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ナイショの話其の十


それから数日間、幸彦君を注意深く見張っていましたが、秘密が漏れることはなさそうでした。


彼は意外と口が堅いようです。ピンチはチャンスが私の座右の銘です。ついでに、どうしたら男心を掴めるか、幸彦君で試してみることにしました。


「お弁当作ってみた。食べて」


「う、うん……」


それまで包丁なんか握ったことありませんでしたから、お手伝いさんに協力してもらい、お弁当をこしらえて幸彦君に食べさせます。 


嘉一郎君と幸彦君は味の好みは違うわけですから、意味がないことはすぐわかりました。


朝早く起きて、どうして好きでもない男の子のために弁当を作ってるんだろうとたびたび疑問に思いましたが、一週間が、二週間、一ヶ月と伸びて、結局十二月まで続けたのは我ながらあっぱれです。


幸彦君は口に合わない料理を食べた時、顔に出るのでわかりやすいし、作りがいがありました。


料理の腕を磨くと同時に、どんな服装が好みなのかを知るために幸彦君を買い物に連れ出しました。荷物持ちもさせられるし、一石二鳥です。こうして秘密を共有する共犯関係が着実に築かれていったのです。


「最近、服装の趣味が変わりましたね」


二年生の夏休み、嘉一郎君にまとまった休みが取れたので、二人で鎌倉に旅行に行った時にそう言われました。

 

私は、これまでデートの時は気張ってお洒落していたんですが、その旅行の時は油断していたました。元々、カジュアル寄りの服が好きで、ブランド物は滅多に身につけません。

 

この日も高価なのはミュールだけで、あとはファストブランドのシャツとスカート、動きやすいものを着用していました。


「だって制服で来るわけにはいかないでしょ」


彼の顔を見ずに答えました。私が何着ようと勝手でしょと、内心で反発していました。


興味のないお寺巡りで、苛立っていたんです。彼はよくお寺で座禅をするらしいんですけど、何が楽しいのかわかりません。足は疲れるし、気分は最悪。

 

せっかく久しぶりのデートだったのに、全然楽しめませんでした。

 

夕食は、景色のよく見えるホテルでフレンチを……、


正直、私の味覚では良さがわからない料理の数々が、テーブルを埋め尽くしていきます。

テーブルマナーを知らない程子供ではありませんが、神経を使います。魚料理はまあまあでした。

 

私は蕎麦が食べたかったんですけど、あらかじめ予約してあったらしくて、NOとは言えません。


ほとんど言葉をかわさない私たちの代わりに、食器のこすれる音が会話をしているようでした。


食事を終えると、ホテルに部屋を取ってあるというので、エレベーターに乗り込みます。


扉が閉まってすぐキスをされて、貪られるのが快感に変わる前に上層についたので、手を引かれて部屋に向かいました。足下が雲の上にいるようにふわふわしていました。


同じ部屋に泊まるというのは知っていましたけど、部屋に入るときは躊躇しました。


いきなりそこの角から、お父さんが飛び出してきたらいいなとか、変な空想をしていると、嘉一郎君が急かすように背後に立ちます。


唾を飲み込んでから、部屋に入りました。シングルベッドが二つ、小ぎれいな部屋です。


「シャワー、先に浴びるね」


間が持たないと思ったので、素早く彼の真横をすり抜けます。

 

着替えを持ってバスルームに駆け込むと、震える手で扉に鍵をかけました。

 

やべえ。何誘ってんだ、小娘がとか、思われたかも。でもここまで来て、何もない方が不自然じゃないですか。そういう経験はありませんでしたけど、勘でわかりますって。下着どうしよう。つけない方がいいのか。いや、つけないと変だ。臨戦状態で引かれるに決まってる。


半ば錯乱状態に陥り、バスルームにずっとこもりたかったですけど、バスローブを着て恐る恐る戻りました。

 

彼はベッドに横になって、テレビを見ていました。その背中が私のお父さんにちょっと似ていて、吹き出しそうになりました。


この完璧に見える男も、普通なんだと拍子抜けしましたね。


幻滅するほどじゃなかったけど、緊張感がなくなってしまって、もう今夜は無理だと悟りました。


彼に気づかれないように、普段着に着替えて財布を持ってホテルのフロントに降りました。


フロント側に公衆電話があったので、幸彦君に電話をします。


「おっと……」


寺田家の番号を半分押してから一端、受話器を置きました。幸彦君の自宅に電話しても彼は不在なのです。灰村さんの所にいるんですから。本人たちから聞き知ったわけじゃないですが、私にはわかります。


予想通り、灰村さんの家の電話に彼が出ました。


「あれ? 西野? 何でここの電話……、それに旅行に行ったんじゃ」


幸彦君には、アイコたちと旅行に行ったと伝えてあります。もちろん実家にも同じアリバイ工作が為されています。


「うん。声が聞きたくなったから」


私は自分の素直な気持ちがあふれ出るのを押さえられませんでした。


「ふーん……」

 

幸彦君のリアクションはというと、淡白なものです。ただの友達だから当然といえば当然ですけど。


「鎌倉だっけ。女子って渋いところに行くんだね」


幸彦君も私が嘉一郎君と来ていることを薄々感づいていたのか、皮肉に聞こえました。


「おみやげ何がいい? キーホルダーとか」


「残らないものがいいよ」


鎌倉の名物って何だろうな。アイコたちの分も買わないと。


「あのさ」

 

一瞬だけ電話への集中が途切れると、幸彦君が突き放すように言いました。


「もう電話してくるなよ」


「何で?」

 

「だって、伊藤先生がいるんだろ? 僕の出る幕じゃないよ」


彼が気兼ねするのも無理はありません。私は不注意で、無邪気な子供でした。


「いいじゃん、電話するくらい。浮気でもなんでもないんだし」


「君がそう思っても、先生は違うかもしれない。とにかく少しは相手のことも考えたら?」


恋人の親友としっぽり同居している奴の言葉とは思えませんが、彼の言い分はもっともでした。自分のことばっかりで、嘉一郎君のことを考えたことがあったかしらと反省しました。


「はいはいわかりました。話すくらいならいいでしょ?」


「たまになら。友達として」


嘘つきのくせに、変なところで潔癖なので、私は笑い出しそうになりました。

 

前触れなく幸彦君の方から電話が切られました。灰村さんに気づかれ、ガッチャンされたのでしょう。あの人嫉妬深そうだから、ご愁傷様という他ありません。


気持ちの整理がついたので、嘉一郎君の元に戻ることにします。


彼はテレビをつけたままぐっすり寝入っていました。


寝顔を見るのはそういえば初めてです。ふかふかのベッドに私も上って顔をのぞき込みます。


「可愛い顔で寝ちゃってまあ」


久しぶりのデートで、彼もはしゃいでいたのかもしれない。明日はもう少し私も大人になって彼の隣に立つことをイメージします。明日は花火大会もあります。私が浴衣を着れば、彼も喜んでくれるでしょう。


「今日はごめんね、嘉一郎君」


頬にキスして、彼の隣に横になりました。背中に抱きついて、おみやげの件を考えているうちに眠ってしまいました。



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