第五部 コウの叫び
これは、ソウマさんが落ち着く少し前のこと。ライトさんは、皆さんは、大丈夫だろうか。私は、ツーハさんの面倒を見ながらため息をついた。小さい音だったはずだけど、それを敏感に感じ取るのがツーハさんだ。
「イネイさん、どうしたの?」
いつもと変わらない、澄んだ真っ直ぐな瞳で私の顔を覗き込んで来た。この子は私なんかよりずっと強い。兄2人が戦いに行くなんて、不安で仕方がないだろうに。それに、先程、勝手に家を飛び出しライトさんたちを助けに行った時、コウさんに散々怒られていたというのに、ツーハさんは泣かなかった。そんなことを思ってツーハさんをじっと見ていると、ウーベイがテコテコやって来た。弟なのに、たまに変な歩き方だなあとふと思う時がある。いつもは明るい表情でハキハキ話すウーベイも、今日ばかりは少し憂鬱そうな顔をしている。ウーベイは音を聞いているはずなのに、全然安心しているようではなかった。コウさんもまた、なんでもないように見せかけて心配そうだ。ずっとソワソワしている。その時、ツーハさんが見ていたアニメが中断され、ニュースが始まった。何か災害でもあったのだろうか。
『闇屋敷周辺の廃坑で、大規模爆発が発生しました。周辺の住民は、すぐに避難してください。また、廃坑が崩れて危険ですので、近づかないようにしてください。繰り返します、』
そこまで聞いて、私たち4人は顔を見合わせた。そして、私はさらに不安になった。ライトさんは確か、廃坑に行くと言っていた。テレビには中継でその様子がありありと写し出されていた。カメラマンさんも、大変だ。どうやら飛行能力があるカメラマンらしく、映像は上から撮られていた。それで確定した。ライトさんを、画面の中から見つけてしまった。
『爆発は人為的に起こっているものと見られ、誰かが自爆を繰り返している模様です』
コウモリのリポーターが飛びながら言った。もう大体わかってしまった。ツーハさんは急に飛び上がったが、コウの分身に押さえつけられた。
「放して!ソウマさんが、死んじゃう!」
「そんなこと俺もわかってるさ!でも、俺らが行って何になるんだよ!巻き込まれるだけだぞ!」
ツーハさんはしゅんとして力なく降りて来た。テレビのニュースはしばらく続きそうだ。どこかの専門家が意見を述べていたが、そんなのどうでもよかった。私たちは、真実を知っているからだ。しかし、どうしても音声は耳に入ってくる。ふと、ある言葉が聞こえてしまった。
『自殺行為としか、言いようがありませんね』
私は悔しくてたまらなかった。ソウマさんは、確かによく怪我をするが、自分から進んで自爆をするような人ではないというのは、私でもよくわかっている。その言葉はコウさんの耳にも入っていたようで、バンと食卓を叩く音がした。
「ソウマさんを、馬鹿にしてんじゃねえよ!」
コウさんの声は、当然専門家には届かない。でも、1番悔しいのはコウさんだと思う。なぜなら、私相手に必死で敬語を使おうとしていた時、私は別にいいですよ、気を使わなくても、と言ったけど、コウさんはこう言った。
『ソウマさんは、俺の恩人だ。だから、ソウマさんのために敬語を使えるようになりたいんだ』
コウさんはテレビを切った。もう聞いていたくなかったのだろう。ツーハさんも、アニメが中断されたことに関しては文句を言わなかった。コウさんは、とりあえずというようにお皿を食卓に並べ始めた。お皿の並べられていない7席が急に寂しく感じられた。コウさんはじっといつもソウマさんの座っている席を眺めた。でも、すぐにまた料理を運び始めた。
「出来たぞ。お前…ら」
コウさんの語尾が揺れた驚いてみると、コウさんは、静かに泣いていた。ツーハさんは心配そうに見ていたけれど、すぐに気を使ったのか目を逸らした。ウーベイは何も言わなかった。怒りたかったけど、感情の高ぶりを避けるために何も言わないのだろう。今日の食卓は、静まり返っていた。だんだん不安になって来た。もし、ソウマさんがこのまま止まらず本当に自殺行為になってしまったらと、余計なことを考えてしまう。これは、私の悪い癖だ。私は、ソウマさんとあまり話した記憶はなかったけれど、なんだか含みのある笑みは少し気にはなっていた。コウさんは、一瞬妖気を上げ、すぐに戻した。
「何をしたんですか?」
「いや、ちょっとガンっと怒ってみて、落ち着こうと思っただけだ」
「怒るって、誰にですか?」
「ソウマさんにだ。ちょっと耳塞いでてくれないか?」
私たちはちゃんと耳を塞いだ。
「ソウマさんのバカ!なんでいつも、自分が傷つく方法を選んじゃうんだよ!バカ!バカ!バーカ!」
コウさんの叫び声は、残念ながら、耳を塞いでいても聞こえるくらい大きかった。
「バカしか言ってないじゃん」
「おいツーハ!耳塞いどけって言っただろ!」
「声がデカかったんだもん」
コウさんは、いつも通りツーハさんを追い回していた。結局、私たちは7人が帰ってくるのを待つしかないのだ。




