第五部 王族の休日
その日の午後。ストキとクラキは部屋に戻った。とはいえ、ストキと私の部屋は隣接していて、私の部屋には外に出るドアがなく、代わりにストキの部屋に繋がるドアがある。これは別に変な意味では無く、外に出たがる私を抑えるためだ。なぜそんなにも抑えるかというと…。
「ねえ、ストキ。今日はもう着替えていいかな?この後予定もないだろうし。このドレス、結構窮屈でさ」
やっぱり、2人きりになると途端にタメ口になる。
「まあ、急な呼び出しがない限りですがね。でも、大体の場合僕が呼ばれます。だから、安心して過ごしてください、キルラ」
一方、ストキはいつでも敬語だ。まあ別にいいんだけど、なんというか、距離を感じなくもない…って、一体何を考えているのだろう。キルラ。それが私の本当の名前であり、過去に力を暴走させた人物の名前でもある。今私の名前を呼ぶのは、ストキと後は前世の記憶を持っているチーナくらいで、2人ともさすがに他人の前では呼ばないので、本当の私の名前は他の名前に比べて呼ばれる回数は圧倒的に少ない。なんだか少し、寂しい気分になる。着替えてストキの所に行くと、ストキは本を読んでいた。
「あなたには迷惑かけてばっかりだなあ…って、何を言ってるんだろうね。今日は疲れてるのかな?」
「いいえ、そんなことを感じたことは一度もありませんね。たとえ自分の何を犠牲にしても、あなたを諦めたくないと、言ったではありませんか。あの日から、僕の決意は微塵も揺らいでいませんよ。これは僕のエゴですので、どうぞお気になさらず。それより、ゆっくり休んだらどうですか?ギルドとクラキをこなすのも大変でしょう。せっかくの休日です」
ストキはずっと変わっていない。ずっと変わらない人だから…。その時、ストキの部屋の廊下に繋がるドアが開いた。そこには、ようやく休みを取れた疲れ切っている女王、キクラがいた。
「お父様、お母様、私はもう限界です。お父様の凄さがよくわかりました」
キクラは特に何もしていないように見られがちだが、それは問題が起こる前に未然に防ぎ続けているだけであり、世の中は理不尽なことに起きた問題を解決したほうがよっぽど評価される。ストキを見て来た私も、その理不尽さはよく分かっている。しかし、ストキはそれを笑顔で許容していた。その度に、私は自分の未熟さとストキのすごさを痛感していた。キクラはソファに寝転んだ。本来なら注意すべき行為だが、疲れているのだし見ているのは私たち2人だけなので何も言わないことにした。もう一度、ドアが開いた。
「義姉様、お兄様、菊の嬢、ただいま帰りました」
部下なような口ぶりだが、部下ならノックをするだろう。彼はストキの弟であり私の義弟、そしてキクラの叔父にあたる人物、キセキだ。戦いをしたらしく、服に泥がついていた。本人もそれを自覚しているのか、部屋に入ろうとしない。ちなみに、菊の嬢はキクラの別名だ。キセキはストキと年齢がかなり離れており、四男のため、私は息子のように見えてしまう。
「いいですよ。キセキ。入りなさい」
キセキは部屋に入り、キクラが寝ていない方のソファに腰掛けた。
「キセキ。あなたは戦ってばかりで、自分の事を顧みません。くれぐれも気を付けるように」
「わかっていますよ、義姉様。でも、国王になれない僕には汚れ仕事くらいしか国に貢献することはできません」
キセキはストキとは母親が違う。そして、その母親は亡くなっている。しかも、キセキは人混みが苦手だった。人の数に酔ってしまうらしい。だから、キセキは国王にはなれなかった。かと言って、何もしないではいられないと思ったキセキは、自ら恐怖の戦士の名を買って出た。もしかすると、キセキは王族の中で1番不運なのかもしれない。そう思うと、キセキのことを放っておけなくなる。
「キセキ。あなたに幸せは訪れるのかな?私は、少し心配だよ」
「義姉様。これは僕の問題です。お気になさらないでください。ただ、一つ気がかりなのは結婚ですかね…。しなければ母の実家を守れないのですが、わざわざ僕と結婚したいだなんて人はいないでしょうし。それに、僕自身もそんなにです。…難しいですね」
「でも、光狐のご令嬢が一度手紙を送ってくれたじゃない。光狐となら、実家も守れるし光狐との関係も少しは良くなる。いいことずくめじゃない?」
「僕としては、ご令嬢が本気かどうかわかりませんし、もし本気でもあまり僕の職業に巻き込みたくないですし。図太い精神の持ち主でないと、耐えられないかと」
「…」
キセキは真面目すぎる。それが損をする原因となることに、本人は多分気づいていない。
「キセキ、もう疲れたでしょう。ゆっくり自室で休んで来なさい」
キセキは帰って行った。ストキは、こちらをじっと見つめていた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもありません。ただ、あなたの成長を感じていただけです」
「えっ?」
ストキは、たまによく分からないことを言う。




