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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
序章 下幕
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33-2話 星空の領域

 広範囲に降り注ぐ黒い肉片を前に、シルフィーは相殺術壁(イレイザー)の維持に神経を注いでいた。いや、それと同時にオメガのの持つ固有振動を理解しようと試む。


(ダメ……っ!力が強すぎて……割れるっ!!)


 だがオメガの領域へと演算の手を伸ばす余地はなく、あっけなく彼女の防壁は砕け散った。我が身へと付着して染みへと変わる敵対者の肉片。そこから流れ込んだ記憶と共に仲間の声が耳を着く。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


(神谷……っ)


 彼の悲鳴の真意はシルフィーには分からない。流れ込む感情に不快さを覚えるという点においては彼女自身も同じ。だがどこか銀髪の少女はその感情に既視感を抱いていた。


 それは自分自身が感じたことがあるかのような、朧気な記憶だった。シルフィーそのものの記憶データに組み込まれたものではないと、自分のものではないと首を横に振る。


(違う……私の記憶じゃない……神谷を……助けないと……っ!私が……)


 そんな自らを急かすような答えを求めたシルフィーが右手をかざす。左手は降り注ぐ黒い霧を遮るように顔の前へと広げ、無我夢中に己の想像を描いた。生まれて初めて試みる理想の投影を。


(振動を……相手の固有振動を制圧……する。そうすれば……私も、神谷も……――)


 ――他者の手によって作られた存在の彼女が、意識を得た頃に初めて感じたのは鼓動の音だった。それはテイルニアという電脳世界においてはシステムの一環に過ぎない。それでも彼女にとっては自分が生きているという証を信じる一つの媒体だった。


 自らの存在を証明するものは他にはない。何のために作られ、何のために生を受けたのか、その真実を知らぬシルフィーへと、唯一生きている実感を与えたもの。そして沼のように沈む自問自答へと陥り今に至るのだ。


 私は何故作られ、何故今も尚生きるために抗うのかと。彼女が無意識に求めた存在意義を追うかのように、悲鳴の音色を引き金に忘却の牢獄を突破する。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 展開した膨大な創術の紋様が一際大きな輝きを放ち、シルフィーを中心とした一帯が全ての行動を停止させた。否、彼女の祈りがそれを引き起こした。守りたい(・・・・)という一切の濁りがない思いが蒼天の空を破ったのだ。


「シルフィー……っ?」


「はぁ……っ!はぁ……っ!」


 息を切らす程の膨大な演算の末に広がった想像の世界、そこは最早シルフィーだけの思惑通りに動く極小の庭園であり、『振動』という一点に全てを込めて空間そのものの動きを支配していた。


 停止したオメガの無数の肉片はたちまち凍りつき、共振によって凍りついたそれら全てが粉々に砕け散る。驚きの表情を浮かべる神谷へとシルフィーが言った。


「大丈夫……?神谷……」


「あ、あぁ……」


 砕け散ったはずのオメガ、だがシルフィーの支配する空間の中でさえも敵は徐々にその肉片を取り戻す。ぎこちなく集積するそれを前に、彼女は再び右手を伸ばす。まとわりつく全ての災禍を切り離すために。


「消えて……っ!!」


 体積を増したオメガさえもシルフィーの広げた想像の世界を前に、その姿、輪郭を保つことは許されなかった。再び全ての振動を抑制された肉体が凍りつき、共振による強い振動作用にその(たい)が砕け散る。


 それは温度差によって割れるガラスのグラスと同じ原理だった。彼女の広げた支配領域、そこは漂う素粒子も例外ではなく、オメガの付近のみを氷点下まで振動を抑制させていた。


 冷えた物体は縮小する。彼女はそこに強い共振と共に一点へと膨張という振動を与え、オメガさえも砕けさせたのだ。だがそれもまた間接的な支配であり、シルフィーの描いた創造の世界において序章に過ぎない。


「修復速度が早すぎる……!」


 速度を上げて再集積したオメガが二足歩行の形態へと移行し、伸ばした触手がシルフィーと神谷へと伸びる。全方位から伸びる攻撃を前に、それでもただ静かに銀色の髪が揺れた――


「あなたは……理解した」


 刹那、オメガの動きは完全に停止した。それは敵の放つ固有振動の抑制、その訪れ。流れるように引き起こされるは破裂するようなオメガの肉体爆発だった。それもまた、彼女の描いた想像だ。電子レンジに入れた卵が爆発する原理に近い。


(この子……とても純粋な鼓動だった……ミリーシャや先生の創術の方が…よっぽど複雑……)


 飛び散ったオメガの肉片が再び集積することはない。何故ならばその動き、振動をシルフィーが抑制という形で支配しているから。手に取るようにオメガの放つ固有振動を理解したからこそ、クラスメイトやノゾミの創術へと零した心の声だった。


「助かったよシルフィー……凄いな君は」


「……ううん、抑制してるだけで倒してない。私がここを離れたり……創術の維持をやめたらすぐにでもオメガは動く……それに……」


「それに?」


「結構……限界……えへへ……」


 無意識に落とした苦笑いには、シルフィーが感じている痛みが込められていた。過度な演算を持ちかけたCPUの熱暴走、そして自身の脳細胞(・・・・・・)そのものの疲労。すなわち頭痛と倦怠感だ。


「無茶してくれたからな……でも本当に助かったよ、ありがとう。もう少し頑張れるか?」


「うん……後五分くらいなら……多分」


「急いでここを離れよう。エルリィティアに行かないとな」


 神谷の言葉に頷き、シルフィーは彼の隣へと小走りで駆け寄った。何かを成し遂げたという達成感を抱きながら。だが彼女はまだ知らない。此度受けた心象の変化は、前向きなものとは一転する危険性を帯びていることに。



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