巣
糸は、一本ではなくなっていた。
いつからだったのか、女にも分からない。
最初は一本だった。
偶然、目の前に垂れてきた細い糸。
切れるかもしれない。
途中で消えるかもしれない。
だから、強く引かなかった。
ただ残した。
それだけだった。
けれど、一本の糸は人につながっていた。
人は、また別の人につながっている。
仕事。
信用。
紹介。
偶然の再会。
一度きりの食事。
何気ない会話。
それらを繰り返しているうちに、女の周囲には細い線が増えていた。
もう、どの糸が最初だったのか。
見失いそうになるほどに。
夜。
女はいつものようにスマートフォンを置いた。
聞き慣れた声が流れている。
配信者は笑っていた。
「そんなん知らんて。ほんまに」
コメント欄が流れていく。
女も少し笑った。
配信では、いつもこうだった。
関西の言葉。
時折、京都らしい柔らかな響きも混じる。
けれど、女と直接話す時だけは標準語だった。
最初からそうだった。
丁寧で。
少し距離があって。
決して冷たいわけではない。
ただ、そこには一枚の扉があった。
女は、その扉を開けようとしたことがない。
開けてほしいと願ったこともない。
以前なら。
もう少し興味があったのかもしれない。
扉の向こうに何があるのか。
そこから、どんな糸が伸びているのか。
けれど今は。
彼の声を聞きながら、女は別の画面を見ていた。
数日前に届いた連絡。
仕事で知り合った人からの紹介。
そして、その先にいる人。
一本。
また一本。
糸は増えていた。
女はスマートフォンを伏せた。
配信者の笑い声だけが、部屋に残った。
最初の一本は、まだ切れていない。
ただ。
もう、それだけを見ている必要はなかった。




