18話 合流
神谷とミドリ、お互いがお互いの背後の敵を認知し、交差するように共に背中の脅威を屠った後だった。狙撃銃の薬莢が地に落ちると同時に、神谷が左方向へとかざすはライフル。そこに位置する敵を見るまでもなく、躊躇なく引き金を引く。
「うぁっ!!」
「これで三人目」
「凄いなぁ……とんでもない射撃精度だとは思っていたけど、そんな雑な狙撃でも頭部命中か……」
「慣れればどうってことない。それより概ね俺の予定通りに殲滅が終わった。シルフィー達の援護に――」
言葉を途中で切るように直結命令の恩恵が危険信号を放つ。飛び退いた神谷の眼前へと半液状の何かが飛来したのだ。否、床に当たると同時に状態変化を起こしたという表現が正しかった。
元はつららのような氷に近い輪郭を描いていたそれは、神谷が元いた位置で粘土の高い何かへと形を崩して草を溶かしていた。そんな光景に視線を落とすも束の間、すぐさま神谷はそれを生み出した人物を視界に映す。
「あっという間に一部隊の五人が殺られるなんて信じられない。あんた達今年入ってきた新入生でしょ?」
十メートル程離れた位置に鎮座するは一人の女性。紫色の髪を後頭部で束ねたその者は、これまで神谷が屠った相手とは纏う雰囲気が違った。蒼天の二つ名を持っていてもなんらおかしくは無いと神谷は予想する。
「その口振りから察するに、君は留年生ってところか」
「初対面の癖に人の地雷を踏むのが上手なのね?あまり図に乗らないで」
神谷の言葉は彼女にとって図星であり、逆鱗に触れる行為に等しい。張り詰める戦場の空気。ガソリンの上で灯すロウソクの如く、いつ爆発しても不思議ではない緊張感が場を支配する。
(留年しているならチーミングも納得だな。担任の口振りからこれは毎年やってるようだし)
神谷を含めた今年入ったばかりの一学年はアトックの残酷な進級制度の醜さを知らない。否、落ちこぼれのレッテルから脱すべく、手段を選ばず変貌を遂げて行く人間の醜さを。
六人で一部隊とは言えど、勝つためならば対峙した女性のように部隊間で手を組むことも珍しくはなかったのだ。生き残り、自身の評価加点を狙う。数の利を活かすこの戦術は、毎年行われる遠征宿泊訓練において常識的とも言われているのだった。
「どうする神谷……多分強いよ?この人」
「だな……けど勝てない相手じゃない――」
共に同じ敵を見据える神谷とミドリではあるが、その対象への関心、その本質は全く異なるものだった。純粋な創術の練度の高さを警戒するミドリに対し、神谷はより深く彼女の想像を見透かす。そして絞るライフルの引き金。
「ただのライフルじゃないんでしょ……っ!効かないわっ!!」
手をかざした彼女の数メートル手前、そこで弾丸は高温に晒された水のような音を立てて消えた。
(彼女の一定範囲に入れば消える……?いや、初撃から見ても溶けたって所か)
神谷はただ目の前で起きた現象に対し、冷静に分析を行っていた。創術の基盤にある想像とは人の数だけあると考えても良い。だからこそ神谷は対面した相手の残す微かな情報を注視する。
死なないのか生きたいのか、死んでも良いのかそうではないのか。そんな近くて遠い他の生徒と神谷の意識の違いはやがて戦況を分かつのだ。死ねないからこそ、相手の与えてくれる微かな情報を逃さず、生き残るための道標を紡ぐ。
「緋桜、俺に相殺術壁を頼む――」
「りょ、了解」
神谷は貫通力の上昇したライフルを手にしたままそうミドリに告げると、敵対者の女性へと真正面から最短距離で詰め寄った。僅か十メートル程しか離れていなかった両者が近づく。
相手を見ることに重きを置いていた神谷は、既にある程度見透かした相手の想像、その特質を挫く算段を立てていたのだった。右に狙撃銃、対して左に取り出すは擲弾。レバーを握り、ピンを引き抜いて投擲する際に用いるタイプのもの。
「……っ!」
親指を除く四本の指をピンの輪へと掛けた四つの榴弾、ピンを引き抜くことすらせず、払うような動作で敵対者へ目掛けて神谷はそれを投げ放つ。無論安全装置の生きた榴弾が爆ぜることは無い。だからこそ神谷はすぐさま空いた左手に拳銃を取り出した。
放物線を描く四つの榴弾、その中のひとつへと照準を向ける。時を凝縮した彼の世界、そこに捉えるは知識を元に擬似的に透過して見える榴弾内部の雷管。響いた拳銃の発砲音と共に伸びた弾丸が宙を舞う榴弾を掠めたのだった。
「嘘でしょ…っ!!」
ひとつの爆発から連鎖し、発火した四つ榴弾が破片と爆風を撒き散らす。敵対者の驚きの声、彼女にとって熱と風は天敵だった。相殺術壁より少し外、そこに薄く展開していた敵対者だけの想像が散る。
それは霧。彼女は水や氷に手を加えた創術を扱う。その特質は酸性の高いものであり、限りなく気体に近い透明の溶ける壁を展開させていた。それを見抜いた神谷が取った行動は単純で明白。榴弾による爆風、その熱と風を持って霧という想像そのものを散らしたのだ。
「悪いがゆっくり戦ってる暇はない――」
両者の防壁に榴弾の破片が弾かれる最中、神谷は左の拳銃を投げ捨て狙撃銃を低く構えた。腰の位置で構えた銃の引き金、それを引いた刹那に敵の防壁へと弾丸が飛来する。戦場へと響く防壁の損壊音。
流れるような神谷の動作から敵の懐まで潜り込んだ末に、その敵対者の表情が変わった。焦り、驚き、油断、それらが複雑に入り交じった感情の示すものだ。そして戦場ではそれを隙と呼ぶ。神谷がその狭間を逃すなどありえなかった。
「がっ……?」
対象の無力化に鋭い刃も貫く弾丸も必要ない。ライフルを投げ捨てた神谷が敵の背後へと回り込み、両脇からその頭部を掴んで捻った。骨の軋むシステム音が敵対者の脱落を告げる。
「相殺術壁の再展開も遅かったな……こいつ」
「えぇ……?躊躇ないね……神谷……」
首が明後日の方向を向いた敵対者へとミドリが苦笑いを浮かべて視線を落とす。時間にして十秒程経過した後、光の粒子となって霧散する肉体。消えた肉体を合図に神谷は関心を別の場所へと向けたのだった。
「シルフィー達の所に戻ろう。まぁ……加勢するまでもなく終わるだろうが」
「それはまぁ……そうだと良いんだけどね?いや……えぇ……?」
ただミドリは神谷の鮮やかすぎる一連の流れに未だ目を見開いていた。投擲した榴弾を寸分違わず撃ち抜く射撃精度も、爆発を目隠しに本命の狙撃銃で防壁を割ったことも、ミドリにとっては思いついても行動には起こせない、実現させるのが難しいものばかりだった。
極めつけは神谷の異常なまでの観察眼。ミドリ自身、己が敵対者の強さに構えていた頃には既に神谷はもっと先を見据えていた。ミドリは創術という目に見えるものとは違う別の強さを垣間見たのだ。
「神谷はあの短時間であの人の創術を見抜いたのか?」
「完全に見抜いた、と言う意味なら分からないな。それでもある程度確信を持って踏み込んだ。二回も見せてくれたから不可能ではないと思う」
「二回もって……ありえないよ」
数多の戦場をくぐり抜けてきた神谷にとって、相手の戦闘スタイル、癖、戦術をいち早く見抜くことは言わば常識。
死んでも死なない他の者とは違う世界で生きているからこそ、常識と言えるほど無意識に敵の特質を見定めるのだ。少しでも生き残るための確率を高めるために。
だがそれも経験の差であり、そんな常識を身に付けていないミドリからすればやはり神谷は異端に映った。自身ではたった二回の創術展開で見極めるのは不可能だと。
「不思議な話じゃない。一回目で酸性の液体を見ただろう?二回目は弾丸を溶かした見えない壁、酸性の液体を操る創術だと推測すれば安易に霧が張ってあると予想できる」
「いや、頭では分かってもだね……?そんな鮮やかに自分のペースに持ち込めないものなんだけどなぁ……」
(少し大人気なかったが仕方ない。こっちは遊びじゃないんだ)
学生相手に容赦がなかったと心の中で言い訳をしつつ、神谷達は轟音を奏でる仲間達の元へと急ぐ。加勢するつもりで疾走した二人ではあったが、くり抜いたような森林跡地が視界に飛び込んだ瞬間、それは無駄な事だったと理解した。
クレーターのようにすり鉢状に抉られた大地と、辺りへと散乱したガラスの刃が言葉以上に当時の戦況を物語っていたのだ。二人は杞憂を抱き理解する。聞かずともそれは戦闘ではなく蹂躙だったと。
「無事だったのね二人共!残党は?」
「「……」」
神谷達の戦況を知らぬミリーシャがそう言うも、敵に同情すら抱くほど悲惨な戦闘跡地に二人は言葉を失っていた。そんな二人の反応にキョトンとしたミリーシャへと神谷が告げる。
「こっちも終わったよ」
「嘘っ!?」
「ミリーシャ……早くカタをつけて、助けに行こうって……焦ってた……」
「ちょっとシルフィーっ!!それは内緒だって!!」
「その様子じゃあ楽勝だったみたいだな」
神谷が此度このような戦術を取ったには撹乱と挟撃以上に企みがもう一つあった。そしてそれは倍の人数差を相手に勝利した事で成功を収めた。神谷自身がシルフィーとミリーシャの創術に巻き込まれないということだ。
今やノゾミというストッパーはいない。つまり代表決定戦のように巻き添い覚悟の戦闘になることを避けたかったのだ。
「いやぁ、ほとんど神谷の独壇場だったよ。僕は何もしてない。困っちゃうね?」
「緋桜の創術ありきだったろ。助かったよ」
困ったような顔ながらに笑顔を見せたミドリに対し、神谷も微笑を返す。束の間の勝利の余韻に一同が浸る中、神谷とシルフィーはそれでも警戒を解いていなかった。行われる付近への気配探知。
「周りは……もういない…と思う」
「だな……これは俺の推測だが、開幕は三チームがわざと近くに転送される運びだったんだろう」
神谷は推測ながらにそれは学校側の用意した雑な振るいだと思考する。全体も神谷達と同じく三チームが衝突したと仮定すれば、少なくとも半数近くは脱落することだろう。全体の数が減れば接敵の機会も減り、自ずと気を緩めてしまうチームが出てきてもなんら不思議ではない。
今より四十八時間近くを警戒し続けなければならない。生存チームが減れば減る程それだけ強者が残る。一同は実践向けの訓練の過酷さを痛感していくのだった。




