれを防ぎに来たんだ」


「永遠の停滞……?」


「やはり何も知らないのか。最後の一ピースは未だに掴めていないが……人類を補完する世界的なシステムは既に動き始めている。そしてその器は完成したんだ」


「分かるように言え!!」


「真実はどんな媒体よりも希少価値が高い。知りたいなら自分で調べろ。他者の記憶データを貪るも良い、『無心病』に行きつけば自ずと我々の主張が正しいと理解するさ」


「お前の記憶データは相当価値があることは分かった――」


 再び神谷が動いた時だった。だが敵対者は蒼白の武具を取り出しているにも関わらず動きを見せない。篭手を通じた剣撃は、武力ではなく再度敵の言葉によって静止した。


「学園が直に動くぞ。精体蘇生計画の副産物を使うようだ」


「……ぺらぺらと注意を引くような発言を零すな?お前は……いや、お前達にとって情報は命より重たいんじゃなかったのか?」


「勘違いするな、俺達が重視するものは真実だけだ。元々は学園の制圧が目的だったが……とんだ副産物が転がっているようだな」


 神谷が勘づいているように学園には政権の思惑が眠っている。だがそれとは別の媒体に関心を示す男の発言に神谷が反応した時だった。やや斜め上空から轟音と共に空間に亀裂が走った。


 険しい表情の少女が裏の世界へと身を翻し、その手には異能の音叉が。仲間であるシルフィーが交戦している事は一目で見て取れた。続くは白衣を纏う黒髪の女性だ。一度だけ対話したリリシアだった。


「シルフィー!」


「あれが精体蘇生計画の被検体か。実物は初めて見たな」


 男の関心は神谷には一切向いておらず、その視線は落下するシルフィーへと向いていた。だが仲間の窮地、そこへと及ぶ他者からの悪意を感じ取った神谷の願いが形を成す。篭手に走る蒼い白光、仲間へと差し迫る危機を断絶せんとするシルフィーの異能を――


「リリシア……!!シルフィーから離れろ!」


 リーチを無視した不可視の斬撃が舞う。その刹那、戦場の興味関心が一斉に神谷へと突き刺さった。シャドウ研究会に属する男性とリリシア、神谷へと向けたその関心の中に物理的な強さに対しての興味は微塵もない。


「こいつ人の異能を……?リリシア、計画変更だ。神谷を見ろ(・・)


「それはそれは……嬉しいわねぇ」


 シルフィーとリリシアを切り離すように飛ばした斬撃は届かない。咄嗟に光の足場を蹴ったリリシアが軌道を変化させて身を翻す。神谷が剥き出しの敵意を見せつけても尚、白衣の直結者は蒼白のモノクル越しに笑った瞳を崩さなかった。


「あなたの全部を見せてね、神谷君――」


 異能の力を持ってして神谷へとモノクルの効力が働いた。その刹那、心の内へと形容しがたい不快な何かが流れ込む。土足で我が家へと踏み込み物色されているかのような、恐怖と不快感の共存する不可思議な感覚だった。


(なんだこれ……?まるで体内を何かが這っているみたいだ……)


 得体の知れない感触に鼓動が嫌に高鳴る。そして同時に過去の嫌な光景が脳内を馳せた。それは神谷が理想だけを胸に、ハリボテのような強さで自身を覆い尽くしていた頃の記憶。


『生きて、それが僕の生きた証になるか――』


 強さを追い求めた結果、創術という幻想の力を失った。起源となる『生きたい』という叫びに命を燃やした結果、直結命令(ダイレクトリンク)という死に最も近い世の矛盾を受託した。


 神谷にとって直結に伴う対価は恩師の死だった。直結命令(ダイレクトリンク)によって見せかけの創術(強さ)すらも失い、一時的に戦力を失った神谷はフィネアによって命を繋いだのだ。


(俺はフィネアの理想を共に謳いたかった……)


 ならば彼女の隣を歩める強さを。


(誰かを救う事で自分の存在に価値があると思いたかった……)


 ならば誰よりも他者の心に寄り添う強さを。


(そして……一番失いたくなかった人は俺のせいで死んだんだ――)


 幻想の力、少年がその代わりに得たものは皮肉なものだった。思考加速による恩恵は恩師の死に様を鮮明に映す呪いの災禍であり、今も神谷の生き様を縛り付ける贋作の矜恃と成り果てた。


 贋作の心象に己は存在しない。それこそが神谷の異能の特質でもあり、他人の心に寄り添うための力しか有していない。だからこそ、その事を知らずに覗き込んだリリシアは深淵の怨恨を垣間見る事になる。


「……うぅぅぅぅ!」


「リリシア……?」


 突如として頭を抱えたリリシアへと男が声をかけるも、既に彼女の目の焦点は合っておらず、発狂寸前だった。神谷とシルフィーもまた、そんな彼女の様子に目を見開く他ない。


「あはははははははは!あなた誰ぇ……?えへへへへへ……!なんで私の中に私がいるのぉ?うふふふふふ……!」


「……神谷、お前あいつに何をした」


「何をしたって……俺は何も」


 狂乱気味に黒髪を振り回したリリシアが跪く。その両の手は己の顔を掴むように挟みこみ、爪をこめかみ付近から突き立て自傷行為を行っていた。焦点の合わない瞳、口の端から垂れ流した涎、そして何度も何度も額を光の足場へと自ら打ち付ける姿は異常と言えた。


「私はぁ……誰!?あなたは誰なの!?神谷は私じゃない……!じゃああなたは誰なのよ!あは……!あははははははは……えへへ…!」


「ちっ、一旦回収だな」


 リリシアの変貌に呆けていた神谷の反応は僅かに遅れた。光の足場を駆け上がる男を前に、それでもその後を追う素振りを見せる。だがリリシア以上に神谷の静止を決定付けたのはシルフィーの不安そうな表情だ。


 光の足場へと腰を抜かしたように座り込むシルフィー、そこにあるのは元気を無くしたか弱い少女そのものだ。かつての無表情だった頃も、そして存在を勝ち取った後の静かながらも凛々しい瞳も、今や何もそこにはない。


「シルフィー?」


「……ごめん…すぐに……追いかけよう」


(元気がないな……こんな状態じゃ不測の事態に適応できない。俺達も一旦引くか……)


 立ち去る男とリリシアの背中を尻目に、神谷は弱った少女へと手を差し出す。後にシルフィーから知らされる経緯は、世界の根幹となる二つの起源データと彼女の残骸によるもう一つの計画だった。

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