プロローグ.悪逆の魔女
【魔女の知識:炎リザードは後ろ二本足で立ち上がり、喉の奥の炎袋より炎を噴き出す大リザード。その体は硬くて熱い鱗に覆われ、炎系、水系、氷系の魔法は効果なし。だが、リザード種の中でも特に美味。シッポが特上。ただし、絶滅の恐れある希少種】
というわけで、目の前で上体を起こし、大きな口から鋭い牙を覗かせながら、炎を噴き出そうとしている魔獣は炎リザードで間違いないはず。
先ほどから何度か、炎系、水系、氷系の簡単な魔法を放ったけど、怒らせただけみたいだし。
二本足で立ち上がると、私の身長の倍はありそうだから、体長三メートルくらい?
まるで怪獣映画に出てくるようで、倒すなら雷系か、魔力を込めた剣で切るかくらいらしい。
なんて、魔獣を目の前にして呑気な感想が出てくるのは、私に絶対勝てるという余裕があるから。
どういう体内構造になっているのかな?
まあ、魔法のあるこの世界でそれを考え始めたら宇宙の真理ならぬ異世界の真理を追求することになるから、スルーしよう。
そもそも単なる日本人だった私が異世界召喚されたことがもうわけわからないからね。
問題は目の前のコモドオオトカゲが立ち上がりました的な魔獣――炎リザードをどう倒すか。
魔女の知識通り、普通の魔法は効果がないことはよくわかった。
でも、それは普通の魔法であって、今の私なら適当な攻撃魔法を使えばすぐ倒せるのは間違いない。
ただ、あまり珍しい魔法を使って、後で素材回収やお肉を調理してもらうときに怪しまれても困る。
一応は普通の魔法使いとして擬態してるからね。
「ユーナ様、大丈夫ですか?」
「全然平気だよ。ただ、どうやって倒そうか考えていただけ」
「そうでしたか」
私の返答にほっと息を吐いてにっこりするポンちゃんが可愛い。
ぴょんぴょん跳ねる柔らかな栗色の髪の毛と、同じ色の真ん丸大きな目は庇護欲をくすぐる。
十歳くらいの男の子の外見をしているけれど、ポンちゃんは私の愛弟子。
戦争に巻き込まれて怪我をしていたポンちゃんを一年前に保護してから、一緒に暮らすようになったんだよね。
その戦争も、間接的には私にも責任があったから。
ちなみに、ポンちゃんは実はタヌキの子どもっぽくて、保護したときには黒っぽい茶色の毛に覆われた背中が血に汚れ、薄茶色の足は抉れたような大きな傷があった。
急いで治癒魔法を施し、家へと連れ帰って看病していたら、毛艶もよくなって、意識を取り戻してしばらくしたらお礼を言われてびっくり。
人語が話せるなんて、さすが異世界タヌキ。
さらには魔法まで使えることがわかって、一緒に森の中の小屋で暮らしながら、ポンちゃんは頑張って人化の魔法を覚えたんだよね。
いきなりこの異世界に召喚されてしまった私――凡人・田中祐奈にとって、ポンちゃんの存在は孤独を癒してくれた。
そもそも、私の召喚は物語によくあるような世界を救う――なんていう崇高な目的ではなく、とある魔女が自身の肉体劣化を魔法ではもう誤魔化せなくなったからって、私の体を依代に使うためだった。
要するに、超自分勝手な理由で、私は魔女に召喚されてしまったんだよ。
でも私としては、いきなり異世界に召喚されたうえに、体を寄越せと言われて「はい、そうですか」と差し出せるわけもなく抗った。
そしてなんと、私の意識を奪おうとする魔女との精神戦でまさかの勝利を収めたのはびっくり。
魔法の力で不自由なくぬくぬく生活していた魔女と、すさんだ社会で社畜として働いていた私とでは、精神の強さが違ったみたい。
日本での生活は心身ともに少しずつ削られているような感覚だったけど、まさか異世界でメンタルつよつよでいられるとは思わなかったよね。
というわけで、逆に魔女の精神を乗っ取った私は魔法も使えるし、記憶もまあまあ受け継いだ。
それでずいぶん利己的な魔女だったって、ドン引いたのが一年前。
だって、一年前の戦争も魔女が暇潰しに起こしたものだったから。マジ極悪魔女。
その魔女の小屋でのんびり暮らしていたものの、せっかくポンちゃんが人間に上手く化けられるようになったんだから、それなら一緒に異世界観光を楽しもうって森を出ることにしたんだよ。
知識として知っていることでも、体験してみると全然違ったりするからね。
何より、美味しいものは頭の中の記憶じゃなくて、実際に味わってこそじゃない?
それで色々見たり食べたりしながらの旅の途中で耳にしたのが、目の前で炎を吐き出しているリザードの出没情報。
ここ数年、炎リザード出没で近隣に住む人たちが苦しんでいるって聞いて、やっぱり放ってはおけなかった。
炎リザードは通常、魔法使いや魔法騎士数人がかりでないと倒せない厄介な魔獣。
一年前まで戦争をしていたこの国では、こういった魔獣被害になかなか対処できていなかったから、ある意味魔女の責任でもある。
そこで、炎リザードが出没する街道付近の町に宿泊して、気配を察知したから街道沿いの森に入って見事遭遇。
で、今ココ。
たった二人で――正確にはいわゆる女子供で炎リザードを倒せるのかって、町の人たちには心配されたけれど、それは無問題。
今の問題は炎リザードに炎系魔法で対抗するか、氷系魔法で対抗するかだけ。
それとも、無駄に力比べなんてせずに風魔法でスパッといくか。
あ、でもせっかく美味しい食材になるんだから、産地直送の鮮度を保つためにも、氷系魔法だね。
よし。じゃあ、心配してくれた町の人たちのためにも、ちゃちゃっと倒して宿に帰ろう。
だけど、私が嫌われ者の〝悪逆の魔女〟だってことは、ばれないようにね。




