第四部 忠狼
ロルは明らかに負傷していた。右目が開いていない。しかし、助けようとしたソウマを睨んだ。ソウマは驚いたようだが、ロルの意図を汲み取ったようでエヴェルに気を向けた。多分だけど、『ここは俺に任せておけ』という意味なのだろう。ロルは自分の何倍もの大きさの熊を相手にして、恐れることもなく突進した。熊に敵うわけもないのに。ソウマは心配そうにロルをちらちら見ていたが、エヴェルの技を受けるので精一杯で、助けに行けていなかった。私もよそ見をしている場合ではないので、心苦しいが見ているに留め、ライトに加勢した。それでもやはり気になって、攻撃の合間に見ていると、ロルの傷がどんどん増えていく。一方、熊はロルの不意打ちを除いてノーダメージだった。他の奴も連れてくればよかったのに。本当にソウマそっくりだ。見ているソウマは堪えきれなくなったのか、エヴェルの腕を掴んで離さず、ロルを助ける隙を作ろうとしているようだった。もちろんエヴェルは離すようにソウマに攻撃をしたが、ソウマはエヴェルを真っ直ぐに睨むだけで、ピクリとも動こうとしない。ソウマの気持ちを無駄にしたくはなかったので、私は熊を不意打ちで殴った。熊の注意がこちらに逸れると、ロルはすかさず熊の首元に牙を立てた。熊がロルを首から引き剥がすと同時に、ソウマはエヴェルに蹴り飛ばされた。私はロルの加勢をしていられなくなり、また持ち場に戻った。さっきの傷が効けてくるといいのだけれど。そういえば、ロルは妖獣でわずかながら妖力を持っているわけだけど、何属性だったか?ソウマはかなりのダメージを受けているだろうに、一向に一回目のグラスヒールを使おうとしない。ロルのために残しておきたいのかもしれないが、自分のことも大事にしてほしい。ロルはロルで、全く退こうとはせず、次々に熊に掴まっては噛みつき始めた。怪我のせいでおかしくなってしまったのだろうか。ソウマは、ゆっくりと立ち上がるとロルに目配せした。ロルもそれに応じ、2人同時に駆け出した。私は、たとえ言葉が通じなくても、これほどの絆を深められることに心底感動した。やっぱり、ソウマはすごい。しかし、そんなにこうやって感動している暇はない。エヴェルはもはや普通の打撃技で私たちを倒そうとしている。ようやく本気になったということだろうか。しかし、その表情には余裕が垣間見える。よくわからない奴だ。ちらちら見ていると、熊の様子がおかしい。だんだん動きが遅くなって来た。その時、よくわかった。ロルは毒属性で、噛み付くことにより毒を流していたのだ。熊はふらふらよろけ始めた。そんな相手に、ロルは容赦なく牙を立て、喉笛を噛みちぎった。ずいぶんと残酷なものだが、自然んとはそういう社会なのだろう。スインがスッと現れてロルの血を洗っていた。すぐそばに熊の死体があるが、平気なのだろうか。ソウマはほっとした表情を浮かべ、グラスヒールを発動させて自分とロルの傷を癒した。ソウマはほんの一瞬だけロルの近くに来た。
「やっぱり、君は今山の王だよ。早く帰って。巻き込まれない内に」
ロルは廃坑の出口へと走り出した。エヴェルはそれを全て見ていたようで、熊が死んだのを残念そうに見ていた。
「負けたか。俺も、いよいよ本気を出さねばならぬな」
エヴェルの攻撃が急に激しくなった。私たちは飛ばされ、廃坑は崩れ落ちた。あとは、割れた岩が山積するだけの場所だ。空を見ると、日が沈みかけている。視界が悪い上に、闇属性の相手は強くなる。不利な条件が揃ってしまった。熊の死体は、もうどこにも見当たらなかった。岩に埋もれたのだろう。最初の一撃がこれだ。相当な攻撃力だ。しかし、ソウマはさっきと全く変わらぬ動きをしていた。エヴェルはずっとまとわりついてくるソウマが邪魔だったのか、思いっきり投げ飛ばした。それでもソウマは立ち上がった。その後も、ソウマはエヴェルの攻撃を受け止め続けた。ロルへの感謝の意もあったのだろう。おかげで、私たちは技を幾つかエヴェルに当てることができた。エヴェルは表情を怒りへがらりと変えた。そして、ポケットから何かの破片のようなものを取り出し、空にかざした。
「この力を俺に使わせるとは、大したものだ。でも、これが1番手取り早い。おやすみなさい、“悪夢”」
瞬く間に当たりが黒い妖気で包まれ、私は体が重くなって来た。罠だとは分かりつつも、まぶたが重い。だんだんと、眠りに落ちていくのを感じた。
“悪夢”をまともに受けた俺たちだったが、幸い俺とエント、ムルルは眠らず、そのままエヴェルを見据えていた。
「これでも引っかからないとは。大した精神力だ。何がお前たちの背中を押す」
「約束だ。いろんな奴との。ロルみたいな妖獣までもがあんなに頑張ってたのに、俺たちが負けたら全部水の泡だ。トルキも、エヴェルは倒してほしいと言われたのだ。ここで、退くなんて選択肢は考えられない」
その前に、みんなを起こさなくてはいけない。




