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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
一章 上幕
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64話 シャドウ研究会の討究者

 自身の脳細胞がフィネア・アストリアという人物を映していた頃の話は初めてだった。神の代行者の代わりとなる事、シルフィーにとってはそれが存在意義だと思っていた時期もあり、あまりにかけ離れた性格に驚きを感じていた。


「それで……その何でも屋っていうのが、今のレーヴァテインになったの?」


「あぁ、正確にはヒジリが隊に来た頃にだな。フィネアは自分が死ぬことを分かってたのかもしれない。ヒジリ自身があいつに後任されたって言っていたから」


 何でも屋という名目で形成された部隊は、フィネアの指名したヒジリがリーダーを引き継いだ。決めあぐねていた部隊名と共に、それを受け取ったヒジリによって今のレーヴァテインがある。


 何でも屋の定義は困った者へと手を差し伸べること。その規模は次第に大きくなり、神谷が気が付いた頃にはヒジリは政権とさえ繋がっていた。いつしか内戦を未然に防ぐ、命の守護という役割へと姿を変えたのだ。


「そっか……その保護対象の一人が私で……同じように救われた人も沢山いるんだろうね」


「そうだな……とは言え規模が大きくなっても思想は昔となんら変わらないよ。フィネアは命の重さに天秤はないと言っていた。俺に生きろ(・・・)と言ったあいつの意志を引き継ぐ事が唯一の恩返しだと思ってる」


「フィネアは優しい人だったんだね。でも……その意志に縛られて生きるだけじゃ……ううん、上手く言えないけど……きっとそんな押し付けるような託し方じゃないと思うよ……」


 フィネアの矜恃を引き継ぐ神谷へと抱いた印象。感じた印象はどこか窮屈な心模様だということ。そこには神谷自身の生きる理由が希薄だと、生きる理由と彼自身の意思が繋がっていないように思う。フィネアの矜恃を言い訳に生きていてはダメだと、今のシルフィーにはそう言えた。


「どういう意味だ?」


「多分……フィネアはそんな窮屈に生きて欲しいなんて思ってない……と、思う。私に言ってくれたように、神谷にはないの?フィネアとの約束以外に……生きたいって思える何かは」


「……痛いところを突いてくるな。偉そうな事を言った手前、俺も大それた矜恃なんてない。空っぽだ、ただなんとなく生きて来たんだ。あいつを言い訳に善人の真似事をしてるだけかもな」


「神谷は空っぽなんかじゃ――」


 他の誰でもない、自身の存在を照らした青年を前に言う。まるで義務化されたフィネアの矜恃を遂行する神谷へと。だが彼女の支えの言葉が紡がれる事はなかった。取り囲まれていた群衆が一斉に動きを見せたのだ。


「おい始まるぞ!こっちだ!!」

「そんな急がなくても前の席を買ってるってば〜」

星雲演舞(ギャラクシア)キター!」


 群衆の言葉にあった星雲演舞(ギャラクシア)は学園祭の目玉イベントと言える。故に群衆はその観戦へと身を動かし始めた。人の流れの中、シルフィーは何かを捉えた神谷の瞳を見上げる。僅かに驚きと怒りを表したかのような、彼の表情を。


「どうしたの……?」


「……間違いない、あいつは…っ!」


 視線を追った先にはポンチョのようなブカブカの上着とフードで顔を隠した小柄な人物がいた。シルフィー達と同じくして、群衆の流れには乗らずに立ち止まった一人の少女が。やや丈の短いスカートは上着の裾に隠れており、細い足は華奢な印象を与える。


「おい……随分と堂々としていられるものだな?マリカ(・・・)


「知り合いなの?神谷……」


 青年の言葉に少女は静かに顔を向けた。少し驚いた顔、幼くとも整った顔立ちはそれでも大きくは崩れない。ただ静かに、両の手を上着のポケットに突っ込んだまま体を向き直し口を開く。


「わぁ、神谷 鏡だ。久しぶり〜」


「何しに来た?匿名武装集団の幹部が」


 匿名武装集団とはシャドウ研究会の事を指す。彼の者達に国境はなく、国籍さえ持たぬ匿名者も所属している。そして特定の国に敵対心がある訳でもなく、己の目的のためならば手を選ばない過激派集団だった。


「君だってアトックの秘密を食べに来たんでしょ?同類だよぉ。ただ、君達よりかは真実を知っているけどねぇ」


(神谷……ここでやる気なの?)


 神谷の雰囲気は異常だった。一触即発の空気感にシルフィーの鼓動が脈打つ。マリカと呼んだ女性が僅かにでも隙を見せようものならば、群衆の前でも武力を振るうことさえ厭わない空気感。普段ならば顔に心象を出さないはずの神谷がだ。


 だがそれと同時にシルフィーはもうひとつの異常事態に目を疑った。流れていたはずの群衆、その一部が足を止めてこちらを凝視していた。緊張感の中、耳を着く群衆の囁く声が。


「荒涼級だ……なんでアトックにいるの?」

「模擬戦負けた腹いせにふっかけてやろうかな」

「てかなんか女の子のこと睨んでない?あの人……荒涼級のくせに何?振られたのかな」

「あの子可哀想……変な男に目をつけられてさ」


 マリカを擁護するような言葉が場を包み込み、居心地の悪い空気が気まづさを生む。神谷も気が付いたのだろう、シルフィーと同じくして視線を左右に流した後に言った。


「相変わらず趣味の悪い創術だな……」


「んー?なんの事かなぁ、それじゃあ私は行くからねぇ。二度と復縁なんて迫らないでね?ばいばーい」


 存在しない事柄をわざとらしく声にしたマリカは群衆へと消えて行った。そしてまた、シルフィー達を悪者のように同調していた群衆も足を動かす。まるで何事もなかったかのように、星雲演舞(ギャラクシア)の会場へと。


「今のは……?」


「マリカ……あいつの創術だ。おそらくは『同調』の特質を持つ。主に庇護欲の同調を操ってるんだろう」


 親が子を守る事に対価を求めないように、マリカは群衆の精神に滑り込む想像を会得していた。彼女の創術に魅入られた者はそこに疑問を抱くことさえ難しい。それを攻撃と認識できない者ならば尚更だ。すなわちマリカの等級は少なくとも蒼天以上ということを示す。


「精神干渉……それから、幹部って……言ってなかった?」


「シャドウ研究会、七人の討究者の一人……それがあいつだよ」


「それって……大丈夫なの?危ない人達なんでしょ?」


「大丈夫じゃないな。討究者が姿を見せたって事は腹の探り合いという前哨戦は終えたと言っていいと思う。派手に動くかもしれない……」


 そう告げる青年の顔を覗き込んだシルフィーは、交差する二つの事象を行き交う神谷の葛藤を汲み取った。シャドウ研究会の幹部の一人であるマリカを追うべきなのか、はたまた元天剣生と接触を試みるべきなのか。だが体は一つしかない、故に彼女は言う。


「神谷は……あの女の人を監視してて。元天剣生の方は私が行く」


「危険だ。裏で何が関わっているか見当もついてないんだぞ?」


「そんなの神谷だって同じ……それに、そんな世界でこれから先も生きていくんだから……そんなこと言ってられない」


 昔話を聞いただけのシルフィーでさえも、シャドウ研究会という存在が手段を選ばない者だと理解していた。たった今ケーニスメイジャーとシャドウ研究会が衝突する未来もありえなくはないと、レーヴァテインの一員として己の価値を示す。


「深追いはしないから……神谷も気を付けて」


「……分かった。そっちは任せるぞ」


「ん……確か、正午に四階……だったよね?」


「あぁ、星雲演舞(ギャラクシア)の人気具合が分からないが……校内に全く人がいないとは考えにくい。やばくなったら逃げろ」


 頷いたシルフィーは神谷と離れた。流れゆく人混みに消えるように歩を進め、群衆の進行方向からやや外れた影へと。深々と被ったフードに指を添え、校内へと急ぐ。


 元はと言えばアトックの生徒だ。校内へと続く入口、そして中の見取り図まで既に頭に入っている。迷うことなく階段を駆け上がり、すれ違う生徒や外部者の顔を観察した。


(風島(かざしま)……神谷が言うには入学式の日にお節介をして来た人……顔は覚えてる。問題は運良く巡り会うかどうか……)


 レーヴァテインに加入したばかりのシルフィーはまだ知らない事がある。それは桜の配った情報の信憑性。ほんの少しの事象の変化があれば覆ってしまいそうな、あまりに頼りない情報というのが彼女の認識だ。


 だが今日を境に郵便屋の情報の希少性を理解する。例えどれだけ輪郭が曖昧でぼやけた情報だとしても、それを運んだ桜の言霊は必ず世界に反映されるのだと――


(……四階…おかしい、不自然に人がいなくなった……)


「待ちくたびれたよ、シルフィー・ハネライドさん」


「っ……!」


 上がった階段の先でシルフィーは固まった。すぐ真横の教室の中から声だけが届いたのだ。一度しか聞いたことがなくとも間違いはない。入学式の日に聞いた風島 木葉のものであると。


「……私を待っていたの?」


 教室の中を見たシルフィーに木葉が。


「まぁね。ここにいたら君が来るって教えてくれたから」


「あなたは……何者?何を知ろうとしているの?」


「……真実かな。これより詳しい話を聞きたいなら等価交換だ」


「……何が知りたいの」


 シルフィーは固唾を飲んで返答を待つ。高鳴る鼓動が示す緊張感は不慣れな戦場によるものだった。物理的な衝突ではない、言葉と言葉による腹の探り合い。自身の苦手分野において、どう展開が広がるか予想がつかない状況だった。


レーヴァテイン(・・・・・・・)、君の所属する部隊は何かな?駒となるシルフィーさん本人が知らないなら聞き方を変える」


「……ただの何でも屋でしょ、それ以上でも……それ以下でもない」


「君の主観ではそういうことなんだね。ある意味君がアトックに再び姿を見せた時点で確証は得たんだが……一応聞いておこうかな」


「何を?」


「ケーニスメイジャーの裏には人類をモルモットとした研究部がある、そうだろ?」


 風島の瞳を見ればそれがただの問いかけではない事が理解出来た。確信、そう感じさせる曇りのない瞳。そしてまたモルモットとという言葉にシルフィーの表情が僅かに動く。


「その反応……やっぱりそうか。そう警戒しないで欲しい。俺は君達レーヴァテインと敵対するつもりはないし、むしろ協力的な立場を望む。俺個人としてはアトックが人類の監察所のように感じていたところなんだ」


「監察所……」


「理不尽な進級制度、そしてまた創術の存在意義も胡散臭い。シャドウを討つために導入されたシステムにしては――」


「そこまでよ〜、密談は終わり」


 転送の光の中から黒いポニテールが揺れた。シルフィーにとっては見覚えのある白衣に嫌な記憶が駆け巡る。否、服よりも明確に悪意の塊を前に殺意が吹き出す。


 ポニテールの女性の後ろにもう一人の人物がいたのだ。中年の男性であり、自身を生み出した張本人とも言える存在が。シルフィーは静かに、その人物の名を零す。


「大神……賢人……」


「久しいね、被検体九○六五。元気そうで何よりだよ」


 既に物語の歯車は動き出していた。レーヴァテイン、シャドウ研究会、そしてケーニスメイジャーの研究部。ケーニスメイジャーという舞台の上で世界の道標は再び大きく歪みを起こしていくのであった。

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