48話 新たな仲間
神谷がシルフィーを救出した後、目を覚ましたのはメディカルセンターの一室だった。だがその近くにいたのは孤児の一人である雪しかおらず、シルフィーとはその頃から会話は出来ていない。
ヒジリに彼女がどうなったのかを問い詰めた時、その返答は神谷にとって少し寂しいものでもあった。
『シルフィーなら無事だよキョウ。それは君自身が一番よく理解しているはずだ。どこに行ったかと問われると……彼女は彼女の意思でやるべき事をしに行ったとだけ言えるかな』
詳しい彼女の行く末を聞き出すことは叶わず、神谷は再びアトック天光学園の潜入任務へと戻ったのだ。そして今は夜、匿名装衣を纏って静まり返った街を翔ける。
(せめて最後に別れの挨拶くらいしたかったものだが……シルフィーにとっても、政権にとっても、後始末に忙しいって感じだろうか)
その疑問に答えはない。神谷はヒジリから与えられた当初の指令の片割れを追う。シルフィーともう一人、学園に入学した誰かを守るという任務のために。
(ていうかわざわざ危険を犯してまで情報を探らせるなよ……)
守るべき対象だった一人、シルフィーの一件で任務の大きさを身を持って知った神谷は、相も変わらず回りくどい任務に悪態を着く。だがそんな思考の間に夜の街に蠢くシャドウを捉えた。
(シャドウ……?街中のやつを放置しとくなんてシリウスの警備は何をやってんだよ)
空道鉤爪と蒼白の篭手によってその身を路地へと飛び込ませる。視界の先に捉えたシャドウの数は四体。神谷に気が付いたシャドウがその輪郭を揺らした。
「っ――」
構えた剣を振るう直前、神谷は上から落ちてくる気配に視線を上げた。暗闇に姿を溶け込ませた何者かがシャドウ四体を切り裂き、その手に持つ無色透明な剣が月光によって輪郭を映した。
「っ……」
「久しぶり、神谷……」
月明かりが照らすは銀色の長髪とガラスの刀身。別れの挨拶すら寄越さなかった友の姿に神谷は言葉を失っていた。そして畳み掛けるように驚くべき言葉を彼女は投げ捨てる。
「あっ……これからよろしくね先輩」
「先輩って……!シルフィー!!お前まさか……」
「うん、私も正式に……レーヴァテインの一員になったよ」
「おいおい……よくやく普通の人生を歩めるってのに……なんでまたこんな血生臭い世界に来るってんだよ……」
呆れた様子の神谷だが、その内心はどこか嬉しさを内包していた。顔を合わせたシルフィーはどこか以前よりも表情が明るく、生気に満ち溢れていた。共に蒼白の武具を消し去り、会話に花を咲かせる。
「だって……神谷と一緒にいたかったから…それにヒジリも最初から分かってたみたい」
「あの野郎、またお得意の先見かよ。でも良いのか?創術者として入学した以上、アトックの生徒にも戻れないと思うが……」
「うん、中退手続きも済ませてある。シリウスも正式な手続きを踏んで辞めてきた……私の意思でレーヴァテインに来たの」
「そうか……シルフィーが決めたなら俺は歓迎するよ。改めてようこそ、レーヴァテインへ」
「うん、よろしく……それから、今後はしばらくの間……神谷のサポートをするようヒジリから言われてるから……教えて?」
「……シルフィー?君が何を教えて欲しいのかは分かる。だがそれは到底許される事じゃない。主に俺がな。年頃の男女が同じ屋根の下で生活するなんてダメだ……っ!!シリウスの世話にだけはなりたくない!!」
シルフィーの思惑を先回りした神谷が手振りを加えて否定する。せめて同じマンションの別部屋、その契約手続きを行うといった、代替案を口にしようとした時、彼女の口から予想だにしない言葉が紡がれた。
「大丈夫……世間的には合意の上なら犯罪にはならない……神谷が望むなら私は――」
「お前は龍奈に頭でも汚染されたのか?やめろ、頬を染めるな。君はそういう子じゃなかったはずだろ……?」
「神谷のせい……だから…責任取ってもらう。住所を教えてくれないなら……自力で探す。鍵もヒジリから貰ったツールで……こじ開けるから……良いよ?」
「クソっ!!目が本気じゃねえか!!」
その場から逃げるように篭手の装着と共に空道鉤爪を射出するも、同じくして蒼白の音叉を取り出したシルフィーが剣を振るう。見えない斬撃がアンカーのワイヤーを切断し、その目論見は空振りに終わったのだった。
「逃がさない。絶対に仕留める」
「待て待て待て!早速異能神装の使い方を間違えてる!これはそんな下らない事に使うものなんかじゃ――」
夜の静寂を割る神谷の声、その最中にもう一人の女性が駆けつけた。短く切りそろえた茶色の髪、そして己の肌を見せつけるかのような露出の多い女性が。それはシルフィーと共に神谷へと挟撃を成す。
「きょーーーーーーくぅぅぅん!!私が来たよぉぉぉぉぉぉ!!」
「めんどくさいのが増えた……っ!おいシルフィー……手を離せ」
「部屋の場所を教えてくれるまで離さない」
力強く己の袖を握るシルフィー、その蒼い瞳と目が合った。彼女の微笑混じりに交えたそれは、とうに過去の眼差しとは別種のものに変化していた。【拒絶】を表すナイフのような鋭さはなく、それでいて誇りにも近い矜恃を秘めた力強い瞳へと。
「変わったなシルフィー……良い意味でな」
「そうかな?神谷にそう言って貰えると……嬉しい」
「ちょいちょいちょい、なーに二人してちょっと良い感じなの?おーい?私は無視ですかー?」
「相変わらず元気だな龍奈」
その日、神谷はアトックの情報保管エリアへと潜入する手筈だった。だがその中断を決定する。職務怠慢と言われることになれば、その否定の材料は何もない。だが彼は自らのその選択すらヒジリは想定しているだろうと、リーダーの思惑を決めつけた。
「神谷……アトックは逆方向」
「どうせお前ら二人とも俺のサポートに回されたんだろ?家はこっちなんだ」
「……!」
先に歩き出した神谷、その背をシルフィーは小走りで追う。月明かりが三名の影を伸ばす。その存在を世界が認めたかのように。
「ところでシルフィーと龍奈、どっちかはヒジリから詳しい任務の内容を聞いてたりは?」
「「聞いてる訳ない」」
「……まぁ、予想はしてたよ」
少しの沈黙の後、シルフィーが。
「でも……神谷はしばらく…学園行事を楽しんでもらうって……ヒジリが」
「良いか?シルフィー、よく聞くんだ。あのクソ上司の『楽しめ』は九割方ロクな目に遭わない。言っちゃなんだが……あいつはかなり性格が悪い」
「それは……そう」
「シルフィーちゃんですらそう思うんだ……」
ヒジリと面識の浅いはずのシルフィーでさえ、神谷のリーダーに対する認識に同意の色を見せる。恐らくはレーヴァテインへの正式な入隊、それまでの過程でヒジリとシルフィーは多くの接触があったのだと神谷は推測する。
「そういやさ?結局きょーくんとシルフィーちゃんの元に辿り着いた頃にはさ、なんか争いもなかった位に綺麗な空間にいたし、シルフィーちゃんは号――」
「――待って龍奈、それ以上喋ったら切る」
「切る!?執行猶予なし!?」
二人の意味不明なやり取りに神谷は首を傾げる。だがシルフィーという存在が近くに来た今、神谷は当時の異能の力を思い出した。生まれて初めて見た自身の異能の性能。他者の異能神装を作り出したあの力を。
「シルフィー、少し良いか……?」
「?」
蒼白の篭手を取り出し、無言で彼女にも蒼白の音叉を取り出すよう促す。その意思を汲み取ったシルフィーが異能の刃を見せた。伸ばす彼の腕が静かに触れる。撫でるような所作で、彼女の心を。
「何も起きな――」
「んっ……」
シルフィーの思わず零れたかのような色っぽい声に時が止まった。
「……」
「……」
「シルフィー?」
「だ、大丈夫……むしろ…もっと触っても……良い」
そこへと口を挟むは龍奈。
「うわ……エロ。じゃなくて、あれ?拒絶反応は?」
「だよな、俺も腕が切断されるくらいは覚悟してたんだが……それに、模倣できないな」
「模倣……?」
「あぁ、シルフィーを助けた時、決め手となったのは……模倣と言っていいのか分からないが、同じ異能神装が具現化したおかげなんだ」
今の神谷に分かるのは、あの時の自分は鏡写しのようにシルフィーの心象を胸に抱いたという事だけ。仲間を守りたいという意志、絡みつく脅威を断絶するという彼女の心象を。
他者の心象はその当事者にしか分からない。だからこそ人の立場となって物事を推し量る神谷ならではの特質でもある。それでもなお、今は彼女の異能を具現化する事は出来なかった。
「あれなんじゃない?必死だったから、全力を超えて死力を注いでたから見えた力だった的な?」
「かもな。少なくとも同じことができるか分からないあの力に頼る事は危険か……ありがとうシルフィー、もう大丈夫だ」
今の神谷のように他者がシルフィーの異能に触れようものならば、その腕は微塵切りにされた野菜のように変わり果てる事だろう。ガラスの音叉へと触れる行為、それは神谷だからこそ許されたものであり、それ故にシルフィーが見せる赤い顔もそこに理由がある。
「検証がてら龍奈のも試してみな――」
「ダメでぇぇぇぇす!!無理でぇぇぇぇぇぇす!!ぽぇぽぇぽぇぇぇぇぇ!!」
「……そんなに嫌がる事かよ」
「シルフィーちゃんの顔見てたらすっごい恥ずかしそうなんだもん!!なんかやだ!!今触れようものなら天剣第一星みたいにきょーくんの腕がバネみたいになるかもね!!だからやめとこ!!ね!!」
「分かったよ」
そうして三名は神谷の部屋へと帰宅した。そうして瞬き程の安寧、その余韻を味わう。だがやがてその安寧もまた幻想となり得る物語が幕を開けようとしていた。その事実も知らずに神谷達は暫しの平和を楽しむのだった。
次話より第一章になります。
キリが良いので少し後書きというか、ここまで読んでくれてありがとうございますをお伝えしたいです。
自分で言うのもなんですが、めちゃくちゃ複雑で読むのにカロリー使う話だなぁ……と思います。作者視点ですと、ようやく世界観の説明とキャラクターの紹介が終わった感じになりますので、キャラ同士の掛け合いや良い意味で期待を裏切る展開、自分でも覚えてないレベルの伏線等を拾いながら、目を通してくれる方に楽しんで貰えるよう励みます
自分の中でお気に入りのキャラやシナリオもありますが、俺(私)の気に入ったキャラクターの掘り下げた話を書いてくれ!など、ご感想頂けますと嬉しい限りです。
最後になりますが、電創律者(当作品)を良いなぁと感じて頂けましたらぜひ、ブクマ、評価をお願いします。
ではまたノシ




