百、雷雲は去り、涼の地は揺れはじめる
董卓が隴西へ帰還したのを見計らったかのように、知らせが届いた。
檀石槐からの最期の知らせだった。
遺書と言ってもいい。
そこには今までの友宜への感謝と、董卓と戦えなかったことへの悔しさ、そして涼州で起きようとしている変事のことが記されていた。
鮮卑族の大人である檀石槐と董卓が友人であることを知る者はいまやほとんどいなくなった。
董卓軍の中では王方しか知らないだろう。
連年、漢帝国の国境を侵犯していた鮮卑だったが檀石槐の死後は鳴りを潜めることになる。
鮮卑の大人の座を受け継ぐ方法は、実力者が奪うものから世襲へと変わり、檀石槐の跡は次子の和連が継いでいる。
この和連は人望が無かったらしく、鮮卑はバラバラにこそならなかったものの大侵攻を行うだけの統率は失われた。
鮮卑が再び、帝国の脅威となるには伝説的な大人“軻比能”の登場を待たねばならないが、それはまた別の話である。
「軍備を解かずに駐屯するぞ」
という董卓の言葉に、白泰と董旻が驚いた。
「あの、義父上?乱は終わったのでは?」
河東太守の職も無くなったので、今の董卓は無職である。
そのため、白泰は義父と呼ぶ。
他に呼び方が思い付かなかったらしい。
「黄巾の乱は、な。だが、火種が残っている」
「兄上、いったい誰と戦うというのです?」
弟に董卓は「今にわかる」と返した。
董卓軍の中で似たような仕事をしている義理の叔父と甥は顔を見合わせて、ため息を同時につき、仕事に戻っていった。
「大人の知らせが、軍備を解かないことに繋がっているのでしょうか?」
と王方が聞いてくる。
彼は鮮卑の出身なので、檀石槐との連絡役でもあった。
「うむ……。時に王方、お前は冀州で戦った黄巾の奴らの顔を覚えておるか?」
「顔……でございますか?いえ、主だった者らの顔なら」
「いや、下卒の者らの顔よ。実際に戦場で戦い、死んでいった者らの顔だ」
「申し訳ありませぬ。まったく」
己の主が、何か感傷に浸っているのか、と王方は勘違いした。
最近は減ったとはいえ、王方に裏方の暗い仕事を任せていたのはこの董卓である。
その人物が一兵卒の顔など気にするのはどういうことなのだろう。
しかし、王方が思っていたこととは違うことを董卓は言い出した。
「痩せこけていただろう?」
「は?え……はい。そう言われれば、確かに」
王方の脳裏に、冀州で戦った黄巾賊の兵卒の顔がぱぱぱっと広がる。
虚ろな目で戦う者、恐怖に震える者、信じられないというような顔で死んだ者、妙に安らかでそして血まみれの顔で倒れている者。
その全てがげっそりと痩せていた。
「数年続く凶作、それによって小規模な反乱が起きる。その鎮圧に兵が遣わされる。反乱は収まるだろう。だがその兵の食う飯はどこから出る?」
「飯の出どころ……ですか?」
そんなことは考えたこともなかったと王方は思う。
二人の主に命じられたままに戦い、時には敵の弱みを握り、噂を流す。
董卓軍は比較的に兵坦がうまくいっているので、いつも飯はあった。
「牛輔や若い兵は軽視しているがな、白泰の仕事は見事なものだぞ。ちと値は張るが飯に関して滞ったことがない」
まあ、その金も河東でかなり貯めることができたがと董卓は呟いた。
黄巾賊が窮していて、董卓軍が食えている。
それは悪くないことなのでは、と王方は言った。
「うむ。戦う上ではまったく良いことだ。腹ペコの相手など負ける道理がない。だがな、漢帝国全体で見れば食糧は限られる。我々の食う飯も、どこかの誰かから徴税されたものだ」
「どこかの誰か……」
「わかるか?すでに黄巾の乱の起こった場所に飯などない。冀州、兗州、豫州、荊州、おそらく幽州も危うい。楊州は地元の豪族ががっちりと権益を確保しておるらしいがそれにゆえに民に飯は渡らぬ」
董卓が空中を指でなぞり漢帝国の地図を現す。
何もない空間に、王方はその図が見えるような気がした。
「益州にも黄巾と根を同じくする奴らがいるらしい。しかし四川は中央から遠すぎるゆえに逆に豊かであろう。青州は黄巾の残党が逃げたらしい。徐州は比較的豊かだがここにも残党がいる。南の交州は遠すぎて半ば漢帝国の外だ。そして司隷には逆に漢帝国の全てが集まっておる」
「確かにこの間までいた河東は裕福な者が多かったように思います」
「そうだ。地方から吸い上げたものは洛陽に吐き出される。まともに朝廷が機能しておるならともかく、今の淀んだ宦官の巣窟ではな」
凶作のうえ、集まった税がまともに運用されぬとなれば民の不満はたまるばかりだろう。
「御大将……これは、その思い付いただけですが」
「言ってみろ」
「もしや、此度の乱における官軍の飯の出どころは西涼なのでは……?」
董卓の説明する各地の様子には、意図的であろうか涼州と并州の説明が無かった。
それは何かの答えであるように王方は思えた。
「そうだ。関中を中心に并州、涼州にかなりの重税がかけられたらしい」
長安付近の関中と呼ばれる地域は大穀倉地帯である。
関中にあった秦帝国が中華統一を果たしたように、先んじてここをとった高祖劉邦が天下をとったように、この地には千軍万馬を養える食糧を供出できるのだ。
だが逆に言えば、関中から出せなくなった時に帝国は終焉を向かえるということでもある。
そのため、ここからの食糧の供出は最後の手段となる。
ゆえに此度の乱でも関中を通り越して涼州、并州から食糧を供出することになった。
こうして、漢帝国は民が痩せこけて飢えて反乱を起こし、それを鎮圧するための兵を食わせるためにさらに重税が課せられ、それを宦官や悪徳官吏が賄賂として掠めとるという状態となった。
漢という巨木はその内側で外戚と宦官が争い、中心たる皇帝は暗愚、ぐずぐずに腐れ切っている。
外側はもう枯れるという言葉ですら生ぬるい。
今にも崩れ落ちそうな有り様。
そして、内憂を抱えている時には外患がやってくる。
王方を下がらせ、董卓はじっくりと檀石槐の遺書を眺めた。
「しばらくの間、鮮卑は息を潜めるか。そしてこともあろうに涼州刺史は無能。俺に何ができるのか」
そこには多くの名が記されていた。
おそらくこれは檀石槐が調べた涼州における重要人物だ。
涼州刺史、左昌。
漢陽長史、蓋勲。
金城太守、陳懿。
辛曾、孔常、韓約、辺允。
刺史や太守だけではなく、何らかの才があるか、あるいは無能で乱のきっかけとなりそうな無名の人物の名がある。
また、董卓の知る人物の名もある。
湟中義従、北宮伯玉。
その配下である李文侯。
王国。
知らぬ名もある。
宋建。
馬騰。
これらは涼州や関中の豪族であろうか。
もし、このぐちゃぐちゃとした情勢に檀石槐が首を突っ込んだら漢帝国が終わった可能性すらあったと董卓は思った。
彼の率いる鮮卑はいわば斧だ。
巨木である漢をぶったぎることのできる斧だ。
檀石槐という木こりが振るえば確実にそれはできる。
だが彼はこの世を去った。
次の木こりである和連は斧をまとめるので精一杯である、と遺書には滲み出ている。
しかし、外からの脅威が一旦去ったからといって、中からの混乱が収まるはずはない。
黄巾の乱が終わったこの年の冬。
涼州で最大規模の羌の大乱が起こることになる。




