46話 一の犠牲
ケーニスメイジャーの画作する計画に齧り付いた土屋は、薄々自国の企みが無謀なものであると感じ始めていた。通常各国を連合とした頂点、政権の座は早々手に入るものでは無い。
だがケーニスメイジャーという単騎でその座に着く国を落とせば話は早い。抱える計画の異端性、違法性を唱えれば、他の政権からもケーニスメイジャーをその座から降ろすきっかけを得られると土屋は思っていたのだ。
(どういう事だ……!モルモットは兵器にも届きえないとんだガラクタじゃないか!!クソっ!!早とちりして身をばらすのが早すぎた……!)
シルフィー・ハネライドはケーニスメイジャーの異端性を証明する媒体、そう信じていた土屋は歯を食いしばる。だが己の目で見たその存在はただの物理的な力の媒体に過ぎなかった。未来生体路線図という概念には干渉しうる力はないと、労力を棒に振った事実に焦りが籠る。
単独で世界の四柱の一本を担うケーニスメイジャー、その深さを知った土屋が目指す場所はただ一つ。自国とケーニスメイジャーを繋ぐ特別な転送領域だ。従来ならば厳しい入国検査を済まさなければ立ち入ることは出来ない領域でもある。
「なんだ……?警備員がいない?」
国の入口とも言えるその場所は従来警備が厳しい。特殊な転送領域へと踏み込む以前に、そこには数多くの警備システムが機能している。例え己の侵入を眩ませる匿名装衣を持ってしても、そこへの侵入を隠すことは困難を極めるだろう。
だからこそケーニスメイジャーのその無防備な警備体制に土屋は目を見開く。己の異能の力を持ってすれば警備の目は欺ける。だがここまで開放的では返って彼の警戒心を高めることになった。
「……嫌な予感がする。いるのか……!ヒジリ!!」
振り返った土屋の視界、空港のようなエリアへと一人の人物が映る。照明は消えており、月明かりだけがその体の輪郭を照らした。壁へともたれ掛かり、腕を組むその姿が。
「楽しめたかな?土屋」
「ここまで全部手の内か……!ケーニスメイジャー!!」
「それは僕に問いかけたものかい?それとも……政権かな?」
土屋を挟むようにヒジリと反対の位置に佇む女性、ユーフィリル・二ーライアが腕を組む。だが言葉を投げかけることはなく、あくまで事の顛末を眺める観測者として耳を傾ける。
「細かい事は抜きにしよう……!ヒジリ、僕は君の思惑を出し抜いたはずだ!!ケーニスメイジャーの最大戦力である浅霧を君に当てつけ、君の手足である神谷はシリウスの第一大隊のリーダーを当てた!!なのに何故……!」
土屋にとって自らの計画では神谷はどんな形にせよ行動不能となる手筈だった。だが結果として訪れたのは、第一大隊のリーダー、小金色 海七と自身の接敵。命からがらその事象から逃げ仰せた土屋が問うも、ヒジリは静かに言う。
「細かい事を抜きにするなら、君の中の答え合わせも不要だ。そんなものは僕にとっては道端の石ころよりも価値がない。君には他者を転ばせる石ほどの力もないからね」
「ほざけ!!事実貴様は焦っていたじゃないか!!裏切り者である僕に指示を預けるほどにね!!」
「そうだ。確かに僕は君に一時的に部隊の指示権能を与えたが、右腕に任せた『意思に従え』の予防線も発揮出来ていない。所詮は君の思惑など僕の予定に歪みを起こす程の力はないという事だ。自覚すら出来ないとは……哀れだね、土屋」
強調するかのような自身の呼び方に土屋は目を見開いた。偽りであれど、潜入したレーヴァテインという部隊、そのリーダーは仲間の呼び方に一つの通貫性がある事に気が付いたのだ。そして自身はその法則には当てはまっていないことも。
「まさか……お前!最初から……っ」
「土屋、君みたいに無知で無能な人間は駒にしかなれない。君がシルフィーや龍奈に言ったセリフだ。説明しなくとも、意味は分かるだろう?」
幼稚とも言えるヒジリの習慣に土屋が怒りを顕にした。思考の裏を読む事に注力を注いだからこその怒り。それでさえ全てを見透かしたヒジリの言葉に土屋が吠える。
「どこまで見透かしていた!!分かっていて僕を泳がしたのか!!」
「全てだ。政権と同じくして、興味を抱くのは見えない未来を描くキョウだけ……君にはその肥料、いやそれにもなり得ていないか……だが雑草にも役目はあるように君にも価値はあるのさ」
土屋へとヒジリが告げた自らの存在の比喩表現、そこに込められた侮辱を汲み取ったが故に吠える。枯れても誰も気づかないような脇役のような存在だと、自らをそう称するヒジリへと。
「黙れ!!僕の記憶データにはこの会話も残る!!例えどれだけ年月が掛かろうと……!貴様らの異端性を他国に漏洩してやるぞ!!」
「よく出来ました。それが雑草の役割だ――」
その瞬間に戦いの火蓋は落とされた。土屋はその手に黒刃の異能を、ヒジリは腕を組んだままそれを眺める。接触するその直前まで金色の髪の敵対者は武器すら出さなかった。
「死ね!!ヒジリ!!」
だが土屋にとってはそんな事実を正面から受け取ることは愚かだと知っている。棒立ちのヒジリに正面から切りかかる事は無く、霧で姿を眩ませ敵対者の後方へと姿を移す。
「土屋はそうやって事実の確定的瞬間に期待を裏切るのが好きみたいだね。だがそれは後出しジャンケンの如く幼稚なものだ」
悟られていたかのようなヒジリの動作、振り返った彼から鉄製の剣が光る。だがそれもただのデータ。創術でも、異能でもなく、本当にただの鉄のデータに過ぎなかった。
だが構わない。異能の力は電子データを砕く。だからこそ物理的にそれを盾にしたヒジリは格好の的だと、土屋は己の異能を振るう。
「分からないのかい?土屋……君の抵抗も野心も、全ては他者の思惑通り、操られた傀儡人形であると」
「黙れ!!」
土屋の一振によってヒジリの体勢は大きく崩れた。あえて電子データである鉄剣を破壊することなく、弾かせることによってその衝撃を体へと伝えたのだ。間接的に扱う媒体に興味はなく、ただヒジリという人物へと異能の刃を落とす。
「貴様の思惑通りに事が運ぶと思うな!!創術も……!異能も使わずして勝てる訳が――」
体勢を崩したヒジリへと土屋が振りかぶる。だが足元に煌めく一筋の光にその手は止まった。それはワイヤー。足を取るような位置に張り巡されたそれに、土屋は大きく飛んでヒジリの首を狙う。
「甘かったなぁ!!ヒジリ!!直結者じゃなければひっかかっていたかもしれないよ!!」
「チェックメイト。王手詰み……の方が馴染み深いかい?」
その直後に土屋の後頭部へと鋭い衝撃が走った。事態は理解出来ず、抜ける力と共に体を地に伏せる。ただ分かることは一つ、鋭利な衝撃が後頭部から体を貫いたと言うことだけ。
「がっ……!?な……んで……?」
それは自らが選んで弾いたヒジリの鉄剣。払い除け、終わったはずの駒として意識から消えた媒体でもあった。
「君が弾いた剣であり、自らに帰る媒体だ。君自身が撒いた種なんだが……それすらも分からないとは言わないよね?」
「がっ……ぐっ…!ヒジリぃぃぃぃぃぃ!!」
「君はシルフィーの一件だけでなく、その姿を眩ませもう一方の計画にも触れた。違うかい土屋」
「……ぁ…っ〜〜!!」
意識の断絶が起きる前触れ、土屋は途切れそうになるそれに伴い、強い憎悪を込めた瞳をヒジリへと向ける。言葉を吐く余裕もないが、紡がれるであろう土屋の声にヒジリが返した。
「悪いがアトックの方は君が触れて良いものじゃない。知りすぎたね、土屋――」
伸ばした手はヒジリには届かない。物理的にも、知略も、全てを見透かされた上、此度の一件はヒジリの掌の上だった事を土屋は理解する。そこからのヒジリと政権の会話は、彼の記憶データに記される事はなかったのだった。
「殺したの?」
「うん、法で僕を裁くかい?」
「いえ、そんなことはしないけど……盤上の一手を終わらせるなんて、珍しい選択を取ったね?ヒジリにしては……」
「君がキョウ達をさらけ出してでも隠したかったもうひとつの計画……それにはいずれ土屋は邪魔になる。いずれにしても彼の役割はここで終わりだ」
ヒジリの言葉に政権は踵を返した。彼がここに来る以前、政権を迎えに来た時に言ったようにユーフィリルは一秒単位でスケジュールが埋まっている。故にこの場においての観測者の役割は終えた事を意味していた。
「何にせよレーヴァテインは君と神谷あっての部隊だ。後悔のない選択をして欲しい」
「政権と同じ志しを抱えているつもりさ。百のために一を切り捨てた……そこに後悔という念はない。また会おう、二ーライア卿」
そうして一つの分岐点においてその物語は幕を閉じた。だがそれも世界の終着点から見れば遥か遠方の道筋。未来生体路線図の終着点への軌道は、未だに歪みとも言えない些細な変化に過ぎないのだった。




