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八、解けゆく謎:後編

「悪いがそちらのほうは間に合っているよ。保険会社との話がつき次第、懇意にしている業者に頼むからな。もっともその際、災難につけこむモグリに気をつけろと忠告されたが」

 皮肉のつもりだったが、ザトペック親方はひるまない。それどころかむしろ満面の笑みを浮かべて、

「そいつはよござんした。知り合いの業者が安くやってくれるというのなら、まあ、それに越したこたあありやせん。ただ気をつけなくちゃいけないのは、あまり急がせると手抜きをしかねないってことです。その点はくれぐれも御用心を」

「用はすんだだろう。悪いが私は忙しいんでね。そろそろお引き取り願えれば嬉しいんだが」

「いえ、あっしにはまだ用があるんで」

 と、ザトペックの顔が引き締まった。炯々とした目つきでマネージャーの机にゆっくりと両手を突っぱねて、

「前置きが長くなりやした。折り入ってマネージャーさんにお話ししたいことがあるんでさあ」

「一体、どういう……」

 こいつ居直るつもりなのかと、二人きりでこの場にいることの不安がハルトの顔面を蒼白とさせた。そんな彼の心情を見抜いたのだろう。ザトペックは違う違うと片手を振った。

「あっしがここへ来たのは、マネージャーさんを脅すとかそういう料簡のもんじゃあありやせん。昨夜の爆発事故について、詳しいことをお教えしようかと思ったんでさあ」

 問題は相手の疑惑を解くことだった。さも納得したように首を振っているマネージャーんであったが、その視線はチラチラと卓上の電話機を行きつ戻りつしていた。

(仕方がない。あいつが持っていたところで、どうせ女に吸い上げられるだけのものだし……)

 意を決したように親方がスーツの懐に手を突っ込むと、ヒイッとなにを勘違いしたのかフロント・マネージャー、両手で我が身をかばい始めた。

「まずはこいつをお納めくだせえ」

タンッと指で押さえたそれを見てハルトは二度びっくりした。ピン札が一枚差し出されていた。それも一千ルテという高額な!これは一昨日の夜、ザトペックが居酒屋の亭主から預かると称して取り上げていたものだ。自分の金ではないといえ、己の年収の半分にもあたる大金をポンと出したのだ。この男も豪胆なことをするものだが、その実少し悔やんでもいる。

(せめて明日銀行で両替でもしておいとけば……)

 とはいえ、出したものは引っ込めようがない。一千ルテ札を手にしげしげと眺め入っているフロント・マネージャーが少々忌々しくもあったが、本来の目的を忘れてしまってはとザトペックは己を引き締めた。

「一晩の宿泊代としてお納めしてくれという、クンドリー姫様からの言伝でさあ」

「クンドリー姫?」

「一昨日おたくのVIPルームにお泊りした一行ですよ」

「あっ、ああ……」

マネージャーは思わず膝を打った。昨日の爆発騒ぎで思い出そうにもすっかり失念していたことだったのだ。たしか重傷者のなかには、その一行の一人が含まれていたこともその時ようやく浮かび上がった。

「そうでした、そうでした!たしかVIPルームのほうにその御一行が四名様お泊りでした。ですが、昨日の午後全員外出なさって、いつの間にかおひとりだけお戻りになって、あの騒ぎに巻き込まれて……。ザトペックさんとおっしゃいましたね。あなた様は一体、あの方たちとどういった御関係で?」

「実はそのことで今日はお伺いしたんで」

 ここからが肝心だぞとザトペックは己に言い聞かせる。相手に猜疑心を起こさせてはならぬと思う。そのためにも真相はいくらかでも話しておくべきだろう。

(それしかない。こいつから情報を引き出すには)

 やがてザトペックは、クンドリー姫がさらわれて行方不明になっている点をのぞいて、ここに至るまでの経緯を虚飾をまじえず語っていった。マネージャーがどこまで納得してくれるか不安もあったが、十分後には二人とも旧知の間柄のように打ち解け合った。

「なるほどそういうことでしたか。訳あってこの地を訪れたらしいことは伺ってはおりましたが、亡命をしてきたとは…。高貴な生まれの方も大変ですなあ」

「いや、大変といえばそちらもそうでしょう。従業員専用のトイレで、二人も死んでいたんですか」

「無惨なもんですよ。一人は地下にあるバーのバーテン、もう一人はドアボーイなんですが、心臓一突きと頭を叩き割られてのと見られた光景じゃありませんでした。この一事をとっても、あの爆発騒ぎが何者かの仕業であることは間違いないんですがね」

「そうでしょうなあ、はいはい」

 うなずきつつも、ザトペックは思ったほどの収穫が得られず失望しつつあった。そもそも彼がこのホテルを訪れたのは、クンドリー姫の消息に関するなんらかの手がかりを探るためであった。

「オレが思うのに、姫をさらったあのハンス・リックという男には、他に仲間がいるような気がしてならない。そいつを辿っていけば、あるいは奴らの居所が突き止められるかもしれない。いまは少しでも手がかりが欲しい!親方、頼まれてくれるか?」

 フリーズの求めに、まかせてくだせえとドンと胸を叩いて応じはした。しかしである。いまこうしてマネージャーの話を聞いていると、誘拐者と王女を結びつける重要な接点がまるで見出だせない。得意げにいろいろと話してくれるのはいいがこれではどうしようもない。

(一千ルテも払うこたあなかったな…)

 さりとて大金をちらつかせなかったら、この用心深そうなマネージャーは口を開いてくれたか、それすら疑問ではあったが。

「お忙しいでしょうから、あっしはこの辺で失礼させていただきやす」

 しまいには経営者の悪口までももらし始めた目の前の男に辟易したザトペックは座を立とうとしたが、今度は逆に相手が離さなかった。

「まあ、いいじゃありませんか。それにしても頼んでおいたココア遅いな。すいません、少しお待ちください」

 帰りかけのところを逃さじと電話をかけ始めたものだから、こうなると退座などしてはかえって非礼にあたる。半ば腰を浮かしかけていたザトペックは仕方なく座り直す。

「もしもし、私だ。頼んでおいたココアはどうした!なに、それどころじゃなかった?フン、フン…で、それで、ハア?なんじゃそりゃ、バカモン、大事なお客様がお見えになっているんだ。そんなのはそちらで適当にあしらっておけ!ちょっと待ってろ。ハイ、なんでしょうかザトペック様!」

とうとう、敬語まで使い始めた。変われば変わるもので、手招きで呼び寄せるザトペックに、いまや額をこすりつけんばかりにへりくだっているマネージャーであった。

「なにかフロントのほうで用事なんでしょう。あっしは本当にこの辺で失礼しやすから…」

「大丈夫です!なんといってもウチは従業員の教育がシッカリしていますから、多少のことは処理できるようになってますので」

「ですが、マネージャーさんがいってあげないとまずいんじゃねえですかい?」

「なに、単なるいたずら電話がかかってきたらしくて、みっともなくその程度でパニックになっているんです。まったく近ごろの若いもんときたら、自分の頭で判断しようとせんから…少しお待ちください。いいか、もしもし、その団体様なら既に昨日からお泊りなんだ。それをいまになってキャンセルなんて、そんなバカなことがあるか!大方、他のホテルの嫌がらせだろう。しつこいようなら警察に訴えるとでも脅しておけ!ついでにココアを二つ、大至急だ!」

 ガチャンッと受話器が壊れんばかりの音をたてると、マネージャーのハルトは再びにこやかな笑みをたたえて、

「申し訳ありません。普段はこんなトラブルはないのですが、どうぞ気になさらないでください」

 初めの印象とはガラリと変わった相手に、一体どれが本当の顔なのかと呆れながらも、ザトペックは尋ねずにはいられなかった。

「なにか昨日から泊まっている団体さんがキャンセル云々っていってたようですが、ほっといていいんで」

 ザトペックにしてみれば、何気ない問いであった。はっきりとした手がかりも摑めず、さりとて帰るわけにもいかなくなって、いわば退屈しのぎに聞いてみただけである。が、この時発した言葉が彼にとって意外な僥倖になろうとは…。

「ええ、昨日から地球の農業組合の方々が団体さんでいらっしゃるんです。毎年恒例のようにひいきにしていらっしゃるんですが、昨日はあんな騒ぎがあったにもかかわらず、予定通りお泊りになると先方から強く希望してくださったんです。まったく常連のお客様とはありがたいものです。それをいまになってキャンセルだなんて、いたずらにしても質の悪い…」

 マネージャーのハルトはそれ以上話を続けられなかった。なぜなら、血相を変えたザトペックが突き飛ばすようにして机へと乗り込んできたので、そのままの勢いで椅子ごとひっくり返ってしまったのだ。受話器をひったくるように取り上げたザトペックの口調はもはや只事ではなかった。

「もしもし、フロント!その地球からの話、切らんでつないでくれっ!」


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