成熟
鏡の中に女がいた。
こめかみには。
大きな傷が残っている。
化粧をしても消えない。
女は傷に触れた。
あの夜。
美しい女に傷のことを言われた時。
自分は。
確かに揺れた。
あの美しい女は。
自分より深く。
自分の巣へ入っていた。
一歩間違えば。
喰われていたのは、自分だったのかもしれない。
女は。
初めてそれを認めた。
そして。
少し笑った。
スマートフォンには、いくつもの名前が並んでいる。
最初は。
一人の男の向こう側を見たかった。
どんな人間がいるのか。
どんな世界があるのか。
それだけだった。
けれど。
いつの間にか。
男を通さなくても。
人と人がつながるようになった。
女から伸びた糸が。
別の糸と結ばれ。
また別の場所へ伸びていく。
一本だったものが。
形を持ち始めている。
そして今。
女はもう一つ知った。
巣を張れば。
獲物だけが来るわけではない。
同じものも来る。
こちらを見て。
こちらの振動を読み。
こちらを喰おうとするものが。
女は。
それを知った。
喰う側と。
喰われる側。
その両方を。
夜が明ける少し前、配信は終わっていた。
女は配信者から届いていたメッセージを開いた。
『また時間ある時、飯でも行きましょう』
少し考えた。
『はい。また機会があれば』
送信。
それだけ。
切る必要はない。
まだ。
最初の一本なのだから。
ただ。
もう。
その糸だけを見ている女ではなかった。
窓の外が。
わずかに白み始めている。
見えないところで、無数の糸が伸びていた。
誰かから。
誰かへ。
その中心に。
こめかみに大きな傷を残した女がいる。
最初の頃、女は一つのことを知った。
細い糸は。
強く引かない方が長く残る。
今なら、もう一つ分かる。
それは。
獲物を逃がさないためだけではなかった。
巣そのものを。
壊さないためだった。
女は目を閉じた。
最初の糸は、、、まだ残っている。
巣も、、、残っている。
そして。
その夜から。
女はもう。
巣を張ることだけを知る蜘蛛ではなくなった。




