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CHAPTER 1

※ボーイズラブではありませんが、ゲイネタあります。ご注意ください※


 木綿問屋のひとり娘千代は憧れの人一之助とついに両想いになり、思いを遂げる。一之助の腕は千代の想像が及ばないほど硬く、わずかな体臭さえも千代には愛おしかった。

 父や母が知ったら、きっと手もつけられないくらい怒る。不良の叔父は両人をそそのかした。今こうして一之助と隣り合って寝ていられるのは、何と言おうこの叔父のおかげだ。

 ありがとうございます。千代は一之助の胸に顔を埋めながら、叔父に礼を言った。

 千代は幸せです。お父さんとお母さんはとても怒るでしょうけど、千代は一之助さまと出逢って、この人しかいないと確信したのです。だから、一之助さま以外は考えられない。二軒先の戸瀬屋さんに嫁ぐなんてできないのです。

 叔父の根岸の家は貸本屋をしていただけあって本が多い。部屋には匂いが充満していた。みかけによらず博学の叔父は、千代が教えを乞えば小難しい儒教だとか水戸学を教えてくれるだろうが、そんなことは無駄だと言って打っちゃっておいてある。

 一之助は起き上がった。


「すまねえ。もう帰らないと、親父や佐助が怒り狂うからな」


 笑みを浮かべた一之助の顔は男にも投げ文を入れられると噂されるだけあって、行灯の薄暗さで際立っていた。


「はい」

「じゃあ、また」

「ええ、お待ちしております」


 千代は赤くなった顔を隠すために夜具を頭からかぶろうとしたが、一之助が取って頬に唇を付けた。照れた彼は足早に帰り支度を始める。部屋を出る前に、千代の顔をもう一度見た。

 一之助が見えなくなり、足音も聞こえなくなると、千代は一人で見悶えた。今夜は眠れそうにない。

 そこへ叔父の内儀というか愛人のお琴がやってきて、親指を上げる。普段、おとなしい千代も夜具に顔を埋めながら、親指を突き出した。お琴は歓声を上げる。


「明日はお赤飯ね!」




 翌日、本当にお赤飯が出た。千代は恥ずかしさの中に微かな誇らしさを感じて、お琴の作った赤飯を口に入れた。


「ついにヤッちまったなあ」


 叔父は彼の兄にして千代の父が聞いたら卒倒するような言葉使いで言った。


「千代ちゃんはもう二十歳よ」


 お琴はお茶を叔父の湯のみに注ぎながら、注意した。四十を超えた叔父より一回りほど年上のお琴だが、まだ独特の色っぽさを残していて、婆ァ好きと陰口を叩かれる叔父の愛人である。叔父には妻はいなかったから、実質お琴がお内儀のようなものだ。四度の結婚をして、何を間違ったか叔父と同棲している。


 根岸の叔父の家は申し分ない。千代は叔父の言葉に従って、湯屋へ行ってから実家がある宝田町まで散歩しながら帰ることになっている。ほぼ遠足のようなものだ。父は頻繁に千代が弟の家に泊りこむことを快く思っていない。それでも役者に入れ上げるよりはましだと思っているのか、芝居を見にいく時ほど渋らない。

 とうに嫁いでいる町娘のなかで千代は二十歳になっても浮ついた話一つなしに生きてきた。木材問屋の幼馴染がどこぞの旗本の屋敷へ奉公へ行き、そこの若殿との間に子供が出来たと聞いて、千代は悔しくても笑っていなければならないのである。

 私だって、一度くらいは色事を経験してみたい。なんど叔父の艶本を読みながら思ったことか。

 初恋なんて所詮は叶わぬもので十四の時好きだった手代はとっくに番頭になり所帯をもってしまったし、浮世絵を何枚も持っていた役者は当然のことながら引っ込み思案の十六の小娘なんて相手にしなかった。

 そうして一之助と出逢ったのだが、出逢って二年、思い合って一年、そして…千代は顔を赤くした。こんな私が、ついに!千代は小町と言われるほどではないが、父に似て顔立ちははっきりしていたし、色白で近所でも評判だったが、なんせ箱入りで育てられたせいでまともに家の者や昔からの友達以外の男性と話すことができない。町を闊歩するおきゃんとは程遠い存在だ。

 堅物と名高い父や、武家の出の厳しい母に比べて、叔父はなんて楽しげで洒落た人だろう。遊び人かつ商人、それに加え学者である。少々冷や冷やすることもあるが、千代は彼の明るい性質が好きだった。

 隣を歩く叔父の顔を見れば、少し父に似ていなくもないが、まず兄弟だと思う人はいない。二人とも端正ではあるが、少しずつ鼻とか目の形が違うせいで何もかも違って見える。

 根岸の家を出て、お琴に別れを言った後、千代は叔父に送られて実家の木綿問屋の並ぶ宝田町に足を向けていた。


「籠に載るかえ?」

「いいえ。叔父さんと少しでも長くいたいもの」


 途端に顔を蕩かせた叔父は、途中で櫛でも買ってやろうかと提案する。


「駄目です。また新しいの買ってもらったら、お父さんやお母さんに怒られてしまいます」

「器量の狭い奴らだ」


 昔、叔父と父は大喧嘩をして、父は叔父を追い出した。それから叔父は大坂で商売を始めて、一代でお店を大きくして江戸に帰ってきたのだ。突然癇癪を起した父に店の者が戸惑っているうちに叔父は品川宿に着いていたらしい。どんな原因かは店の者に訊ねても、母に訊ねても分からなかった。お琴は知っているようだが、はぐらかして教えてくれない。


「叔父さん、どうしてお父さんと喧嘩したの?」

「なぁに、小さなことさ。些細な、取るに足りないことだよ」


 でもなにも教えてくれない。千代は釈然としなくても、叔父がそれ以上聞かれたくないと話をすり替えた。


「それより、一之助さまとはどうなった?」

「どうって…」

「所帯を持とうとか、好きだとか言ってもらった?」


 千代はすっかり赤くなった。どちらも言われていることだったからだ。


「当たり?」

「でも、まずお父さんやお母さんを説得しなきゃいけないし、それに料理や掃除を覚えなきゃ」

「そんなの後回しだ。どうせおっとさんやおっかさんは賛成しないさ」


 そうなのだ。一之助は町方同心の家だし、長男だし、つまりは今は見習いとはいえ将来同心になる。そして一つ年下だ。武家に含みのある母なんて、髪を逆立てて不動明王のように恐ろしくなるに違いない。


「やっぱり」

「駆け落ちは短絡過ぎるにしても、何か他に策を考えなくちゃいけないよ」

「私は、祝福されて幸せになりたい。お父さんやお母さんに反対されて、勘当されて、もう会えなくなるなんて、嫌です」


 叔父は千代が可愛くてしかたがないのだと言いたそうな目をして、溜め息を付いた。


「そうだとも。周りに祝福されなければ、その後の二人が心底幸せになれるはずないさ。お前も一之助さまも優しい子だから、駆け落ちなんてしないだろうって安心しているよ」


 叔父には何か策があるのか、それともこれから考えるのかにっこり笑った。千代は叔父を見ているとどうにかなりそうな気がして、足取りも軽くなった。



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