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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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三十六、宴

 董擢たちが亡くなってから数ヶ月、董卓にとって激動だった年が終わり、新たな年がやってきた。

 董家は董卓を家長として再出発した。


 父母がいなくなった阿横は、しかし健やかに育っていた。

 弟の董旻も順調に成長している。


 残った金で董卓は牛を買い、畑の開墾に活用していた。


「叔父上、お客さん!」


 畑仕事をしていると阿横が手を振りながら声をかけてきた。


「誰だ?」

「わかんない!たくさん!」


 たくさんの、わからない客?

 いったい何が来たのかわからぬままに、董卓は鍬を置き家の方へ向かった。

 かつて蚩尤殿の離れであった家は、董家の本宅となり、その付近の森を開墾して新たに田畑を作った。

 農耕用の牛も買ったために借銭がかさんでいた。

 それでもなんとか暮らしていけるのは、金を用立ててくれる者があらわれ、援助してくれていたからだ。

 劉甲である。

 あの日、董擢の野望を密告しようとして追手に気絶させられたが、そこを董卓に助けられた(と本人は思っていた)。

 その恩返しに董家に援助してくれているのだ。

 彼は長安を拠点に洛陽にまで足を伸ばす行動派の商人である。

 一度、隴西に足掛かりを作ろうと蚩尤方に入ったが、それは失敗してしまった。

 そのため、董卓に先見の明があると言いながら、新たな足掛かりを作ろうとしているのだった。

 その腹の中を董卓は読んでいるが、金に困っているのは確かだ。

 今は、ありがたく援助を受け入れているところであった。


 阿横に呼ばれた時は、その劉甲だと思ったのだが、よくよく考えると彼は大人数で動く人間ではないし、そういった隊商を組めるほど儲けてはいないはずだ。

 そこで訪問者が劉甲である可能性を消す。


 であれば、いったい誰であろうか。


 屋敷には何頭もの馬が繋がれていた。

 その馬の何頭かに見覚えがあった。


「羌の馬だな」

「叔父上!わかるのですか?」

「漢の馬とは毛並みと匂いが違う」

「そうなのですか」

「俺の烏騅うすいもそうだろう?」


 董卓は零晶でもらった馬を示した。


「確かに!烏騅はいい馬です!あ!あの方たちです」


 阿横は屋敷にたむろっていた男たちを示した。


「ん?」


 そこには見知った顔がいくつもあった。


「おお、久しぶりだな、シーエイ」


 シーエイ、と董卓を呼ぶのは羌の者たちだ。

 董卓自身が草原でそう名乗ったからだ。


「孟卿殿、どうしてここに?」


 声をかけてきたのは李文だった。

 羌の勢力圏にある漢の軍隊である湟中義従を率いる武人である。

 仕えているのは元豪帥の北宮伯玉だ。


 そして李文だけでなく、先零の豪帥の狼凱ろうがいと戦士長のガアカ、当煎の豪帥である樊隗邑はんかいゆう、その他にも董卓が昨年旅して回った各地の羌の豪帥が集まっていた。


「私は湟中羌の豪帥、北宮伯玉の代理として来た」


 湟中義従ではなく、湟中羌。

 漢の犬ではなく、羌族の豪帥の代理として李文孟卿が来た。

 それが意味するところは。


「豪帥が集まって何をするつもりだ」

「うむ。羌族の会合クリルタイを行おうということになってな」

「ここは一応、漢の中だぞ?」

「一時に比べて通行は非常に緩やかになったな。十年前とは大違いだ」


 十年前、それは焼当氏族が滅ぼされた戦いがあったあたりだ。

 当時、羌族と漢の関係は非常に悪化していた。

 今のように両者が簡単に往き来できるようになるまで十年かかったのだ。


「どこでやるのだ?この臨洮の周辺は山しかないぞ」

「ここでやる」


 と李文は董卓の家を指差した。


「は?何を言って」

「会合の議題は忍氏族について、だ。お前にも関わりがあろう?」


 その氏族のことは忘れようにも忘れられない。

 炎の中に消えた迅とティナの顔は脳裏に刻み付けられている。

 そのことについて何かわかるのならば、彼らの会合を邪魔することなどできない。

 むしろ、参加するべきだ。


「……ここは全員入るには狭い。別の場所を用意しよう」


 董卓は家よりやや離れた空き地に皆を案内した。

 その間に阿横に董旻を呼ばせ、牛を連れてくるように頼む。


「ここは?」


 先零の戦士長ガアカがこの空き地について聞いてくる。

 かなりの広さなのに何もない。

 大きな建物が二つほど建てられるくらいの広さはある。


「半年ほど前までここには蚩尤殿という建物があった」


 静かに言った董卓に豪帥たちは口を閉ざした。

 そして、その何もない空間に何かを見るように目を向ける。


「兄上、牛を連れてきましたよ」


 居並ぶ羌の豪帥たちにやや怯みながら、董旻がやってきた。

 連れられてきた牛はのんきに鳴いている。


「ああ、助かる」

「しかし、ここを耕すのですか?もとは畑ですけど、あまり良い土地じゃないですよ?」


 董旻はちょっと予想がついていたのかもしれない。

 こんなところ、耕すはずないのだ。

 兄と兄嫁と大勢が死んだ場所を。


 董卓は牛の眉間にためらうことなく短刀を突き刺した。

 牛はそれで気絶した。

 董卓はそこから淀みなく頸動脈を切り、放血させる。

 そして牛の体を解体していく。


「旻、ここに火を焚いて炉を作れ。火を入れたら、家の床下に隠していた酒をありったけ持ってこい」

「は、はい」


 農耕用の牛をばらしてこれからどうするつもりなのだとか、これ買う金は商人の劉さんから借りたんだよねとか、そういう言葉が頭をよぎったが董旻は言われた通りにした。

 ああなった兄は自分の言うことなど聞きはしないのだ。


 ばらした牛は元のかたちを失って切り身にされ、次々に炉に放り込まれた。

 敷かれた鉄板の上でじゅうじゅうと音をたてはじめた。


「シーエイ?」

「堅苦しい話し合いの前に、まずは肉と酒だ。そうだろう?」


 声をかけた狼凱はニヤリと笑った。

 そして「確かにそうだ!」と大きく口を開けた。


 羌人たちは酒を飲み、焼いた肉を食らう。

 董卓もそれに混じり、酒を注いでいく。


 本質的に羌人はそれが好きなのだ。

 享楽的というか刹那的というか。

 長い間隔でものを考えない。

 ただ酒と肉と友あるいは好きな女がいればそれでいい。


 だが、そうも言ってられなくなった。

 羌族の住む土地はどんどん漢民族に追いやられ、草原は無くなっていく。

 人も土地も奪われ、それを奪い返すための策を練り、長い時を準備にあてる。

 そうしなければ生きていけないのだ。


 董卓はそんな羌人のうっぷんを知っていた。

 なのでとりあえず宴を開くことにしたのだ。


 いつの間にか日は落ち夕闇があたりを包んでいた。

 春になりかけの夜はまだ肌寒い。

 宴はお開きになり、羌人たちは用意してきた天幕に入り休んでいく。

 董卓が火の後始末をしているとガアカがやってきた。


「旨い肉と酒だった。礼を言おう」

「羊は用意できなかったがな」

「やはりお前だ」

「何がだ」

「羌人にならんか?」

「ならぬ」

「お前なら羌の王帥になれるぞ」

「俺は羌の血を引いておらぬ」

「羌は血ではない。生き方だ」

「だとしても、だ」

「お前が羌を統べれば難しいことなく、彼女を取り戻せるとしても、か?」

「俺は漢帝国の中で野望を遂げる」

「それは羌の王となるのと何が違う?」

「俺が天意を成すために、生ける天そのものである皇帝に近付く必要がある」

「天意……」

「笑え。未だ涼州の片田舎で畑を耕すだけの男のたわ言だ」

「笑わんよ。しかし、お前を勧誘するのは諦めるか」

「だいたいなんで俺が羌の王などと」

「羌の豪帥がこれほど集まることなど何年もなかった。そしてお前はその宴を取り仕切った。それは王の仕事だ」

「そこまで考えてはいなかった」

「お前らしい……さて、明日は本格的に会合クリルタイだ。お前も出るといい」

「もとよりそのつもりだ」


 ガアカは口の端に笑みを浮かべ、自分の天幕に入っていった。


「天意、か。久しぶりに口にしたな」


 と董卓は自嘲するように笑った。

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