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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
序章 上幕
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17話 螺旋の想像恩恵

 神谷のアトック入学から時は流れ、これといった変化もなく宿泊訓練当日を迎えていた。此度の訓練場であるリゾート地、そこへの移動に時間を有することは無い。何せ肉体すらも電子データの世界なのだ。


 ケーニスメイジャーが共に保有するアトックとスカイビーチ、権限を握る二点を結ぶ転送を行うなど容易ということだ。五秒程で認証システムを終えた一学年全員の視界が一気に変化を起こす。


「海だー!!」


「やっばっ!!旅館も超でかいんだけど!!」


「テンション上がるなー」


「っ……!」


 クラスメイトを含めた一同が高ぶる感情のままにはしゃぐ中、神谷も海を眺めて思う。裏の業界で死と隣り合わせな日々を送っていた者にとって、平穏な空気を味わえる学園生活は悪くはなかったのだ。


(一時的なものとは言え、こういう生活も悪くはないな)


「何澄ました顔してんのよ?あんたって本当に落ち着いてるというか……なんか達観してるわよね?」


 風で靡く金色の髪を押さえたミリーシャを合図に、神谷の周りへと事前に組んだ班員が集まった。あの諸月でさえもミリーシャと同じく、澄んだ空気に笑顔を見せる。


「そんなことないよ。ん?シルフィー?」


「……っ」


 永遠を感じさせる海上の地平線、空と海の境界線に目を奪われた様子のシルフィーに神谷は首を傾げた。表情の起伏が薄い彼女の初めて見せる顔。それは驚き、感動、幸甚と、複雑に入り交じった感情を表していた。


「まさか海を見るのは初めてか?」


「うん……綺麗…とても……」


(そう言えば…フィネアも海を眺めるのが好きだったな……)


 風に流されぬよう押さえた髪、そんな仕草を取るシルフィーと過去のフィネアの姿が神谷には重なって見えた。フィネアとシルフィー、性格も容姿も何一つとして両者に共通点などない。だが神谷は不思議と二人は似ていると感じたのだ。


(似ているな……いや、任務のせいでフィネアとの因果関係をこじつけようとしてるだけか。やめよう)


 シルフィーから視線を外すと共に久しい声が耳を着いた。入学日の試験を受けた頃に聞いた凛々しく鋭い声色を持つ学年長の声だ。だが今はあの時とひとつだけ違う。声だけでなく、シャーネスはその姿を見せたのだ。


 鋭く吊り上がった目尻と眼光、風が撫でる長髪を気にも止めないシャーネスが、騒ぐ一同を押さえる一声を発する。


「お喋りはそこまでだ。聞こえるかお前達」


 システムアシストを受けたシャーネスの音声データが一学年全生徒へと届く。それは携帯電話の通話と似た届け方だった。遠方のシャーネスと耳元で木霊するその声、生徒へと伝えるは訓練の詳細内容だ。


「聞いていると思うが二日間は森に篭ってもらうっ!!奇襲、夜襲、不意打ち、漁夫の利を狙うも良し!なんでもありの実戦と思え!!」


(スカイビーチの森林は確か木々が深かったな……視界は最悪、か)


「エリアは森林内のみ移動を許可するっ!エリア外に出た者は即刻失格だっ!小難しいことは何も無い!勝てっ!!以上」


 締める言葉の合図と共に腕を水平に振るったシャーネスにより、全生徒は映す視界に変化を起こした。日の照りつける浜辺から薄暗い森林へ。先程までいたはずのおびただしい数の生徒の気配は完全に途絶えしまったのだった。


 神谷の周りに居るのはたったの五人。シルフィー、ミリーシャ、ミドリ、そしてセラと諸月だ。先程の雑踏が嘘だったかのような、不気味ささえ放つ森林内部の雰囲気に一同は息を呑む。


「不気味な森ね、視界も悪いし……」


 怪訝な顔付きのミリーシャの感想は他の者にとっても同じだろう。ただ一人神谷だけは違う。彼は本当の戦場を知っているから。


「もう始まってる。相殺術壁(イレイザー)を貼っといた方が良いぞ」


「「「っ……」」」


 神谷の言葉に頷くまでもなく、ハッとした表情で防壁の展開を行う一同。ようやく彼らは気が付いたのだ。ここは観光地ではない、既に盤上の上にいるのだと――


「後ろ……っ!」


「うぉぉっ!?神谷……っ!お前っ!」


 後方より飛来した雷槍にいち早く気が付いた神谷は、素早く諸月の相殺術壁(イレイザー)の陰へと屈みこんだ。文句の言いたげな壁の所持者を無視し、一気に辺りへと気配の感知を行う。


(足音が六、七、八……いや、十二か。いきなりチーミングとは合理的なことだな)


「囲まれてる……」


 振動という題材で創術の領域を広げるシルフィーは神谷と同じく戦況把握が出来ていた。草木と衣類の擦れる音、落ち葉を踏みしめる音、敵対者の与える微かな音のデータを彼女は取り逃がさない。


「包囲されてるな……俺と緋桜以外は四人で向こうに一点突破してくれ。指揮はミリーシャが頼む」


「おい…っ!お前が仕切んなよ!」


 荒涼級が戦場の指揮を取る事に不満を抱く諸月の声は、普段の神谷ならば看過していた。だがこの時だけは違った。直結者にとってはこのような訓練でさえも言葉通り命がかかっている。故に下らない言い争いに一秒も時間を使いたくなかったのだった。


 諸月へと刺さる鋭い眼光と言葉。神谷のそれに含まれるは怒りにも近いものだ。


死にたいのか?(・・・・・・)文句なら後で幾らでも聞いてやるから、早く行け!!」


「っ……」


「神谷の言う通りよ諸月!早くっ!」


 ミリーシャの言葉もあってか、諸月は解せない心象のままにその場を後にした。走り去る四人の背から視線を外す神谷とミドリ。ミドリが問いかけた。


「で?僕らはどうするんだい?」


「緋桜はついて来ながら俺に創術を纏ってほしい」


「言ってたあれ(・・)だね。了解」


 神谷達は宿泊訓練が始まるまでの二週間と少しの間、それぞれの創術や得意な戦い方を共有していた。その過程でこの両者は好む戦術と創術の相性が良いことに行き着いていたのだ。神谷の手に現れた鉄の塊へとミドリが視線を落とす。


狙撃銃(スナイパーライフル)か……」


「頼むぞ」


 ミドリの展開した想像の力がライフルへと付与され、一瞬だけ淡い光が籠る。『螺旋』の力が今、荒涼級に一時的な牙を与えた。


 走り出した神谷は一本の大木へと靴底を擦り付け、身軽な動きで大木の枝へと舞う。枝から枝へ、大木から大木へ、時には手に持つ狙撃銃を一時的に放り投げては、木々の枝に手を着いて隙間を縫うように滑走した。


(一人目……)


「うわぁっ!?」


 放り投げた狙撃銃が木々から飛び出し、遅れて姿を見せた神谷の手元へと銃が戻る。緩やかに天地を返す視界に映るは驚きに満ちた敵の顔、対峙者が創術を展開するも手遅れだった。


「っ――」


 螺旋回転によって貫通力を保有する狙撃銃、それを持ってしても相殺術壁(イレイザー)を砕くことは難しい。だが今の神谷ならば、ミドリの想像の恩恵を受けた銃を持つ今ならばその限りではない。


 螺旋運動、すなわち回転エネルギーの増幅を受けた弾丸が敵対者の相殺術壁(イレイザー)を砕く。従来ではありえないエネルギーを保有する弾丸はそのまま敵対者の頭部を貫いたのだった。


「がっ……!」


「お見事」


「敵が孤立してる間に一人でも減らそう」


 続けて木々の上を飛び移るように移動を行い、自身の姿を眩ませながら敵を穿つ。だが一発で相殺術壁(イレイザー)を割ることが出来ても、仕留めることまでは出来ない相手がいることも事実。創術の練度の違い故だが、神谷の後を追うミドリが追撃の手を緩めない。


「緋桜……っ!割った!」


「任せて」


「うわぁぁぁっ!!」


 防壁を失った敵対者の最後の抵抗、構えた剣もミドリの前ではあまりに頼りなく、無力に終わった。遠心力を乗せた彼の一振、それは螺旋の想像を纏う。


 見た目以上の剣撃の重さに敵対者の剣はあっけなく弾かれたのだ。晒し首に伸びる折り返した剣が、二人目の脱落者を生み出す。


「向こうもやってるね」


「包囲網の一部がミリーシャ達の方に流れたみたいだな」


 ミドリの言った向こうとは、事前に包囲網の一点突破を図った四人のことだ。神谷達の耳にも微かに届く創術の織り成す音色が、もう一方での戦闘の狼煙となり二人へ知らせた訳だ。


「向こうに六人、こっちに後は四人……って所か」

 

「僕には数どころかどこに敵がいるのかすら分からないけど……信じていいのかい?」


「多分合ってる。でも……こっちはひとまず無視だな」


 神谷は近くに敵が潜んでいると分かっていながらも、ミドリを置いて再び木上へと飛び移った。その動作ひとつとっても、音を立てない繊細かつ豪快な身のこなし。神谷は敵がこちらの正確な位置を掴めていないと予測していた。


 故に彼は音を殺し、木上からコウモリのように逆さにぶら下がった。折り曲げた両足、その膝裏に枝を抱えて重力に逆らう。手に持つはミドリの想像を纏う狙撃銃(スナイパーライフル)。スコープの先に映した敵対者の頭部へと狙いを定めては引き金を引く。


 神谷の狙いは付近の者ではなかった。遠方に位置する仲間の方へと狙撃したのだ。狙いは二つ、ひとつはこちら側の兵士、駒の存在位置の錯乱。もうひとつ、それは付近の敵対者への挑発だった。ここにいるぞ、かかってこいと、わざとらしく大きな発砲音を響かせたのだ。


「……ヒット。緋桜、すぐに敵が来る。また俺に合わせて動いてくれ」


「……了解。いや、またかって言われるかもしれないけどさ、神谷って本当に何者なんだい?」


「……ただの荒涼級だ」


戦闘慣れ(・・・・)しすぎだよ。その嘘は苦しい」


 ミドリには神谷の行動ひとつひとつが洗練されて映っていた。ミドリは銃火器の扱いを苦手としており、卓越された神谷の射撃技術も然り、囲まれていたという不利な状況を一瞬のうちに撹乱させた事に舌を巻いていた。


 一点突破を図った四人、そしてそれを追った敵対者の大部分。神谷は囲まれていた状況を逆手に取り、むしろ二分化した部隊で挟撃を目論んでいたのだった。


 無論、敵が四人を追わなかった場合も考慮してあった。もしその未来が訪れていれば緋桜という犠牲を払うことになっていたが、敵が分断した以上本人がそれを知る由はない。


「不思議とこういう(・・・・)場面に出くわす事が多くてな――」


「――後で詳しく頼むよ」


 会話の最中に二人はお互いの背中へと向けて走り去った。背中合わせに遠のく二人、その視界に捉えるはお互いにとっての背後の敵。神谷の発砲とミドリの刀身の投擲はほぼ同時だった。


「うぁ……っ!!」


「う……そ……でしょ?」


 螺旋の恩恵を受けた弾丸は女性の眉間へ、ミドリの投擲した刃は男性の胸元へと、共に相殺術壁(イレイザー)を砕いて仇なす者を討ったのだった。

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