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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
序章 下幕
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27話 精体蘇生計画

 宿泊訓練の後はアトック生は二日程の休暇ということもあり、神谷は特に欠席扱いになることはない。故に彼は今ケーニスメイジャーの保有する広大な共有エリアの一角にいた。


 時刻は二十三時、転送による移動でシリウス本部間際まで肉体を移す。飛んだ視界の先に映るは洋風の城。その小さな視界には入り切らない程に大きな建物だ。匿名装衣(トーアステルス)を纏いながら心の中で言った。


(相変わらずデカイな……どうせシリウスのことだ。前回とは情報保管エリアの座標も変えているだろうな)


 以前に一度ここへと訪れたことがある神谷は、その頃に覚えた建物内部の間取り図を微かに記憶データに持っていた。だがそれに頼るは無意味だと推測する。手に輝く蒼白の光が示すは潜入の合図――


(行くか)


 空間を切り裂く篭手型の異能神装(エスペランティア)、ひっかくような動作と共に開いた空間の歪へとその身を投げ込んだ。世界の裏側で光の文字によって描かれた足場を翔け、篭手の上から装着するは空道鉤爪(スカイアンカー)


 射出したアンカーは彼の異能の力を纏う。篭手を通した武具性能の底上げとは別に、異能神装(エスペランティア)に共通して秘める、電子データへの干渉と破壊性能を纏ったということだ。空道鉤爪(スカイアンカー)の鉤爪が掴むは何も無いはずの空間というデータ。


「っ……!」


 消えそうになった足場を踏み切り、その跳躍の力とアンカーの巻きとる張力によって神谷の体は空高くへと舞った。対の手から伸びた二本目のワイヤーが同様に別の座標へと伸びる。


 そうして空を渡り歩く神谷は全方位に並ぶ、消えては現れる光の文字媒体を見渡した。そこから読み取れる表世界の位置情報を頼りに、彼は飛び出すべき情報保管エリアを探す。


(どこだ……ここでもない、こっちは……囚人の収容所か)


 法を犯した者を捕らえる監禁、軟禁エリアを横目に目的のエリアを求めて空を舞う。身を翻し、アンカーを射出しては一時的に現れた足場へと飛んで走る。それを繰り返すこと数十分、彼はついに目的のエリアの断片情報を視界に捉えた。


(あった、あそこだ……っ!)


 神谷は通り過ぎた後方斜め下方向の目的地を前に空道鉤爪(スカイアンカー)を回収した。振り子運動の慣性を残す体が空を流れる。身を翻し、斜め下方向に落ちるエネルギーに逆らうように再度上へと空道鉤爪(スカイアンカー)を撃った。


(……誰もいなければ良いんだが)


 逆方向へと推進力を得た神谷は再度アンカーを回収し、左のアンカーをとある空間へと伸ばす。そこは表世界の情報保管エリアの一角。空道鉤爪(スカイアンカー)の巻きとる力と重力に従い、最短距離でそこへとその身を投げ捨てた――


「ふっ……!」


 アンカーを回収し、慣性のままに手に取るは剣と突撃銃。空間を開くための発砲音を掻き鳴らし、弾丸が空間へと亀裂を生み出す。そこへと投じた我が身と共に神谷の視界が表世界を映した。


(誰もいない……か)


 辿り着いたシリウスの情報保管エリア、そこは無機質な薄暗い空間だった。巨大な箱の中(エリア)にはぽつんと佇むタンクのようなものだけがあり、見上げる程巨大なそれとは対照的に、その足元に小さな円形の感圧版があった。


 そこに感知されると共に目の前に広がるは光によって可視化可能になる、半透明のモニターとキーボード。それらを制御して情報を覗き見ようとしたが、文字配列の入力という関門が阻害した。


(パスワード……悠長に総当りしている時間はないか)


 モニターから情報媒体へとアクセスを試みるも、神谷を阻むは二十一桁のパスワード。英数字を含むそれを正面から解除することも出来なくはなかった。ただし膨大な時間という犠牲が必要になる。それも何万年、何億年という時間を失うことになるだろう。


 考えうるパスワードを自動で総当りにするツールは所持していた。龍奈がかつて神谷の自室、その解錠に用いたものと同じものだ。だが二十一の英数字の配列を総当りにするにはあまりに時間が足りない。だからこそ胡散くさいヒジリ特性のツールを取り出す。


(理屈の分からないものをあまり使いたくはないがしょうがない)


 自身のメニュー画面を開き、無線でシリウスの情報バンクへとアクセスを行う。用いるのはヒジリ特性のパスワードクラッキングツール。理屈は総当りに近い、だがヒジリの組み込んだクラッキングツールには大きな違いがあった。


 それは世界中の全ての情報媒体を元に、考えうるパスワードを予測して当て込むというもの。先読み(・・・)という点において神がかった頭脳を持つヒジリだからこそ、それは神谷にとってもどういった理屈でパスワードを導き出しているのか分からない代物でもあった。


(開いたよ……二十一桁をものの数分でクラックするか……?特級違法ツールだろ……)


 あまりの利便性の高さに、仲間のヒジリにほんの少しの恐怖を覚えた神谷。だがすぐに思考を振り払う。膨大なデータが目の前に眠っている以上、有益な情報を探り当てるにも時間を労するのだ。


(シルフィーのデータは……ん?なんだこれ)


 データバンクを漁る中、特別な階級を持つ人間にしかアクセス出来ない領域へと踏み込む。それもまたヒジリの特性ツールによるID予想の恩恵で突破する。そこで神谷は不可解なデータ件名に目が止まった。


(精体蘇生計画……?)


 頭の中で口にしたその計画の細部へと目を通す神谷。そこに記されていたのはかつての恩師、フィネア・アストリアと関係が深いものだった。直接彼女の名前が書かれているわけでもなかったが、神谷にとってそれはフィネアであることは一目瞭然だったのだ。


(未来生体路線図(ダイアグラム)による大規模内戦が予定される中……安寧の調律者(フィネア)によってそれは収まることだろう……)


 これはかつてフィネアが内戦によって命を落とすことを予想していた電子文献だった。つまりはかなり古い情報だ。これはこの計画の始まりに過ぎず、全ての情報ページを含めると一万ページを超える。二ページ目へと神谷は進んだ。


「なっ……」


 驚きの声を上げた神谷の視界に映る文字媒体、そこに記されていたのはクローン人間という域を超えたものだった。計画の名前の通り、死を受諾した脳細胞の復活、フィネア・アストリアという核にも等しい兵器の蘇生を企む旨が書かれていた。


 おびただしい情報ページの殆どは失敗による実験結果をまとめたものであり、飛ばして九千ページの方へと飛んだ神谷はついに『被検体九〇六五』へと辿り着く。それはすなわちシルフィーを意味するものだ。


(被検体九〇六五……脳細胞の再覚醒を確認……ただし言動や行動に大きな差異を感じられる。直結したはずの脳細胞が再びCPUを介している点からも、経過観察が必要とされる……)


 続けて文献にはこう記されていた。『蒼天創術の発芽を確認。自我の独立による精神成長と共に、計画媒体への適性を認めるものとする。後はフラスコへの投入後、被検体九〇六五を持って実験の成功とし、以下被検体の権限、その一部をヘルガ・スウィスに渡すものとする』と。


(シルフィーはフィネアと同一存在なのか……?)


 神谷の疑問は至極当然のものだった。フィネアとは容姿も性格も異なるシルフィーは、電子文献によればその脳細胞はフィネアのものである可能性が高いのだから。フィネアの脳細胞で電子細胞を動かす存在、それがシルフィー・ハネライドということになるのだ。


 自我を形成するものが脳細胞だとすれば、フィネアのそれを持つシルフィーはフィネアなのか、はたまた別人格を築くシルフィーはフィネアではなくなってしまったのか。今の彼にその答えは分からない。


(一つ言えることは……シルフィーがケーニスメイジャーの陰謀に利用されているということだけか……)


 シルフィーに関する全ての電子文献をコピーし、自身の所持品へと取り入れた後に神谷は情報バンクから離れた。長居は危険だと判断したが故の行動だったが、突如として背後に感じた気配に振り向いた――


「っ……なんだ?」


 目の前に現れたのは黒いモヤのようなものだ。転送の光とはまた違う不穏なオーラを放つ何か。神谷は機器に接続していた全ての端子を回収し、蒼白の篭手に二丁の拳銃を構える。その表情が示すのは最大限の警戒だ。


(シャドウか?いや……いくら輪郭の曖昧なシャドウでもここまで原型がないのはおかしい。だとすればこれは……?)


 神谷の警戒の眼差し、それを一身にうけた黒い霧のような物体。宙に浮くように位置する黒霧、次第にそこからドス黒い泥のようなものが溢れ、より神谷の表情を険しいものへと変化させる。


 黒い泥は水音を響かせながらも次第に成人程の身長程に積み上げられ、出来の悪い泥人形のような形状を成した。それが人であるとするならば、泥で形成された肌にも変化が起きたと言って良いだろう。


(なんだこれ?人工的な侵入者撃退システムのひとつか?)


 波打っていた泥の肌はたちまち光沢のあるものへと変わり、堀込も加えられ立体的とも言える造形へとひとりでに仕上げられていく。時間にして数秒で得体の知れない何かは、誰がどう見ても人間を模したものだと分かる形へと変化したのだった。


 色のないフィギュアのような人形という点を除けば限りなく人間に近い泥の塊、丁寧に彫り込まれて仕上げられているからこそ神谷は気が付いた。それが誰を模したものであるのかを――


「っ……!」


 泥人形の手に握られていた一本の刃が神谷へと伸びる。一切の無駄がない首を刈り取るような斜め下からの切り上げ。加速した思考と視界がそれを紙一重で回避することを許した。


 神谷の喉仏の数ミリ前を通過した泥の刃、そこへと感じるその風圧。額へと滴る冷や汗は命拾いしたことに対する生理現象ではない。己へと牙を剥くその泥人形、そのモチーフとなった人物を知っているからこその冷や汗だ。


(フィネアか?悪趣味にも程がある……っ!)


 彼の目の前で剣を構える人形はただの侵入者迎撃人形ではない。それは世界から見ても【神】と称される程の強さと精神を持っていたフィネアの模造品だった。


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