ソード消失マジック事件 2
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「今日は<通し>やるから全チェック。大道具のほうも。瓶覗、あんたは先に準備ね。照明だから暇でしょ?」
城棟先輩のてきぱきとした指示によって、わたしの今日の役割は早くも決まってしまった。「なんで照明のわたしが?」と抗議してもいいんだけど、三年生で、しかも美人のうえに主役でもある城棟先輩に逆らうつもりなんて微塵もない。
演劇部で偉いのはまずは監督、次に主役。その下に準主役やらで、わたしみたいな裏方一同はかぎりなく底辺に近い。とはいえ、舞台上で演技するなんてことは逆立ちしてもできそうにないから、わきまえてる。こんなことなら早めに来るんじゃなかった。
演劇部ってのは意外に上下関係が厳しい。
一人で作るわけじゃないっていうけれども、やっぱり花形とそれ以外には歴然とした差というものが存在しているし、力関係も存在してる。
だからこういう命令は日常茶飯事だし、無駄に反抗したりせず速やかに従う。
所用により監督兼部長が遅れてくるのならば、仕切るのは次に偉い主役の二人だ。
そんなわけで、尻を叩かれる(これは物理的な意味も含める)前にわたしはとっとと部室に向かい、開錠。中の道具類のチェックにかかろうとして――、
「あれ? 剣、なくない?」
今回我が演劇部が上演するのはオリジナルだ。
部長が直々に書き下ろした脚本で、しかも手品を組み込むという試みにも挑もうという意欲作。そのため、部室には大小様々の手品アイテムが並んでいる状態になっているのだけど、その中の一つ。
箱の中に人が入り、そこに剣を刺していく。
本当なら中の人がひどいことになるような、ちょっとした拷問道具みたいなやつがあったりする。当然、仕掛けがあって怪我をしないようになっているのだけど、その箱。
いつもなら黒ひげ危機一髪みたいに何本もの剣が刺さっているはずなんだけど、その剣がなかった。
ところどころに細長い穴が開いた電話ボックスみたいな箱があるだけ。それだけ。
(はれ? どっかに片づけたのかな? っていうか、通し稽古だから使うんだけど)
ないと困る。っていうか、怒られる。小道具もキレる。間違いない。
探すかー……ちゃんと片づけてよね。
この時のわたしは、その程度の考えだった。
この先にどんなことが起こるとも知らず、のんきに鼻歌なんて歌っていたぐらいなのだから。
「昨日まではあったんでしょ? その上で鍵は閉めてるわけなんだからないのはおかしい……本当に誰もいなかったの?」
「はい。第一、鍵かかってたんだから入れなくないですか? 鍵持ってるのは先輩だけだったわけですし」
「職員室になら予備の鍵あるでしょ? そっちは?」
「見てきましたけど、ありました。貸しだされた記録もないみたいです」
二年生で小道具の縹先輩が困惑した様子で報告する。
つまり、自由に出入りできたのは鍵を持っていた部長――恋愛先輩ということになってしまうのだけど、それはない。
なぜならば、昨日の部長は一日中動物園をエンジョイしていたのだから。リアルタイムで更新されまくるTwitterの通知を受け取っていた部員たちはみんな知ってることだし、第一あの部長がこんなことをやるはずがない。そんなことをするぐらいなら全部を滅茶苦茶にぶっ壊して無残な状態になっているはず。わざわざ小道具を、しかもたかが数本の剣を隠す必要なんてない。そもそもなくなって困るのは恋愛先輩だ。
監督兼部長兼脚本兼演出、と一人何役もやっている彼女にかかる負担はいかほどのものか。いたずらする暇があったら役者を呼び出して演技指導を始めることだろう。
「瓶覗……はそんなことする度胸もないか。っていうか、どこに隠すのかって話だしね」
「あ、容疑者からは外れてるんですね」
「なに? 入れといてほしいの? だったら入れとくけど?」
「いえいえ! 滅相もない!」
危ない危ない。藪蛇になるところだった。
とはいっても、今のところ犯人の目星は全くというほどついていない。
「一応、部長にも連絡したけど……誰にも持ち出し頼んでないらしいんだよね」
「ってことは……一体だれが?」
「わかんない。そもそもあんなもの盗みだしてどうするっての? まったく」
無理矢理に笑顔を作って見せる城棟先輩だけど、いらだちは隠せない。
部員もかなり集まってきて、すでに部室内の大捜索は終わってる。それでも行方不明の剣は、かけらさえもでてきやしない。
気の早い誰かがすでに舞台のほうに運んでる可能性を考えて、そっちも見に行ってるみたいなんだけど、特に反応はない。つまりは、見つかってないということ。
別に致命的なわけじゃない。まだ上演までは日にちがあるし、そまでにそろってたらどうにでもなる。……小道具班はちょっとばかり徹夜することになるだろうけど。
「先生にはあたしから言っとく。演劇部以外には価値のない代物だけど、盗まれたのは事実だし」
「不本意でございます」という表情のままで、先輩は足早に職員室へと向かっていく。
その後ろ姿はなんとも絵になってて、仮にも役者に抜擢される人と、単なる照明係の容姿レベルの差を否応なくわからされた。
結局、行方不明の剣たちは行方不明のまま、次の日のわたしは憂鬱な気分のまま照明の準備のために部長である恋愛先輩のお供をしていた。
「う~~ん……城棟クンも小道具一つ亡くなったぐらいで大げさ、ダヨネッ! 演劇ってのは台本も大事だけど、役者の本領が発揮されてくるのはアドリブってやつナノヨ。もちろん、照明に関してもそれは同じ」
「は、はあ……それは初耳です」
「準備は大事だけど、いざというときの対応力ってのは、その人間の本質ってワケ! いかに繕っても、上塗っても誤魔化しの効かない骨子ってことヨ」
「……勉強になります」
何の勉強になるんだ、何の。
照明に必要なアドリブってなんだ。
恋愛先輩がわけわからないのはいつものことなので適当に流す。真剣に聞いてもこっちが疲れるだけなんだから。
「で、昨日の瓶覗ちゃんは部室のドアを開け、ボックスから剣が消えてるのを発見したわけ、ネ。まるでミステリーの幕開けみたいでドキドキじゃな~イ?」
「ドキドキっていうか、動悸がするって感じでしたけどね」
「アハハハハ、うま~い。ドキドキと動悸をかけてるわけ? ついでに動機もかけてみる? 同期の部員と一緒にネ」
いまだにこの人のキャラをつかみかねる。そこそこ美人ではあるけれど、外見70点、内面-200点の異名は伊達じゃないってことだ。
そんなことを考えていれば、当然部室にもすぐに到着するし、恋愛先輩は迷うことなく開錠してドアを開ける。
「…………瓶覗ちゃん、剣あるヨ?」
「ないから困ってるんじゃないですか。何を馬鹿なこと言ってるんですか」
「あるもんはしょうがないじゃない? それとも瓶覗ちゃんには見えない剣? おバカちゃんには見えないタイプの?」
「だから! あのボックスに刺さってるはずの剣が刺さってなか…………は?」
「あら見えたんだ。おバカちゃんじゃなかったネ!」
確かに昨日、消失していた剣たちは、しっかりとボックスに刺さっていた。
まるでなくなっていたことが嘘のように。