Weapon Is Magic
すっかり朝日が昇っている中で、俺はガムに訊いた。
「――で、コオラの奴は、今どこにいるんだよ。あんたはなんであいつが今日どこにいるのか知ってるんだ?」
俺は、それを今まで聞かずに黙々とガムの足取りを追っていた。しかし、考えてみると奇妙だ。何故、ガムもコオラもアクィナ軍から自由になっているはずなのに、相手の動向を知っているのか。―――到底、野放しになってからお互いの行先を連絡し合うようなタイプにも見えない。
ガムは、その質問をされてから、少々悩んでいた。そして、何か、言いづらいような調子で、彼は返した。
「――見合いだ」
「見合い?」
「奴は、同じ“ナ界=キィチ”出身で幼馴染の、“ミンキー・プル”という女性と縁談が決まっている。今日の正午は、その何度目かの見合いの予定になっている」
「見合いだと……!? あいつ、他人を手にかけておきながら……」
ガムがコオラの現在の行動について言い淀んだのは、俺がキレるところまで予測したからに違いない。――案の定だ。心底、キレていた。
見合いの前日に、何かを片付けるように平然と人を騙して、奪って、殺して……それで平然と幸せになる準備をしようとしている。じゃあ、つまり、あいつは、これから他人を殺めたうえで、反省もせずにニコニコと家庭を作ろうって考えているのか?
「……ああ、きみの言う通り。奴は他人を手にかけながら、自分は平然と幸せになろうとしている」
「くっ……!」
「だがな、私からもこれだけは言える。――コオラは、もはや救いようのないほどに歪んでいる。人の上に立ちたい為だけに、機械的に知識を吸収し、その物差しだけを頼りにしているのだ。……だから、奴の中では、数値が全てだ。高い数字を出した者同士で結ばれるというのは、奴にとって幸せな事なのだろうが、きっとお互いを愛してもいまい……ただ、その人間の指標となるパラメーターに惚れ合っているのだろう……。あの国のエリートにとって、色恋というのは、ただ数字を見比べて、自分にとっての妥協点を探す選別の作業なのだ……」
そういえば、偏差値だなんだとうるさい奴だった。口を開けば偏差値偏差値と言い、他人と比較して自分が優れているだのとしか言わないふざけた男だ。しかも、それが色恋に至るまで同じらしい。俺たちにはすっかり理解できない世界だ。そのミンキー・プルとかいう、昔っぽい名前の女も、そうなのだろうか。
――アリエスが、遂に我慢の限界を迎えたのか、突然に自分の身体を取り戻し、髪を下ろして、身も蓋もない一言を発した。
「殺しましょう」
「(――っ!?)」
ガムは、俺の心の中で発されたのと同じような、声にならない声をあげた。
その綺麗で淀み一つない声色から、いま物騒な言葉が聞こえたような気がした。俺は、慌ててアリエスの身体に言う。
(――待てよ、アリエスっ! 早まるなっ! 復讐は、たぶん何も生まねえっ! いや、生むかもしれんが、仮に生むとしても、果たした結果のあんたの人生へのマイナスがでかすぎるっ! あんたがこれから暗い影を落としながら生きていくのを俺は望まんし、きっとそれはゴンゾウも望まない! いくら相手が殺されて当然の奴でも、殺人はやめてくれっ!! 頭は下げるっ!!)
「――いや、今のは、別に殺害しようという意味じゃありません。半殺しくらいにはしようという事です! このイセ界では、他人を半殺しにする事を、“シメる”、“ボコる”、“殺す”などと言う事があるのですが……要するに、これはそういう意味です!」
いや、それは確かに千葉県にもある言い回しだし、殺意がないっていうのはちょっと安心はするが……。
だとしても、俺は耐えかねて、ゲリラ的にアリエスの身体をもう一度借りて言った。
「――待て待て待て、落ち着け、暴力が全てじゃない! あくまで仕方のない最後の手段! その手には、本当は愛が必要なんだ! オーケーか!? 冷静になれ」
が、アリエスは、またすぐ自分の身体に戻った。
「――しかし、彼の生れ持って愛を愚弄する悲しい性……、今はなんだか無性に腹が立ちますっ! 正直、懲らしめるという言葉では生ぬるすぎませんか……!? 立ち向かう時、“懲らしめる”って気持ちでいられません……“殺す”っていう気持ちで行かないといられないくらい釈然としませんよっ!」
俺がまた取る。
「――いや、確かにあいつは、半殺し確定だが、何もあんたの口からそこまで……っ!!」
取られる。
「――いいえ。この際、はっきり言いましょう! 私個人としては、そんな根本的におかしな感性の人間が、この世界のどこかに生きているという事実が、既に身の毛もよだつくらいに恐ろしくて仕方がありません!! 正直、認めがたくて認めがたくて……!! そんなの、愛への侮辱としか言いようがありません!!」
取る。
「――わかる、気持ちはわかるぜっ! だが、なんか、俺はあんたの口からそんな言葉を聞きたくねえんだっ!!」
取られる。
「――……あっ、そ、そうですか。……ただ、でも、私、これでも、思っている事を言っただけです! 私の率直な気持ちとしては、殺意一歩手前としか、言いようがないというか……私は、一人の女性として、やっぱり、そういう選び合い方をするのは、なんていうか、本当に……」
少し言葉が曇ってきている。
確かに、コオラが悪い、と言えなくもないが……アリエスのキレっぷりは、これまた異常だ。アリエスも、セラフ以上に、キレたらヤバそうである。
……ああ、勿論、俺だってコオラが憎い。人生で許せないランキングをつけたら、間違いなく、ぶっちぎりの一位だ。俺を殺した悪徳教頭や殺し屋もなかなかにムカつくが、やっぱり自分を殺される事よりも、ダチを殺される事の方が遥かにムカつくのが、番長の性である。
だが、それでもアリエスは、そういう想いを口にせず、せめて歌詞に乗せて歌うくらいにとどめてほしかった。“殺す”っていう言葉が彼女の中にあるってのが、何となくあって、それがその口から発されていくのが、俺には無性にショックだった。
「まったく、自分同士で喧嘩か……その調子でコオラを倒せるのか? あいつだって、一応、魔法を使える人間だ。あんまり簡単には行かないぞ」
ガムが呆れたように言った。それはまったく、面目ない……。
別に自分同士で喧嘩しているつもりはないが端から見れば随分シュールな光景になっただろう。
……ただ、ちょっと気になる事がある。
(――しかし、魔法、か。あんまり見た事ねえんだよな、俺は……)
俺は、たまーに「魔法」って単語を聞いてはいたが、それについて詳しくは知らない。勿論、ゲームや漫画なんかで知ってはいるが、こいつはテロップが出るようなフィクションではなく、マジの現実だ。大昔の人間が考えたような、お手本通りの魔法を使えるとは限らない。「発達した科学です」とかいう屁理屈である可能性も否めない。
――で、これまで聞いたのは、炎だとか、氷だとか、癒しだとかだ。そして、その三つ中三つが見られない状態になっている。今更、根本的な話を知るハメになってしまったが、俺はアリエスに、この世界の「魔法」っていうものについて、改めて訊いた。
(なあ、アリエス姫。一体、この世界の魔法ってどんなモノなんだ? 何となくは、わかるんだが)
アリエスが意識の中で俺に教えてくれた。
(……説明していませんでしたね。我々のイセ界では、一部の特別な血を持つ人間の中で、成長と共に“魔法”と呼ばれる力が覚醒するんです。それは、あらゆる物理法則を無視します。私の場合は“炎”を出す魔法を持ち、お母様は人を治癒する“癒し”の魔法、おばさまはあらゆる物を凍らせる“氷”の魔法……セラフやエリサは、まだ魔法を持ってはいないようです)
(ん? って事は、じゃあ、このガムも、何かの魔法を持ってるのか……?)
(ええ。その筈ですよね。魔法を使う為の指輪もあるみたいですし。――多分、覚醒した時点で、指輪にその魔法を象徴する端的な“漢字”が一字、刻まれていると思うのですけど)
俺は、ちょっと気になった。
ガムやコオラが一体、どんな魔法を使うのか。前の戦闘中に使う事さえなかったからだ。
アリエスの身体を借りて、俺はガムに訊く。
「――なあ、ガム。あんたの魔法って一体何なんだ?」
「ん? ……ああ、私の魔法は、“色”だ」
ガムは、指輪を見せた。確かに、日本語――っていうか奇跡的にも日本語そっくりな言語を使っているこの世界の言語で――の「色」っていう字が刻まれている。
「で、それがどんな力なんだよ?」
「触れた物に好きな色を付けられる。防具もそうして真っ赤にしたんだ。……いいだろ?」
「……ああ、道理で、戦いで使ってねえわけだ」
と、俺は言う。傭兵としての戦闘スキルしかないらしい。今回の戦闘でも、ガムは魔法の面では明らかに役に立たないだろう。
……ただ、色を塗れるっていうのは、ちょっと生活上では便利かもしれない。趣味によっては、凄く使える魔法だ。問題は、こいつがその立派な力を悪趣味に近い、バカみたいに真っ赤な防具をつけてるって事だが――まあ、人の趣味や感覚に貴賤なし、全部自由だ。俺の好みに合わないってだけでしかない。
ガムは口を開く。
「――しかし、コオラについては、使う魔法が少々手ごわいぞ。あいつは、“器”という魔法を持つ。様々な武具を設計し、創出する魔法だ。様々な種類の魔法の込められた魔宝石を、その道具で撃ち出して来た……」
――そいつは、ちょっと強すぎるな。
あの魔ッ砲や魔シンガンは、魔法で作り上げた代物だったというわけか。
……とは云うが、あいつのこれまでの戦いでは、既に持っていた魔ッ砲や魔シンガンを使ってきていて、それをその場で即座に作り出すって事は一切していなかった。となると、おそらくは、道具の生成には時間がかかり、準備が必要になる。魔法を使って作った道具を持ち歩いているという形なのだろう。
しかし、いくらなんでもデートの時にまで魔シンガンを持ってくるような奴はいないと信じたいが……。
「……おい、見えたぞ。今日、彼らが見合いをするのは、あのソコラノ町だ」
と、俺は、言われて身構えた。
目の前に、町が見えてきた。この世界では、何の変哲もないが、ちょっと緑の多い町。
どうやら、ここに、俺たちの仇がいる――その真実に、もう一度、ゴンゾウの事を思い出す。
ああ、ゴンゾウ……俺たちは辿り着いたよ、お前が死んだ事実と決着をつける、戦いの場所に……。
気を引き締める。あいつがどんな顔をしてそこにいるのかわからないが、俺はその顔を想像するだけで身震いするほど腹が立ってきていた。
魔法だろうが何だろうが、俺は戦う。この怒りを胸に。
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