76.属性
久しぶりに和な朝食を食べて満足したところで、いよいよ温泉街へ、テバルナの街に向けて出発。
なんと、クライスの提案でこのまま飛んでいくことに。
どうやら、魔鳥で先に訪問を知らせてくれているみたい。
だから驚かれることはないって聞いて安心。
しかも、その報せは王宮から伝えられているらしい。
内容は『源泉の湯量減少の調査』とかで、魔法騎士と魔法使い、その見習いが向かうとのこと。
街の人たちにとって温泉は観光資源だから、湯量の減少は死活問題になっているとか。
その原因究明に王宮からわざわざ魔法騎士や魔法使いが派遣されてくるというのは、とても心強いことだと思うんだよね。
ただ、王宮の――国への信頼を得るために、私たちの観光旅行を利用されたことは否めない。
とはいえ、私とポンちゃんはきちんとした身分証を手に入れたわけだし、そもそも温泉には入りたいしで、win-winだからいいんだけどね。
だから、クライスも気にする必要はないのに、そのことについて申し訳なさそうに伝えてきた。
なんというか、損な性格だよ。
「――ユーナ、テバルナの街はとりわけ、聖女信仰が強い。だから、今回は魔法使いということで先に話を通してある。過度な崇拝をユーナは望まないだろうからな」
「うん。ありがとう、クライス。でも、それならこの身分証タグも交換してもらえないかな?」
ポンちゃんと手を繋いで空を飛びながら、クライスから説明を受ける。
テバルナの街については魔女の知識にはない。
先代魔女は膨大な知識があるのに、この世界の地理についてはかなり曖昧なんだよね。
聖女殺しの大罪を犯したとき、魔女は浄化の旅に同行していたらしい。
それなら、もっと地理について詳しくてもいいとは思うんだけど、嫌な記憶すぎて忘れているのかな。
だとしたら、ずいぶん身勝手だよ。
でも、もし何かどうしようもない理由があったら?
たとえば、別の同行者に恋をして、恋敵である聖女を……って、それはさすがに考えすぎか。
そもそも他に同行者がいたのかも曖昧だし。
ただ。長い間森に引きこもっていた魔女が、いきなりクライスを手に入れようとしたのはなぜだろう。
実は想い人の子孫だったりするのかも。
だとしても、クライスを手に入れたいからって、戦争を起こすのは最悪すぎる。
そのせいでクライスは傾国の王子様だなんて呼ばれることになったんだから。
きっと嫌な思いもいっぱいしただろうに、それを感じさせないのはすごい。
クライスが完璧な人間でないのは知ってるけど、それでも立派だと思う。……食いしん坊でも。
それに比べて、私はただの好奇心旺盛な食いしん坊だよ。
「やっぱり私が聖女っていうのは、間違ってるよ」
「ユーナ様は聖女ですよ」
「ポンちゃん?」
クライスにぼやいた私に答えたのは、意外にもポンちゃんでびっくり。
ちょっとあれこれ考えているうちに、何か聞き逃したかな?
ポンちゃんがそこまではっきり言うなんて。
「ボクの仲間たちが言っていたからじゃないですよ? ボク自身もそう思うから――感じるからです。それに、たとえ魔女だったとしても、今までユーナ様がボクにしてくれたこと、旅の途中でいろんな人たちを助けていたこと、すべてがユーナ様の意思ですよね? だから、本当は魔女だとか聖女だとか、どうでもいいんです。ユーナ様のお体はユーナ様自身のもので、お心だってそうですから」
「そうだな。ポン太の言う通りだ。ユーナが何と呼ばれようと、俺たちは気にしない。ユーナの何かが変わるわけではないのだから」
私が不思議に思っていると、ポンちゃんは改めて聖女についての考えを伝えてくれた。
その言葉はとても温かくて、力になる。
しかも、クライスまでもが嬉しい言葉をくれる。
「我々人間は得体の知れないものを嫌う。それが強大な力を持っていればなおさらにな。だから必死に属性を探り、分類し、名前を付けてようやく安心できるんだ」
「でもそれって、間違えている可能性もありますよね? だって、ユーナ様のことを侮っている人たちにいっぱい会いました」
クライスの言うことはすごく納得できる。
日本でも、昔は得体のしれないものに対して、神様とか妖怪とかに分類していたもんね。
科学的に解明できるようになったものも多くて、『ヒダル神』とかがそのいい例かも。
峠を越えるときとかに憑りつかれると、動けなくなるとか、とある洞窟を覗くと……とかあるけれど、原因は低血糖や脱水、時には二酸化中毒の症状だとか。
って、そうじゃなくて。
ポンちゃんが私のために怒ってくれていることが、今は重要。
「ポンちゃん、ごめんね。私もポンちゃんのことを見た目だけで勘違いして、勝手にタヌキだと思ってたし、見た目で判断する人たちのことは責められないかな」
「え? いえ! ユーナ様は悪くないです! ボクは毛色がみんなと全然違って、力もなくて、自分で出来損ないって思っていましたから!」
私とポンちゃんはいわゆる女子供で、二人だけで旅をしていたから、リザの町でのように侮られることも多かった。
たいていは無視してやり過ごしていたから、ポンちゃんのストレスは溜まっていたと思う。
手を繋いで空を飛びながら、二人であわあわしていたら、クライスが噴き出した。
「俺はポン太をフェンリルだと見抜いていたが、まさかフェンリルの王となるべき力を秘めているとまでは思わなかったからな。敵に回していたらと思うとぞっとするよ。それに、何も知らずにユーナと出会っていたら、失礼なことをしていただろうな」
「クライスはボクのことを疑っていましたよね? フェンリルって黙っていたから、ユーナ様のことを守ろうとしてくれたのかなって、今は思います」
「ああ、それで!」
最初の頃の二人のぎこちなさの理由がわかって、ようやく納得。
鈍いな、私。
クライスにしては不自然だと思ったんだよね。
「でも、クライスはたとえあのベイカの街での出会いが私と初対面だったとしても、きちんと敬意を持って接してくれたはずだよ」
それは自信持って言える。
あの何者でもない私を――それどころかあの森に一人でいるなんて怪しすぎるのに、魔獣に襲われているところを助けてくれたほどのお人好し。
お付きの人たちに反対されても、私を見捨てることはなかった。
うん、そうだよ。
クライスのためにも、私が聖女としているほうがいいなら、そう名乗ろう。
もし本物の聖女さんが現れたら、すぐにごめんなさいをして、退場すればいいや。
後は、あの魔女のようにならない。それだけは気をつけていかないとね。




