第1話 婚約破棄
(前世の記憶)
「時は、癒す傷を選んではくれない。いつか自分が受けた傷は、必ず時間によって癒されてしまう」
あのときは、軽く受け流していた。
もしくは、ただの強がりだと思っていた。
「悪い方が悪い。誤解も、誤解した方が悪い。それだけはいつも同じ。それだけ分かっていればいい。私は、彼女たちの児戯に付き合うのには慣れた。私以外の人間は、報いを待って、報復を願って、罰を信じて生きてる。来る保証もないのに、そんなものを信じている。私は、そんな不確かなものを信じなくても、強くたくましく生きていける。どこまでも一人で、生きていけるの。そっちの方が、生物として圧倒的に強いと思わない?」
そう言う顔は、いつも決まって、気持ち悪いくらいに笑顔だった。
(舞踏会にて)
「今日、この場でお前との婚約を破棄する」
舞踏会の途中。それは、突然の雷鳴だった。
ビリビリと私の体の中に響く。
「な、なんで私が、そんな、」
なんでそんな突然、婚約破棄なんて、私たちはずっと愛し合っていたはずなのに。
私が異世界に転生してきて、貴族に生まれた。そして、彼とも小さな頃から良好な関係を築いてきたはずだった。
それなのに、
「キミは、最近、俺の妹のことを無視しているみたいじゃないか、」
「そ、それは、」
彼女のことは苦手だ。
似ているのだ、
私が前世で会ったあの女に、
確かに、彼の妹に非はない。でも、苦手なものは苦手だ。
「レイラは俺の大事な妹だ。これから俺の家族となる人間に、妹を無視するような人間は必要ない!!」
彼は、集まる注目の中ではっきりとそう言い切った。
「で、でも、」
私にも、集まっている貴族たちの視線が突き刺さる。
人に注目されるのは苦手だ。
でも、苦手なりに頑張ってきたはずだ。
転生してきて、右も左もわからぬままここの生活に流されていって、うまくやっていたはずだったのに。
それになにより、私たちが一緒に作ってきた思い出はどうなるのだ?もう、十年以上は一緒にいたではないか。
「お前みたいな女には、必ず天罰が下るぞ!!」
他の貴族の軽蔑の目線が私に降り注ぐ。
私は、耐えられなかった。
もういいわ。
私はそのまま、履いていたハイヒールを脱ぎ捨てて、走って自分の部屋に戻った。
そして、部屋のベッドに体を預け、一人で泣いた。
(前世の回想)
「あのさ、あんな酷いことされて大丈夫なの?」
私は、彼女の味方でありたかった。
でも、彼女は私のことをなんとも思っていなさそうだった。
「大丈夫よ。馬鹿のやることは所詮馬鹿。馬鹿に付き合ってあげるのが、私が賢く生まれた理由だわ」
そういうときは、ニコリともせずにこちらを見つめてくるのだ。
この女子校で、彼女、新山麗奈はトップクラスに成績の良い少女だった。
高校生とは思えない幼い見た目をしているが、文武両道だった。だが、それが原因なのか、彼女は友達がいなかった。
私は、純粋に人と話をするのが苦手で、友達がいなかった。
入学してからもう半年ほど経つが、結局私は誰とも話せずに困っていた。そして、焦っていた。
麗奈は、友達とまではいかないかもしれないが、今では私の唯一話すことのできるクラスメイトだ。
彼女がいじめられ始めたのは、一ヶ月ほど前のことだった。
朝私が教室に来たら、なぜか彼女は黒板をゴシゴシと消していた。そういう日が何日かあった。当時の私は、なんだろうと思ったものの、そのまま自分の席に着いてひっそりと読書を始めただけだった。
つい最近、私は見てしまったのだ。
私のことは、同級生から無害と認定されたのか、役立たずと認定されたのかわからないが、クラスでも一軍の女子たち数人が、私が教室にいるというのに堂々と彼女の机に何か臭いゴミのようなものを突っ込んでいる場面を目撃した。
それが、今までの記憶とつながったのだ。
原因はわからないが、彼女はいじめられているんだ。
確信した。
だからといって、直接「やめろ!!」と言えるような精神力は持ち合わせていない。いじめっ子たちの前で堂々と反抗することはできない。
これはもしかしたら彼女と仲良くなれるチャンスじゃないか、と思った。
思ってしまった、という方がいいかもしれない。
弱っている彼女の支えになれれば、とりあえずは孤独を紛らわせるな、と思ったことは否定できない。
そして、さっそくその日の放課後に私は彼女に声をかけてみた。たまたま、彼女と廊下掃除が一緒だったのでな。
「あの、麗奈さん最近何かありませんでしたか?」
私がそう聞くと、彼女はまったく表情を変えずに「ああ、いじめのこと?」と聞いてきた。
さすがに、予想外だった。
「え、・・・・まあ、そうなんだけど」
「気にしなくていいのよ」
あっけらかんとした表情でそんなことを言ってきた。
でも、ここで彼女と仲良くするチャンスを逃すのはもったいないと思ったので、私は珍しく自分から勇気を捻出して「私、助けになりたいと思って」と言葉を出した。
「あ、そうなの?あんまり、こういうのに付き合わない方がいいわよ」
彼女の表情は変わらない。
でも、それなりの友だちになりたいというスケベ心は確かにあるのだが、それはそうだとしても、彼女の助けになりたい、という気持ちもあるのは事実だ。
彼女がイジメられる姿を見ていると、私がそこのポジションにいる、という未来が容易に想像できる。
今回は、たまたま運が良かっただけなのだから、ここで彼女を見捨ててしまうのはあまりのも酷いことのように思えた。
「・・・平気なの?それに、いつからああいうことやられはじめたの?」
「え〜、2ヶ月くらい前かな?なんか、最近は満足できなくなったみたい」
私の気づかないところで、すでにイジメは始まっていたのか。
一応ここは進学校。それなりの生徒が集まっているのは確かだ。まあ、頭がいいからと言って人間性が素晴らしいとは限らないからな。
「とりあえず、私は人の名前を覚えるのが苦手で。あなたの名前を聞いてもいい?」
「鏑木真彩よ。・・・よろしく」
「真彩ちゃんね。よろしく」
そういって、彼女は興味なさそうに微笑んだ。
そして「私の相手をするのは大変よ」と言ってきた。
どういう意味かわからなかったが、友達ができたことが純粋に嬉しかったので私は「だ、大丈夫だよ。・・・多分」と答えた。
それが、彼女との出会いだった。
(現在)
「あの、ルルカ様、大丈夫でしょうか?」
さっきの様子も見ていたのだろう。メイドのマツリカがそっとベッドに突っ伏したままの私の様子を後ろから見守っているみたいだ。
世の中理不尽だな、と度々思う。
前世のときから、頑張っているのに何も報われる気がしなかった。
「・・・許さない、あいつ、」
王子、
婚約者、
なぜ、些細なことで私を捨てるのだ。
妹なんか、私よりも大事だって言うわけ?
彼、元婚約者のユリウスの妹は、とても麗奈に似ていた。
感情がわからない、冷たい。いや、冷たさすらない笑顔。
正直、苦手だった。
もう、彼女のことは思い出したくなかったのに。
それなのに、こっちに来てまで人生をめちゃくちゃにさせられて、
「・・・だ、大丈夫ですか?」
私は身を預けていたベッドから立ち上がる。
そしてマツリカの方を向いて「決めたわ」と言った。
「復讐する。・・・ユリウスのことは、絶対に許さない」
『許さないってさ、イエス様でさえ色んな人を許してくれるんだよ。私は、人間でいたくないの。きっと、神になるんだわ。誰がどんなことをしても、私は許す。それが、傲慢で聡明な私の務めなの』
麗奈の言っていたことだ。
彼女は不気味だった。
まあ、これを聞いたときも彼女らしいな、と思ったくらいだ。
少なくとも、私は彼女のようにはなれないし、良い意味でも悪い意味でも、彼女のようになりたくないと思った。
「マツリカ、あなたは私のことを裏切ったりしないわよね?」
まっすぐと彼女のことを見つめる。
マツリカは、少し困ったような顔をしながらも、「そ、それが仕事ですし」と答えた。
私は、麗奈とは違うんだ。




