最終話
翌朝、壱の世界の日の出と共に起こされたサキはサルに文句をつけていた。
「あんたねぇ、なんでこんな時間に起こすのさ! あたしは疲れているんだよ!」
サキは寝間着姿で布団の上にちょこんと座っている。
「いや、申し訳ござらぬ。ええと、突然、会議を開くと言うお話でして南の竜宮まで来ていただきたいらしいでござる」
サルはサキの様子を伺いながらボソボソと言葉を発する。
「そうかい。こんなに早くなくてもいいんだけどねぇ……」
サキは面倒くさそうに髪を払った。
眠い目をこすり、正装の着物に着替えて階段を降りる。
「ああ、お食事は帰ってからにするでござるか?」
「おにぎりちょうだい。駕籠の中で食べるからさ」
「それでよろしいのでござるか?」
サルがいままでにないくらい真剣なサキに戸惑いながら声をかけた。
「いいよ。ヤモリは?」
「ああ、あの客神でござるか? 下の階で待たせているでござる」
「鶴は?」
「もう外に駕籠を持って待機しているでござる」
「はい。了解」
サキは階段を降りながら一階に地味子がいるのを確認した。地味子は怯えながら一階にあるソファに座っていた。
素早く他の猿がサキにおにぎりを手渡す。
「ありがとう」
「サキ様、お出かけですか?」
すれ違う太陽神達がサキに対して声をかけてきた。
「ああ。そうだよ。これから会議なんだ。太陽をよろしく頼むよ」
サキは太陽神達に笑顔を振りまく。太陽神達は深く頭を下げて去って行った。
……まったく、なんで太陽神は朝がこんなに早いんだい? 壱と陸は交代制でまだ陸勤務の太陽神が起きているはずなんだけど……。まあ、いいか。
サキは最後の階段を降り、地味子に声をかけた。地味子はビクッと肩を震わせたがサキだとわかるとホッとした顔を向けた。
「おはよう。あんた、朝早いねぇ……」
「お部屋一部屋もらって嬉しかったけど……全然寝れなかったの……」
「ああ、だろうね。死刑を待つ死刑囚みたいなもんだしねぇ……」
「ああう……」
地味子が涙目になっていたのでサキは慌ててあやまった。
「ああ、ごめん。ええとじゃあ、行こうか!」
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ!」
サキにも不安はあったが地味子を安心させようと必死だった。
とりあえず二人は外に待たせてある鶴の元へ行き、駕籠に乗り込んだ。
「よよい! 待ってたよい! では竜宮に向けて出発するよい!」
「またあんたかい……」
鶴は羽をばたつかせてサキ達を迎えた。
「私なんて鶴どころか亀も会った事ないし……」
「これから竜宮行くんだから死ぬほど見れるよ」
「死……」
「あー……えっと……いっぱい見れるよ」
サキは敏感な地味子を刺激しないように駕籠の中で気を使い続けた。
「サキ、サキ起きて……」
「ん?」
サキは目を開けた。知らない内に駕籠の中で寝てしまっていたらしい。
地味子が涙目でサキを起こしていた。
「起きてよ……。私一人じゃ不安だよ……」
「ああ、ごめんよ。ついたのかい?」
「ついたよ……」
サキは寝ぼけ眼をこすりながら外に出る。地味子も後に続いた。朝焼けの海が目の前に広がっていた。まだ観光客はいない。まるでプライベートビーチだ。
サキは大きく伸びをした。
「こんな状態ならきれいだしいいねぇ。神がいっぱいいるとゴミゴミしているし……」
「竜宮ってきれいだね……」
地味子もサキもきれいな海にしばらく心を奪われていた。
「よよい! 後は亀がなんとかするよい!」
「あ、ああ。そうかい」
鶴がサキに声をかけた。サキは慌てて返答をした。
「では」
鶴はそう言うと駕籠を引っ張り飛んで行ってしまった。
「なんて言うかあの鶴は軽いなあ……」
サキは飛び去る鶴を呆然と見つめた。
「もし……」
サキが空を眺めているとすぐ近くで声がした。サキは声の聞こえた方を向く。
「ああ、カメかい。じゃあ、また頼むよ」
サキの前にはあの時の舞妓さんのような格好をしたカメが甲羅を片手に立っていた。
「はい」
「で、あんたは鶴とは違って人型をとっているんだねぇ……。そういえば」
「え? ああ、そうですね。職業的にこちらの方がいいんです。見た目とかも。鶴はまた別でしょう」
美しい顔立ちをしているカメがニコリと微笑んだ。
「なるほど」
「では行きましょう」
サキは地味子にカメの甲羅に手をかけるように言い、自分もカメの甲羅に手をかけた。
ふと気がつくとまた海の中にいた。ウミガメ達が朝早くだというのに頭を垂れて道を作ってくれている。竜宮の体勢がどれだけ整っているか、サキは見てすぐにわかった。
しばらく海の中を進み、こないだと同じように鳥居をくぐる。するとすぐに海は消え、事務的な部屋が現れた。天津彦根神の部屋だ。
「天津様。お連れ致しました」
「……よい。さがれ」
「はい」
天津彦根神、オーナーの真剣な顔をビクつきながら見上げたカメはイソイソと部屋から出て行った。よく見ると事務の椅子にお馴染みの神達が座っていた。真ん中に天津彦根神が座り、その左右に剣王、ワイズが座り、ワイズの横に冷林が座っている。剣王の横には月子と月照明神の月姫姉妹が座っていた。
「太陽の姫君、遅いYO!」
ワイズが口をとがらせて叫んだ。
「ああ、悪かったよ。なんでまた全員いるんだい?」
「まあ、それがしと月姫姉妹は関係ないんだけどねえ……」
剣王がため息をつきながら出された緑茶を飲んでいる。
「そうね。私達には関係ないわ。せっかくだから顔を出せと姉から言われてしかたなくよ」
「月ちゃん。やっぱり陸に行ってしまった月を放置しているのはまずいかしら?」
「大丈夫じゃない? 前もって言っておいたし」
月子と月照明神は迷惑そうにサキを見ていた。
「そんな顔で見ないでおくれよ……。あたしだって被害者なんだからさ……」
サキは空いている席に地味子と共に座った。
「……ん?」
よくみて見るとワイズと冷林の間に芸術神マイが座っている。マイはサキをちらりと見るとつまらなそうにそっぽを向いた。
……そういえば……ヒコさんは助かったのかな……。
サキにジワジワと不安が襲ってきた。だが、みー君を信じて今はこの交渉を成功させなければならない。
「では、集まった所で今回の件について話す。飛龍」
オーナーが会議の開始を告げ、すぐに飛龍を呼んだ。オーナーの後ろで頭を下げていた飛龍がすっと立ち上がり話し出す。
「えー、今回は参と肆と弐の問題でして……。あたし自身、詳しくは知らないんで何とも言えねぇが……竜宮を不正に使い、参の世界を出現させていた龍神がいるんだ。それがそこの地味な龍神」
「地味……」
飛龍の説明で一同の目線が一気に地味子に映った。地味子は顔を真っ赤にして下を向いた。
「あたしと地味子は一回戦った仲で、あ、ほら、龍神は皆知ってると思うけどさ、一回竜宮が変な龍神によって襲われた事件あっただろ? あれ、こいつなんだよ。怒ると意識失ってさ、すっごい強い龍神になるってわけ。で、おもしろかったから戦ったんだ。急に意識失って元の地味子に戻っちまったがな。ええと、それからの仲なんだが……他の龍神は皆覚醒している方は知ってても地味子の方は知らない。地味子本人も竜宮にいなかったから知る術もなかったってわけだ」
飛龍はバツが悪そうにボソボソと語る。もしかすると飛龍自身にも罰がくるかもしれないのだ。
「なんかよくわからない説明だがお前とそこの少女の接点はわかった」
剣王が緑茶を飲みながらほのぼのと話を聞いていた。
「で? お前は何をしていたんだYO」
ワイズが先を急かすので飛龍はまた口を開いた。
「……あたしは竜宮の利益を考えて地味子の策に乗ったんだ。地味子が竜宮を動かした事で変な記憶が竜宮に溜まってて見つかったらやばいからって地味子があたしに隠せって言ってきた。だからあたしはドラゴンクワトロってバトルゲームを作って勝ち残ったらその記憶を見せるってルールを作って金儲けした。繁盛していれば逆に龍神には見つからない。他の神に堂々と見せる事でカモフラージュをしてた。他の神に見つかってもダメージは全然ないからさ。龍神にさえ見つからなければ」
飛龍はちらりとオーナーを怯えた目で見つめる。オーナーは目を閉じて話を聞いていた。
「なるほどNE。お前にも罪がありそうだYO」
ワイズは黒いサングラスをかけ直した。
「飛龍君の意見はそこまでだな。その記憶に輝照姫と天御柱が気がついたと」
剣王がちらりとサキを見る。サキは発言の場と判断し、口を開いた。
「もともとあたしらはその巻き戻しの被害者だよ。異変にいち早く気がついた天津があたしらを竜宮にかくまってくれた。その竜宮でたまたまその記憶をみたのさ」
サキの発言にワイズがふふっと笑った。
「あいつだNE。あいつはゲームに目がないからNE」
「たまたまドラゴンクワトロってゲームをやっただけだよ……」
「まあ、いいYO」
「で、なぜ巻き戻しが行われていたかと言うとだね……」
サキはちらりと地味子を見る。地味子はサキから話を振られた事に気がつき、恐る恐る話しはじめた。
「えっと……芸術神マイも私も今のルールを知らなくて……その……マイがある人間の少年少女の運命に欠陥を見つけたって言ってシミュレーションし直したいから竜宮を使ってくれないかと言ってきたんです……。私も絶対にばれないと思いましたので……はうう……ごめんなさい」
地味子は耐えられずシクシクと泣きはじめた。
「ふん……こいつは罪確定だYO。いくらルールを知らないって言ってもバレないって思っている時点で悪を感じるNE。天津」
ワイズはサングラスの奥の鋭い瞳をオーナーに向ける。
「……。しっかり話を聞いてからだ……。まだ結論は出せん」
オーナーの状況は不利だ。
「そもそも、そのマイって芸術神が人間の運命をいじれなくなった事を知らなかったのが原因じゃないかねぇ?」
剣王は緑茶を飲みながらつぶやく。
「そうよ。確か、そいつはうちによく出入りしている絵括神ライの姉。ライはワイズの傘下だったはずだけど」
剣王と月子がワイズに目を向ける。
「さあ? 私は知らないYO。こいつは今から私の傘下に入ったんだYO。もともとはライだけだったYO」
ワイズは腕を組みながら唸る。
「そうだ。私はワイズの配下ではない。今回の件でワイズに引き取られただけだ」
どこか偉そうにマイは答える。
「……まあその件はいいでしょう。わたくし達が気になっていた事をお話ししましょうか。何故何回も弐の世界が開いたのか、わたくし達月の神は壱と陸以外に上辺だけ弐の監視をしています。それだけですが何度も何度も数時間の内に同じ弐の世界が開いたのが気になって」
月照明神はマイに視線を合わせた。
「ああ、それはわたしの能力だな。わたしは未来である肆で弐の世界を開いてシミュレーションをする能力がある。貴方が見ていたのは壱の世界の弐ではなく、肆の世界の弐だ」
「巻き戻しをするのであれば一度だけで良かったはず。シミュレーションは本来一回だけです。人間に気がつかれていたのではないですか? まさかそこの龍神もそれを知ってて参を使っていたわけじゃないでしょう?」
月照明神の発言で地味子は下を向き、マイも下を向いた。
「図星ですか……。ではその人間は己の運命を知っていた事になりますね」
「あの運命はトラックの横転事故で少女の方が命を落とす予定だった。だがわたしが少年が命を落とす方が自然であると判断し、運命を改ざんしたのが原因だ。何度も同じことを繰り返した理由は彼らに運命を気がつかれてしまい、少女の方が少年を助けたいと強く思っていたからだ。わたしは自分でやった事ながら彼らに手を貸した。地味子を騙してな」
「それが真相か。最悪だな。あんたはそれを楽しんでいたわけだ」
マイの説明に剣王は顔をしかめた。
「それでなんでサキは竜宮にかくまわれてたはずなのに外に出ているわけ?」
月子が予想していた質問をサキにぶつけてきた。
「天導神、運命神にさらわれたんだよ。何かと思ったら少年少女を助けたいって懇願されてさ。運命神も竜宮に頼れば良かったのにそれをして来なかった。あたしらを頼ったんだ。あたしらは連れ去られた上にマイやらヤモリやらに襲われて大変だったんだ。ヤモリはルールを知ってだいぶん混乱してて竜宮を動かしてしまった事にかなりの罪悪感を持っていたからあたしの暁の宮で保護したんだよ。彼女はマイにいいように使われただけだから動揺して大泣きするのもおかしくはないね」
サキは冷静に言葉を発した。
「太陽の姫君が動揺していた彼女を救ったんだとさ。天津」
剣王がふふんと笑いながらオーナーを見る。
「そうか……すまないな……。こちらの情報不足で迷惑をかけた」
「それからもう一つ。全員に言う。ヤモリを罰する奴はあたしが許さない。あたしが彼女を全力で守る」
「……」
サキの発言に一同はクスクスと笑った。一斉にオーナーに目を向ける。
皆わかっているのだ。オーナーは恩を着せられた上に過失で太陽の姫君を危険にさらし、竜宮所有の龍神を全力で守ろうとされたのだ。
これはオーナーからすれば謝罪をせざる得ない。
「大変申し訳ない。我が管理体制の見直しをする。お詫びをしたい」
「それは後で話そうじゃないかい。天津」
サキはふふんと笑った。オーナーも真面目な顔を少し緩めた。本当は地味子を救ってあげたかったらしい。
「で、後は運命神だねぇ……。あの子は何をしていたのかな? 噂によるとあの少年少女は両方とも生きているみたいなんだけど」
「生きてる!?」
剣王の発言でサキが声を上げた。
「おい! なんだYO。いきなりデカい声を出すなYO!」
「ああ。ごめんよ」
ワイズが注意をしてきたのでサキは素直にあやまった。
「今の感じだと太陽の姫君はこの事を知らないみたいだねぇ」
剣王は顎のひげを撫でながら笑った。剣王を見ながらマイが声を上げた。
「それに関してはわたしが話そう。わたしは実はもうワイズの側近から手痛い罰を喰らっている。恐ろしくて今でも冷や汗が止まらない。これからワイズの傘下になる事はわたしとしてはとても地獄だ。その手痛い罰の中でワイズの側近が二人を救った。少年の方は元々運命神の神社のおみくじで大凶を引いていた。ある程度つじつまは合うが奇跡を起こしてしまった分、厄の処理に困った。ワイズの側近から厄を引き受けろと二重の罰を受けた。そもそもワイズの側近が動いたのは輝照姫様が頭を下げて二人を助けてくれと頼み込んだかららしく彼も輝照姫様のご意見をよしと思い計画に乗っかったとの事」
「あのバカ……」
マイの発言にワイズが頭を抱えて呻いた。
「なるほど。ではワイズから彼に対し何か指示を出したわけではないという事ですわね。それをいかんと思った輝照姫が彼と交渉をし、二人を助けた。そして彼は輝照姫の指示に従い速やかにマイを罰したと」
月照明神が涼しい顔で語った。
サキはそんな話になるとは思わずなんと反応を示したらいいかわからなかった。
「だけどさあ、彼女、少年が生きている事知らなかったみたいだけど……」
剣王がマイに視線を向ける。
「ああ、それは知らないだろう。輝照姫様はワイズの側近にすべて任せて太陽の業務に戻り、地味子を保護したのだから。今朝、その話を聞いてもおかしくはない」
「ああ、そうなんだ。だが、太陽の姫、君は一つ処理しきれていない事がある」
剣王に睨まれてサキはごくんと唾を飲み込んだ。
「厄の処理はマイがするとして奇跡の処理はどうするんだい?」
「奇跡の処理?」
サキはもう何の話なのかまったくわからなかった。
「厄だけでなく、良い事も神は処理しないといけない。それを信仰心として盛り立てるのもいいが今回はそっちの奴らの過失で起こった事故。無理やり起こした奇跡は誰かが処理しないとさ」
「剣王、そのために冷林がいるんじゃないの?」
月子は頬杖をつきながら剣王を見つめる。
「その通り。だが冷林ともおそらく交渉が必要だぞ。今回は人間が願った奇跡じゃない。神が事故を起こしてそれの修正に使った奇跡だ。当然、冷林は動かないぞ」
剣王はサキに向かい、にこりと笑ってみせた。冷林はまったく動きがない。
「……わかったYO。今回は私の過失もあるYO。奇跡の交渉は私と冷林で行う。天御柱はマイが私の傘下で管理をしなければならないと思ったんだと思うYO。まあ、マイはあの時点でまだ誰の傘下でもないわけだから誰が罰しても文句はないYO」
「だいたい芸術神を監視しようと言いだしたのはワイズですもの。輝照姫はそれを見込んであなたの側近と共に動いていたんでしょう」
月照明神の言葉にワイズは悔しそうに緑茶を飲んだ。
……まあ、なんて言うか……たまたまだったんだけど……。これは言わない方がいいかな。
サキはだんまりを決め込んだ。
「わかったYO。輝照姫には感謝申し上げるYO。後でお礼を差し上げるYO……」
「おお!」
サキは思わぬ展開に転び、目を輝かせた。マイのおかげが半分ある。そしてみー君が裏で頑張った行為が半分だ。マイはみー君にサキが頭を下げて頼み込んだと言った。強制的に従わせたわけではないのでワイズは何も言えない。みー君は芸術神を監視するのは東だと思っていたため、サキの意見に従った。ワイズが芸術神を監視すると言ったためにみー君の行為を咎める事はできない。
結果的にワイズ本人がこの大事に気がつかず、まったく関係のないサキにすべてやらせたと言う風になった。
こうしてサキは竜宮と東から多大な援助をもらえる形となった。おまけに地味子も助けられ、マイもワイズに縛られる形で暴れられなくなった。
コウタとシホの幸せも保障された。
すべていい方に転がった。
会議はその後、すぐに終わった。月姫姉妹は前回の借りは返したとは言わなかったが笑顔の表情がそれを言っていた。剣王はだるそうに歩き出し、冷林は浮遊しながら後に続いた。ワイズは虫の居所が悪いのかマイを引っ張りながら足音荒く去って行った。マイはサキを見てフフッと意味深に笑っていた。
事務的な空間に残されたのはサキとオーナーと地味子と飛龍だ。
「天津、ヤモリがね、今回みたいにルール変更を知らずに事件を起こしてしまうのが嫌だから形だけでも自分を守ってほしいと言っているんだよ。竜宮には戻りたくないらしいけどあんたには守られたいんだってさ」
「そうか」
サキの言葉を聞きつつ、オーナーは事務椅子に座りながら地味子に目を向けた。
「あの……太陽の姫君に守られてこういう事言うのもあれなんですけど……私は弱いですから守っていただきたいんです。死刑になるほどの罪だってわかっているんですけど……その……」
「今回の件はもうよい。輝照姫に感謝するんだな。……お前を守る事は可能だが死刑になる罪だとわかってやっていた行為を許すわけにはいかない」
オーナーの言葉に地味子の肩がピクンと動いた。
「それと飛龍。お前も速やかに私に報告するべきだった。それも罪が重いぞ」
「……」
飛龍は青い顔で下を向いている。
「だからお前達は二人で現世に三か月追放だ。高天原の地を踏む事は許さん」
オーナーの厳しい目線に二人は肩を落とした。
「三か月も戦えないのか……あたしは……」
「こんな野蛮な龍神と三か月も……」
二人はとても嫌な顔をしていたが渋々罰を受け入れた。
「三か月経ったら私が直々にヤモリを守ってやろう。その間、何か罪を犯したら死刑だ。飛龍もだ」
オーナーの鋭い瞳に怯えながら二人はため息をつきながら頷いた。
「それと輝照姫、本当に迷惑をかけた。なんでもいい。かなえられる範囲で詫びをさせてくれ」
オーナーが深々と頭を下げるのを見ながらサキは口を開いた。
「じゃあ、暁の宮に援助をしておくれ」
「……了解した」
サキの発言にオーナーは素直に了承した。サキは勝ち誇った顔で笑った。
色々援助の交渉をして疲れたサキは暁の宮に戻り、自室でゴロゴロしていた。
「よう!」
ゴロゴロしていたら突然みー君が現れた。
「……!? うわあああ!」
サキは突然現れたみー君に驚き、近くに置いてあったツボに頭をぶつけた。
「お、おい。大丈夫か?」
「いたた……。な、なんでいきなりあたしの部屋にいるんだい!」
「いや、前も説明したと思うがこう、風でひゅるっと……」
怒鳴るサキにみー君は逆に驚いた。
「よくも女の子の部屋になんの声掛けもなく入って来れるね! あんたは!」
「別にお前、いつもゴロゴロしてて何もしてないじゃないか……」
「今は疲れているんだよ……ほんと」
サキはみー君を無視して寝ようと思ったが一番大切な事を思い出した。
「そうだ! みー君!」
「ん?」
「あんた、ヒコさん助けてくれたって……。しかもワイズから援助までもらっちゃったよ……」
「ああ。良かったな」
みー君は爽やかな笑顔でサキを見つめた。
「もう! そういうクールな所が大好きだよ! みー君!」
サキはガシッとみー君に抱きついた。
「おわっ……! 現金なやつだな……お前」
みー君は少し照れながら嬉しそうなサキを眺めていた。
みー君が仮面をつけていた意味はこういう交渉の時に役立つからだ。表情がわからなければ後で咎められた時、好きなように言い逃れができる。今回大切な場面で仮面をつけていたのはそのためだった。
「あ、みー君はなんで来たんだい? そういえば」
「切り替え早いな……。ああ、ちょっと運命神の様子を見に行こうと思ってな。松の木に放置したままなんだ」
「あ……」
みー君の言葉にサキの顔が青くなった。
「なんでそれを早く言わないんだい!」
「それを今言いに来たんじゃねぇか!」
二人はほぼ同時に叫んだ。
「まったく! 早く行くよ!」
「疲れて寝たいんじゃねぇのかよ……」
サキがさっさと用意をするのでみー君は首を傾げていた。
寝間着から正装に着替えたサキはみー君を連れて運命神の神社に来ていた。
七月八日。午後三時。この日も早生まれのセミが姦しく鳴いていた。そして八月はどうなってしまうのかと心配したくなるくらいに暑い。天気は晴天。
サキ達は日陰を選んで歩き、松の木に寄りかかりぐったりしている運命神の元へ近づいて行った。
「おーい……生きてるか?」
みー君がまったく動かない運命神に恐る恐る声をかけた。
「大丈夫かい……?」
サキも控えめに声を発する。
「う……うう……」
運命神は呻いていた。
「ちょっと! しっかりしなよ!」
サキが運命神を乱暴に揺すった。
「うう……」
「ん?」
運命神は泣いていた。呻いていると思った声は嗚咽だった。
「お、おい。どうしたんだ? ま、まさか、放置されて寂しくて泣いてるわけじゃないよな……」
みー君はバツが悪そうに笑った。
「あの子達が……この神社に来たんだ……。さっき……」
運命神は涙声でぼそりとつぶやいた。
「あの子達ってヒコさんとシホって女の子かい?」
サキの問いかけに運命神は軽く頷いた。
「あの少年、コウタは擦り傷だらけだったけど擦り傷だけだったんだ……。大きな怪我を奇跡的にしてなかった。一日で退院したんだって……」
運命神は涙目をサキ達に向けた。
「おわっ!」
顔をこちらに向けたと思った刹那、運命神はみー君の腕をガシッと掴んだ。
「ありがとう……。本当にありがとう!」
運命神が頭を下げてお礼を言うのでサキとみー君はお互いの顔を見合い、微笑んだ。
サキ達が来るちょっと前。
奇跡的に擦り傷で済んだコウタと奇跡的に無傷だったシホは運命神の神社に来た。
いまだ松の木に寄りかかっていた運命神は二人が来た事にとても驚いていた。
「……生きて……」
運命神は二人を見ながら声にならない声を上げていた。
二人はお金を賽銭箱に入れ、声に出してありがとうとつぶやいていた。そしておみくじを引いて笑い合っていた。
それを運命神は何とも言えない顔で眺めていた。
……幸せそうだ。二人とも大吉が出たか……。
運命神は目を閉じ、二人の笑いあう声だけを聴いていた。
しばらくすると声が途切れた。運命神は二人が帰ったのだと思い目を開けた。
「!」
帰ったと思った二人はなんと運命神の前に立っていた。いや、正確に言えば松の木の前に立っていた。目線はまったく運命神に合っていない。彼らに運命神は見えていない。
「とりあえず、運命神、この松の木の側にいそうな気がするんだよ」
「俺もそんな気がするんだよな……」
シホとコウタはそんな会話をしていた。
「ま、いいや。ここにいると仮定して話す。最初にありがとう。最後にごめんなさいだな」
シホは松の木に向かい頭を下げる。
運命神はシホをじっと見つめていた。こんなに近くにいるのに彼女は運命神が見えていない。もちろん、運命神の声も聞こえない。
「コウタ……助かって良かったな……。シホ」
運命神はつぶやくがシホは何事もなく話を続ける。
「うち、あんたにひどい事言った。ほんと、罰あたりだ。おまけに殴った。許してくれなんて言わないけど……今、なんて言ったらいいかわからない気分なんだ。だからあやまる。ひたすらあやまる。そんで……うちらの為に頑張ってくれてありがとう……。うち……神様を誤解してた……。本当はとても一生懸命なんだ……。うち……あんたに会いたいよ……。会って直接あやまりたい」
シホは堪えきれずに泣き出した。シホのきれいな涙が運命神の頬に当たる。
「……」
運命神はシホを微笑みながら見ていた。
「運命神、俺からも言わせてくれ……。俺を生かしてくれてありがとう……。俺は助かった命で沢山の人を幸せにするよ。やれる事はかぎられてしまうと思うが……。俺、あんたを信じるから。ずっと信じる」
コウタは泣いているシホを自身に引き寄せながら真剣な顔で松の木を見ていた。
「そうか。……幸せになるといいな……」
運命神は二人に向かい声を発した。もちろん、この声も届いてはいない。
「じゃあ、俺達、行くから」
「うちもあんたを信じるよ……」
二人はきれいな瞳を松の木に向けるとゆっくりと去って行った。
「ああ、それから……」
コウタが歩きながら声を発した。
「俺のファンらしい女の子の神様に今度、十月にライブをやるからよかったら来てくださいと言っておいてくれると嬉しいです」
コウタはチラリと松の木を振り向き、満面の笑顔を見せた。
そして最後に
「また……来ます」
とつぶやいた。
運命神は自分が泣いている事に気がつき、着物の袖で涙をぬぐった。
「僕、こんな事言われたの初めてだ。なんか感動しちゃってさあ……」
運命神はサキとみー君を交互に見る。
「良かったじゃないか。あの時一瞬でも顔を出して良かったな。ああ、俺の結界のおかげか!」
みー君は運命神から感謝をされて調子に乗っているようだ。
「そんな事どうでもいいけど十月にライブだって? 顔出しするのかい!」
「ちょ……どうでもいいってお前……」
サキはみー君を押しのけ運命神に真剣な顔を向ける。
「え? いや、僕はよく知らないけどさ……。ライブやるからよかったら来てくださいって言ってたが」
運命神はサキの真剣な顔に戸惑いながら答えた。
「行くって絶対行く! みー君!」
サキは鼻息荒くみー君に勢いよく振り向く。
「な、なんだよ……。なんか嫌な予感しかしないが……」
「寂しいから一緒に行こう!」
サキの発言にみー君は盛大にため息をついた。
「ああ。なんかそんな気がしたんだ。暇だったらいいぜ」
「大丈夫。みー君はいつも暇じゃないかい!」
「勝手に俺の予定を決めるんじゃない! 俺だって忙しいんだ」
運命神はサキとみー君の会話についていけずにはにかみながら二人を見ていた。
「ま、とりあえず、なんかおいしい物でも食べに行こうよ」
サキが急に話題を変えた。
「おいしい物って……お前はコロコロ話題が変わるな……」
みー君は頭を抱えた。
「じゃあ、あんたも行こうよ。お腹空いてるだろう? ……高天原でなんか食べようか。あ、動けなくても鶴で連れて行くからさ」
運命神に選択肢はなかった。
「わかった。僕も腹が減ってたんだ。いいよ。お付き合いする」
運命神はしかたないなとつぶやきながら頭をかいた。
「やれやれ。運命の神が一つの運命を強制的に選ばされるとは滑稽だな」
みー君もどこか楽しそうに運命神に笑いかけた。
「じゃあ、とりあえず暑いから鶴で行こう! つーるー!」
サキは元気よく叫んだ。
みー君と運命神はやたら元気になったサキを呆れた顔で見つめていた。
鶴が持つ駕籠に乗り込んだサキは駕籠についた窓から下を眺めていた。一瞬だけコウタとシホが幸せそうに笑い合って歩いている姿が見えた。
「本当に良かったねぇ……」
サキもそれを見て幸せそうに微笑んだ。
人間に起こる奇跡とは沢山の神々が関わっているのだった。




