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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
一章 上幕
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65話 穹の境界線

 星雲演武(ギャラクシア)の開会式は滞りなく進み、第一公演の当事者である奏が会場へと身を移す。会場は円形の形状をしており、円周の高い塀の上が観客席となっていた。


「ボス〜出番だね」


「先に最終抽選があるわよ」


 燐の言葉にそう返したように、広い仮戦場には十名の選手が緊張の色を見せていた。彼らからすれば運良く抽選に選ばれたということになる。その表情はまさか自分が、といったところだろう。


「皆さんこんにちは〜!!今回進行役を努めさせていただきます、私シェニア・フィールです!」


 どこからとなく女性生徒の声が会場を引っ張り始め、奏にとっては三度目の光景に歩を進める。塀をくり抜くように設置された待合室から姿を見せた奏へと一斉に脚光が。


「第一星だ!」

「暴れてくれー!!」

「星天になってるぞ!?去年までは蒼天だったのに……」


(相変わらずの人の多さね……ん?)


 微塵も関心のない観客へと視線を上げた奏は一人の人物に目が止まった。こちらへと視線を向ける者もいれば、隣合った者同士で会話に花を咲かせる場所もある。だがその中に群衆の間を縫うように走る青年がいた。


(間違いない……神谷よね?試合を見に来たって雰囲気じゃなさそうだけど……)


 まるで何かを探しているかのような青年の様子に、奏は大胆な企みを決行する。大衆の面前で逃げ場をなくし、隠したいであろう彼の化けの皮を剥ぐと。すなわち、星雲演武(ギャラクシア)の会場にて模擬戦を申し込む決意を固めた。


「シェニアさん、一ついいかしら」


「は、はい?なんですか?」


「星雲演武(ギャラクシア)の進行を私情で遅らせるつもりはないから、それを前置きに一つ確認したいことがあるのだけれど」


「それは……?」


「予定より早くに私の試合が終われば……少しこの会場を借りる事は可能かしら」


 この領域において天剣生の声は観客席全員の耳へと届く仕様になっていた。マイクを通じた拡張音声としてではなく、耳元に届く通話のような音声共有システムが採用されている。


 すなわち奏の提案は観客、進行役の生徒を含め、裏方で事務処理を行う教師にも届いたことになるのだ。無論それは学園の最大責任者である理事長も例外では無い。故にその提案に答えを返したのはシェニアではなかった。


『他の誰でもない、久莉穹天剣生の申し出だ。私が許可しましょう』


 理事長の声だけの返答、威厳と落ち着きを兼ね備えた男性の声に奏は口角を上げる。観客もまた、奏が全てを言わずともその雰囲気から何をする気なのかを察していた。彼女自身が刃を交えたい相手がいるのだと。


「では早速最終抽選の方を始めていきますね!」


「悪いけどその必要は無いわ」


「へ?」


「時間を作りたいの、十人まとめて来てくれる?」


 まとめてかかって来いと、そう告げた奏に慢心や傲慢さは微塵もない。事実としてそれが試合として成り立つからこその発言だった。自身の力を過大評価せず、客観的に見た上での強気なものだ。


 だがその理解の範疇には本人しかいない。他者には見下した発言と認知され、第一星に対する緊張感が敵意となって場を包む。そしてまた、近くにいた他の天剣も例外ではなかった。


「ボス〜、流石にそれは……」


 やや引き攣った顔の燐、そして控え室の机に座ったまま突っ伏して眠るもう一人の天剣生。控え室には四人の天剣生がおり、燐へと反応を示したのは残る男性二人の内の一人だった。


「やらせてあげたらいいじゃないか。ボスがやれるって言ってるんだからなんとかなるってことだろう」


「ヴァリス〜、そりゃボスならワンチャンあるけど……」


 奏の提案に肯定的な反応を見せた男は第七席を預かる人物だ。続けて口を開くは第六席、クラヴィスが言う。天剣同士にしか伝わらないサインを奏が送っていると。


「見てみろよ燐」


「……まじでやる気なんだ」


 奏は背後の天剣達にしか見えないようにハンドサインを送っていた。背中へと回した左手、それは小指と人差し指、そして親指のみが突き立てられており、彼女らが言葉を使わずして送る意味のあるものだ。


 決まった合言葉や合図はない。その場に応じた雰囲気で受け取り側が察するサインであり、この場においては『心配するな』という意味合いを持つ。他の誰でもない、奏がそう仲間へと告げたのだ。


『え、ええっと……久莉穹さん?ほ、ほんとにいいんですか?』


「ええ、抽選なんて待ってられないわ」


 シェニアの不安そうな声を両断し、十名の模擬戦相手へと視線を流す。その手には長剣が。静かに歩み出た奏を合図に開戦の狼煙が上がったのだった。


『で、ではこれより第一試合を始めます!両者構えて……始め!!』


「流石に舐めすぎですよ……っ!!第一星!!」

「十人相手に傲慢すぎでしょ……!」


 口々に不満と怒りを創術に乗せた敵対者が動く。対して奏は静かに前へと歩み続けた。降り注ぐ想像、それらは彼女にとって取るに足らないものであり、回避するまでもない。


 半径七○センチの間合いで溶けるように想像の嵐が消えていく。在校生最強の相殺術壁(イレイザー)、それは凡人が束になろうとも侵入を許す事はない。


「別にあなた達を見下してるつもりはないから怒らないで」


 第一星は己の強さを正確なものさしで自覚している。常人とはかけ離れた天賦の才は時に、正義の執行の際に足枷となっていた。犯罪者を生きて捕獲するため、うっかり殺して逃がさないよう手心を加える必要があったのだ。


 だが今の戦場においてはその必要はなく、ただ倒す(・・)だけで良いこの状況は最早戦闘をしなくても良い。ただ理不尽に、ただ暴力的に、そしてより絶対的に場を収束させてしまえば良い。


「頭おかしいんじゃないの……!?なにあの相殺術壁(イレイザー)!」


「さよなら」


 彼女にとって他者の驚きなど聞く価値はない。誰にも理解などされなくて良いと、奏は長剣を地面へと突き刺し広大な想像の紋様を展開した。凡人とはかけ離れた異常なまでの演算能力を余すことなく駆使し、世界へと己だけの庭園を築く――


「創成世界……」


 奏を中心に不可視な絶対領域が体積を増やす。相殺術壁(イレイザー)の特質を昇華した領域が他者の肉体までを飲み込み、その存在を形成する電子データを消失させた。すなわち、模擬戦という名の蹂躙を一瞬にして終わらせた事を意味する。


「……え?」

「何が起きたの?」

「一瞬で全員が消えたぞ!?」


 奏の相殺術壁(イレイザー)は他者のものとは異なり、彼女だけの特質が色濃く支配している。ただ力技でねじ伏せるだけならば容易だった。相手の創術演算を掌握する必要も無い、絶対的な創術練度で上から全てを書き換えてしまえば良いのだから。


 小さな文字羅列の中から特定の文字だけを消す行為よりも、上からペンキをぶちまけ白紙に戻す方が容易なように、奏にとって戦闘とは蹂躙する方が圧倒的に容易い。それこそが第一星の座に位置する少女の強さそのものだ。


「相殺術壁(イレイザー)って身体データ消せるの……?怖いんだけど……」

「あんなの反則だろ……」

「そもそも相殺術壁(イレイザー)をあそこまで操作できないって」


(さて……神谷はまだいるのかしら)


 聞き慣れた群衆の言葉など知らず、奏は観客席へと顔を上げる。だが探し人を追うよりも早く、模擬戦会場に流れ込んだ見えない想像の気配に奏が声を上げた。幾度となく研鑽を積んだ友、それと類似する不可視な力に――


「燐!!」


「分かってる〜」


 無差別な精神干渉の予兆を感じ取った奏が自身と背後の四人、すなわち天剣生へと己の相殺術壁(イレイザー)を展開した。燐の持つ想像の特質は大きな枠で言えば精神干渉であり、その模擬戦の経験が不穏な介入にいち早く気が付かせたのだった。


「誰かしら、よく堂々とこんな場で大胆な事ができるわね」


「あれ……?凄いね、まさか会場ごと丸め込んじゃうなんて」


(こいつ……気付いていてなんで冷静なの?)


 模擬戦会場へと飛び降りた一人の少女がフードを下ろしてお辞儀をした。パール色に煌めく髪とゆとりのあるコート。その裾を掴んで一礼を済ませた少女が口を開く。


「初めましてぇ、シャドウ研究会でーす」


 世界的に悪い意味で有名な集団名の告白に奏が僅かに固まった。そして言葉を挟む間もなくシャドウ研究会の少女が言う。それは突発的な事態の幕開けだった。


「とりあえず、天剣を何人か殺したら何か反応を見せてくれる?理事長(りじちょー)せんせぇ――」


 その一声に奏と燐が飛び出した瞬間だった。二人よりも早く、どこからともなく次元の支配者がその想像を少女に穿つ。観客席から身を翻した支配者は奏にとって誰よりも顔を見合わせた人物と言える。


「お母さんっ!?」


「燐ちゃん!!ヴァリス君!二人は引きずってでも奏ちゃんと逃げてください!!」


「危なぁ……」


 空間を歪めるようなノゾミの創術は外れていた。否、外れる事は必然だった。僅かながらに敵対する少女の創術を掴んだ奏へと冷や汗が伝う。母親がそう簡単に攻撃を外すことはありえないと、嫌な推測が頭を過ぎる。


(まさか……他にも伏兵がいる?)


「伏兵がいるんだわな、これ。逃げっぞボス〜」


「クラヴィス……!そんなこと言ったって私達が逃げたんじゃ他の人が――」


「迷惑をかけないために離れるんだろ、よく見てみろよ。奴さん、もうボスの相殺演算をくぐり抜けてんぞ」


「っ……」


 観客席にいた大勢の群衆が次々と塀を飛び降りていた。更には眉間にシワを寄せてしまいそうな不快感が思考を埋めつくした。燐との模擬戦で類似した経験を持つ奏にはその原因が分かる。敵対者の想像、その範疇に自身はいるのだと。


(観客に伸ばしていたあいつの創術は消したはずなのに……お母さんを相手にしながら私本人にまでこれだけ強力な精神干渉をしてくるって何者よ……)


「早く逃げてください!!奏ちゃん!!」


 切羽詰まった様子のノゾミの声、そこへと歩み出た友の背中を奏は静かに見つめた。否、本人は自身が驚きの瞳を向けている事を知らない。奏は見開いた瞳で紅月 燐の背中を静かに追う。


「アハァっ!相手が悪いよ、かわちいかわちい……おんにゃのこちゃん――」


 一歩前に出た友から送られるは天剣のピースサイン。自身へと込められた不可視なメッセージ、それを受け取った奏と燐が想像の連鎖反応を引き起こす。


 燐の持つ想像特質は『集積』であり、他者からの関心や視線を全て自身へと集める性質を持つ。そこにねじ曲がった本質はなく、彼女ならではの戦闘狂としての想いが込められていることを奏は知っていた。


 本気で戦って欲しい。


 私の創術に本気で対抗して欲しい。


 私だけを見て欲しい。


 そんな紅月の本心を奏は知っている。そしてまた、彼女の本気には決して全力で立ち向かえない事も。何故ならば本気で立ち向かえば摘み取ってしまうから。彼女が彼女らしくあるために必要な、その狂気さを――


「信じるわよ……燐!!」


 広範囲に広げていた消失の創術演算を手中へと戻した奏は、友である紅月のみへとその演算を当てた。敵対者が多くの人間の精神へと干渉する力があるとするならば、燐にはそれらの精神を全て自身へと収束させる特質があるのだから。

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