ソード消失マジック事件 4
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「犯人は縹とかいうの。はい終わり。帰りなさい。じゃあね」
「え、ま、待った! ちょっと待ってくださいって! 縹先輩が犯人? どういうことですか!? それだけで帰るわけないでしょ!」
「うるさいわね。ちょうどいま機嫌が悪くなったの。このままいても何も教えないわ。だって、私って性悪な人形だもの」
「はぁーー!? 謎を解いてくれるんじゃないんですか⁉」
「解いたわ、謎は。解いたわ。教えないけど」
「意味ないでしょ! 教えてくれないと!」
詰め寄るわたしなんて知ったことかとばかりにノウコさんは……いや! この性悪ゴス人形はおすまし顔でとぼける!
そのおすまし具合と言ったら! まるで漫画に登場する冷酷な魔女みたいな、一枚絵みたいな、それだけで芸術品みたいな見事さだ! わたしに絵心があったら今すぐに絵筆をとっていたことだろう!
だがしかし、わたしは演劇部の照明係! そして、目的は謎を解いてもらうこと!
詰め寄る。顔も近づける。
「鼻息がかかってくすぐったいから離れてくれないかしら。それともそういう性癖の持ち主なの? だとしたら今のうちに矯正したほうがいいわ。理解されることなさそうだし」
「真実を教えてほしいだけです! …………ははーん? 実はわかってないんでしょ? 思わせぶりなことを言っておいて、実はわかってない。だからこそはぐらかす。そういうことなんでしょう?」
わざと怒らせて口を開かせるという初歩的なテクニックだけど、上手なやり方なんてとっさには思いつかないのだから仕方がない。とはいえ、この程度の挑発に乗ってくるとは思えないけど。
「おいおいノウコちゃんよぉ~~。意地悪しないで教えてやれって。コーヒー飲んだんだしよ。ま、意地悪しないノウコちゃんなんてノウコちゃんじゃないわな! ぎゃはははは!」
なぁーにが面白いんだろうかこの金ヤンは。
わたしとノウコさんの問題に口を挟まないでほしい。そういうことするとボコボコにされてしまう可能性はゼロじゃないんだから。
「…………いいわ。順を追って説明してあげるからいったん座りなさい。立ったままだと邪魔よ」
「あ、はい。……座りました」
急な方向転換に戸惑うけど、教えてくれるのなら文句を言うつもりはない。
そして、ノウコさんの推理のご披露が始まった。
「まず今回の事件は三つの謎があるわ。一つ目は密室から剣を盗み出した方法。二つ目は密室に剣を戻した方法。最後はなぜ剣を盗み出したのか。この三つ」
それ以外にあるの? とかも思ったけど、たぶん話を整理するためだろう。
かわいらしい口はなめらかに動き続ける。
「一つ目、単純ね。犯人は職員室からこっそり鍵を借りて、剣を持ちだして、こっそり返した。この時点では特に関心も払われてなかっただろうし、問題ない」
「いやいやいや! それめちゃくちゃ怪しいじゃないですか! こっそり持ち出すって! 職員室に生徒がいること自体! それを二回やらないといけないとか!」
わたしのもっともな突っ込みに対して、ノウコさんは見下したような笑みを浮かべる。
むかつく。かわいいから許すけど。
「演劇部員が鍵を借りにきて、返しに来た。それに疑問をいだく教師がいる?」
「…………は?」
「犯人は授業を早めに抜け出すなりなんなりして、他の部員がまだやってこない時間に鍵を借りて、部室に行った。剣を持ち出して、隠す。最後に鍵を返却したら問題ないでしょ?」
「ナニヲ言っているのでショウカ?」
理解が追い付かない、というか納得しがたくなっているわたしに対して、「ああ、こいつは頭の回転が鈍いんだな」という感じのため息を漏らしながら、ノウコさんは続ける。
「二つ目、犯人は剣を持って部室に侵入する。前日の戸締りの時にでも窓の鍵を外していたんじゃないかしら。そして部室に潜入し、剣を戻してそのまま潜伏しておく。箱には仕掛けがあるんでしょう? 人間が隠れることは? できる? そう、それならあとは間抜けがやってきた後、協力者が間抜けを他に誘導するだけでいい。何食わぬ顔して戻ってきたらいいことよ」
ずらっと一気に並べられてちょっと混乱してしまうけど、言いたいことはわかる。
でもそれは――――。
「あの時、犯人はまだ中にいたってことですか!?」
「そうよ、気づかなかった間抜け」
「~~~~~~~~~~ッ!」
怒りがこみあげてくるのだけど、辛うじて我慢。
何度か深呼吸をしながらも、なんとか持ち直す。
「三つ目。これはほとんど推測になってくるのだけど、たぶんその剣って未完成だったんじゃない? 他ならともかく、照明係が違和感を覚えていたのは、ね。しかし、それを言って持ち帰って修正させてくれとは言いだせなかった。どんな事情があるのか知らないけど、そんなところかしら」
いつの間にか、コーヒーの追加が置いてある。
芳香を放つ黒の液体を一口。それだけでノウコさんは恍惚の笑みをこぼす。
きっともう終盤だ。
これまでの推理から、わたしもわかってる。そして、ノウコさんには収集しようのない、事情も分かっていた。
「最初の消失において、鍵を確認しに行き、舞台装置についてある程度使いこなし、その上で剣を持ち出す動機のある人物――――それは小道具係の縹。わたしという謎解き人形の結論はそれよ。そして、それはおそらく真実じゃないかしら」
縹先輩は、城棟先輩とは反りが合ってない。
外交的で、自己主張が強くて、その上にリーダー気質の城棟先輩と同期だけど、縹先輩は内向的で、職人気質で……正直、暗い。
役者は演技の補助である小道具にはそこまで思い入れはないみたいで、雑な扱いに縹先輩が腹を立てることもたくさんあった。
昔はそれで喧嘩になったこともあるみたいだけど、城棟先輩はやがて主役になり、そうなると、小道具係じゃあ一方的に言われるだけだ。他の部員たちも主役の肩を持つ。
元々、城棟先輩は裏方への当たりが強かったけど、縹先輩に対しては特にだった。
そういえば、あの日も城棟先輩が急に<通し>をするって言いだして、前日にかなり無理をして小道具を完成させたって…………それが未完成だったってこと、か。
「それを言ったら何を言われるのかわからない。悩んだ末に、うるさい女を出し抜きつつ、自分の仕事も完遂させることができるアイディアがあったら…………どうする?」
わたしなら実行する。
きっとすかっとすることだろう。
それに、友達を巻き込んでしまうのは不本意かもしれないけど。
「協力者は普段から話を聞いていたのかも。いけすかない女の鼻を明かしてやる、ぐらいのつもりだったんじゃないかしら? もしくは、傍観しているのが一番面白いと思ったのか。いるんでしょ? でてきなさい」
だれに?
呼びかけられた人物は、金ヤンさんでもわたしでも、ましてやノウコさんでもなかった。
入り口の影で立ち上がったのは、私と同じ制服の――――、
「恋愛先輩!?」
「あっはっはっはっは。見つかっちゃた。やっぱり慣れないことはするもんじゃないわネ。適材適所ってのは金言だワ」
からから笑う部長をみながら、何が何やらさっぱりだ。っていうか、いつからいたんだ。
「割と最初からでしょ。つけられてたのよ」
「わたしを? なんで?」
「この喫茶店の噂はちょっとだけ聞いたことあったのヨ。で、一番そういうのに遭遇しそうなのって誰かなって思ったら、やっぱり瓶覗ちゃんかなって」
いつの間にか部長はテーブルまで寄ってきて、勝手に移動した椅子に座っている。本当につかめない。この人のキャラクター。
「納得しがたんですけど」
「そういう変なコト巻き込まれそうなのって、特徴のない人じゃない? フツーってことは誇っていいのヨ? 少なくとも、この場の全員はフツーになれないタイプみたいだし」
「おいおいひどくねえ? 俺みたいな一般男性に向かって『普通じゃない』とかよぉ? おじさん傷ついて禿げちまうぜ?」
「どうぞどうぞ。わたしは一向にかまいません」「外見なぞに囚われるからお前はいつまで経っても錬場なのよ」「鏡が必要だったら言ってほしいわネ。持ってるし」
「最近の女子たちは口が悪いねえーーー!」
そう思うんだったら効いてる素振りぐらいはしてほしい。暖簾に腕押しだ、これじゃあ。
「――――で、恋愛先輩が協力者? どういうことですか?」
「協力者じゃなくて傍観者。すでに犯人には気づいていたのだけど、積極的にも消極的にも捜査するつもりはなかった。鍵を持ち出したのは、ちょっとしたいたずら心かしら?」
ぶつけた疑問に答えたのはノウコさん。
もちろん、部長も答えてくれる。
「ソユコトー。瓶覗ちゃんを一緒に連れて行ったのも難易度上げるためだったんだけど、見事な連係プレーでかく乱されちゃったねエー。縹ちゃんの底力をみたヨ」
つまり、部長は知っていたんだ。
目の前の箱に、縹先輩が隠れていることも、あの時、教えてくれた女子生徒が協力者だってことも! だからわたしを止めることなく、なすがままだった!
あれ? もしかして今回の事件ってさ、わたしが冷静だったら事件にもなってなかった? え? わたしのせい?
「うーん……その時は別の人が発見してただけだし、瓶覗ちゃんは巻き込まれただけじゃないかナ」
「そうですよねっ! わたしは全然悪くない! 悪いのは――――――――」
どっちとは、言えない気がする。
他人の気持ちを蔑ろにした城棟先輩と、それに反抗した縹先輩……原因は城棟先輩だけど、縹先輩は実行犯だ。
うぎぎぎ…………! こういうの苦手なんだけど! なんでこんなにドロドロになってんだよ! あーもう!
ぐしゃぐしゃと髪をかきむしっても答えなんて出てこない。
謎は解けても、これじゃあもっともやもやする!
「知らないわ。私は人形。謎を解くだけ。それだけの理由で存在してる。人間の感情なんて知ったことじゃないわ。……いまだに人形なんだから」
きしきしきしきしきしきしきしきし。
奇妙な音とともにノウコさんの髪から黒が抜けていく。
そうして、真っ白に戻ったノウコさんは、人形だった。
動かない、この世の者とは思えないほどの美の集大成の、人形だった。
「ほんじゃまったね~~~。いつでも来ていいよ! マ、必要な時しか来ねえだろうけどっ!」
やけに明るく金ヤンさんは送り出してくれる。
それとは対照的に、わたしの心中は暗い。
明日からどう振舞っておけばいいんだろう。
わたしは知ってるけど、みんなは知らない。その中で秘密を伏せたままにしてけるのだろうか?
わからない。
「気にしない気にしない。そのうちにきれいさっぱり忘れちゃうわヨ。それより、本番近いんだから練習に身を入れてほしいものね。今回の照明係は忙しいんだかラ! ステージの主役はマジシャンだけど、裏の主役は照明ヨ?」
訳の分からない励ましなんだけど、気休めにはなる。
「はい……わかりました」
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