助けに来るのいが遅いぞ!
俺――蓮堂英は、ある家の前にきた。
土曜はゆっくりしていたい派の俺だが、今日はいてもたってもいられなくて来てしまった。
インターホンを押すと、昔から変わらないブザー音が家の中から聞こえてきた。
未だにこのタイプのインターホンは珍しい。
「はーい」
快活な返事と共に、扉が開き女性が出てきた。
「英く……蓮堂くん、きてくれたの?でも今日は勇帰ってこないの……」
彼女は勇の姉の優さんだ。
「英でいいですよ。それよりいないって?外に出たんですか?」
「いや違うの。部屋にいるはずなんだけど、今日は帰らないから勝手に部屋に入らないでっ!て」
「部屋にいるんですか?」
「そのはずなんだけどなんの物音もしないの。とりあえず上がって」
優さんは中へ俺を案内した。ここに来るのは久しぶりだ。3年ぶりくらいか。
「勇。英くん来たわよ」
階段下から、2階に向かって声をかけていたが反応はない。
「部屋の前まで行っていいですか?」
「うん。お願い」
ゆっくりと階段を登ると、ギシギシと音が響いた。
寝室で寝ていても起きてしまいそうな騒音だ。むしろ防犯には良さそうだ。
「おーい。勇いるかー?」
反応はない。寝ているのか、もしくは本当に部屋にいないのか。
「反応ないですね」
「靴はあるし、出かけてないと思うんだけど」
「部屋に食事とかは?」
「ないわ。なんで?」
「居るんだとしたら、お腹が空いたら出てきますよ。寝てるにしても無理に起こすのはかわいそうですし」
「それもそうね……よかったらゆっくりしていって。学校でのこととかも聞きたいし……」
「そうですね。俺も今日は暇なので」
俺と優さんはリビングに向かった。
優さんはお菓子の袋を開けてテーブルの上に置いた。
そしてリモコンを手に取った。
「何か見る?」
「あ、あれまだありますか?」
「あれって……まさかあれ?まだ好きなの?」
「いえ、ここきたら懐かしくなっちゃって」
「あるわよ。待ってて」
テレビデッキから収納ボックスを持ってきた。
「この中にあるはずよ」
中には個別ケースに収められたDVDが、ぎっしりと詰まっていた。
その中から、薄い青のケースを取り出す。
「これだ」
DVDのおもて面上部には、下手くそな字で“少年英雄漂流記”と書かれている。
「色なんて、よく覚えてたわね」
「飽きるほどみましたからね。このアニメ」
そして、その下部に小さく書かれた“英勇”の文字を見た。
俺は、胸が締め付けられるのを感じた。
「あの頃は、勇も元気だったわよね」
「ごめんなさい。俺が転校しちゃったせいで」
「違うの。そう言う意味で言ったんじゃないのよ。親御さんの都合じゃ仕方ないし」
「いつから……いつから勇はあんなふうになっちゃったんですか?」
俺は意を決して聞いた。
額からの汗が、頬を伝うのが分かった。
「中学一年生の終わりに英くんが転校してから、勇はだいぶ落ち込んじゃったの」
「やっぱり俺が……」
「でもでも、中学では他の友達が構ってくれて、元気はなくなっちゃったけどいじめとかはなかったわ」
「てことは……」
「そう。高校に入ると今までの友達が全然いなくて。友達も作ろうとしないものだから孤立したみたいなの」
「それで阿久津にいじめられたってことですか?」
俺は、転入初日の勇と阿久津のやりとりを思い出した。それはひどいものだった。
「目をつけられたのは、文化祭の時期だったから去年の9月?だから8ヶ月くらい前だと思う。でも具体的に何されたとか教えてくれないから、私もどうしてあげたらいいのか」
「俺が4月に転校してきた時には、すでにだいぶ酷かったです。屋上で……」
俺は言いかけてやめた。優さんに心配かけたくない。そのために俺は、阿久津の役を奪ったんだから。
「え?暴力受けてたの?」
「あ、そう言う訳じゃ」
「いいの。あの子何も言わないし強がってたけど、普段と様子違うのは分かってたから」
阿久津は肌の見えるところは狙わない。そういう陰湿なやつだ。
「俺が、俺がなんとかします」
そう言いつつも、俺は優さんの目を見れなかった。
「ありがとう。でもあの子覚えてないでしょ?」
「……」
「知らないふりされてると思ったんじゃない?」
「本当に、記憶ないんですか?」
勇は、俺が転入した時何も反応はなかった。それどころか、昔の話をしても聞き耳を持とうとはしなかった。
てっきり俺を恨んでやっているのかと思っていたが、違うのか?
勇がそう言う対応だったからこそ、遠回しな方法で阿久津から勇を守ってきた。
しかし、もし覚えていないなら、俺もいじめ加害者と思われているかもしれない。
「記憶喪失って訳じゃないのよ。楽しかったことだけ、思い出せなくなってるみたいなの」
「精神的に限界ってことですか?」
「それもあると思う。でも最近は、私とは会話してくれるようになってて、良くなったのかなと思ってたんだけど……」
優さんは口をつぐんだ。考えているように見えたので、俺は焦らせないよう無言で待つ。
「意味の……分からないことを言うようになったの」
「どんなことを?」
「私が料理してて、うっかり指切っちゃった時とかに『スキルを使えばそんなの……おっとこれは言っちゃダメなやつだった。気にしないで』とかそう言うの」
「スキル?ゲーム用語かな……何かゲームとかやってるんですか?」
「ないわ。だってそんなお金ないもの」
彼女は首をふった。
それじゃ一体なんの話をしているんだろうか。もしかするとそこに手がかりがあるのかもしれない。
ドンドンドン!
突然、天井から何かを叩くような音が聞こえた。
「勇!?」
優さんは立ち上がると2階へ上がっていく。
俺も続いた。
「勇?大丈夫?」
「大丈夫か!?」
再び室内は静まり返っていた。
優さんは険しい顔になってドアノブを捻った。
中からは生ぬるい空気が漏れてくる。
優さんは中へ入って、そのまま立ち止まっていた。
俺は後ろから様子を伺う。
「い…さ……む?」
彼女の声は震えていた。
嫌な予感がして、俺は彼女の横まで移動した。
目に入ったのは、PCの前でじっと画面を見続けている勇の後ろ姿だった。
俺と優さんの存在には全く気づいていない。食い入るように、画面に表示された文章を見つめている。
2人して呆気に取られ言葉を失う。
すると静寂の中、微かに勇が呟いていることがわかった。
「ククク。今回の相手は強いじゃん。
“勇はさらに詠唱を重ねる。全ての魔力をこの一撃に込めれば、いくら魔王でもひとたまりも無いだろう”
そうだ、俺なら勝てるぞ、舐めるな魔王。
“しかし、魔王は勇の思惑に勘づき先手を打ってきた。『甘いぞ人間。ガハハハ』魔王の鋭い爪が、勇を切りつけた。かのように見えた”
おお、なんだこの展開は!面白いじゃないか……一体何があるんだ」
画面に映った文章を見て、勇は小説を読んでいるんだとわかった。
それも、主人公の名前を『勇』に変えて。
胸が痛い。どうすればいいのか答えが出せそうにない。
昔の勇に戻ってほしいと言う願い。現実逃避の末に、勇が行き着いた世界を壊したくないという思い。
二つの感情が俺の胸をきつく縛り付けた。
「えーっと続きは……。ここからか。
“魔王の攻撃により舞い上がっていた砂埃が晴れていく。『なんだお前は!?』魔王が叫んだ。視界が晴れ、勇の目に飛び込んできた光景は彼を熱くさせた。昔の仲間ネクロが、間一髪のところで攻撃を受け止めていたのだ。『待たせたな勇』”
まじかここで伏線回収やば。死んだと思ってたぞ、こいつは心強いヒヒヒ」
俺の体は小刻みに震え出した。自分でもどんな感情なのかわかっていない。
ただ、勇の姿が遠く遠くに離れていく気がしていた。別の世界へ行ってしまうような気が。
「そうだな。こいつにももっといい名前つけてやらなきゃ……決めた!
“勇は思わず声を上げる。今まで想いを全て乗せ、震える声で叫んだ。『助けに来るのが遅いぞ!英!』”」
俺は聞き逃さなかった。小さい声。声と言っていいのか分からない微かな呟き。
しかし、確実に、勇は俺の名前を呼んだ。
助けに来るのが遅いと言った。
俺が誰か分からなくても、“英”と言う名前は、あの頃のまま勇の中に残っているんだ。
水滴が頬を伝う。額の汗はさっき拭いた。
目頭が焼けるように熱い。
「英くん……」
優さんが俺を見て泣いていた。彼女にも聞こえていたらしい。
「助けて、あげて……」
掠れた声で続けた。俺は涙を拭う。
「もちろんです」
震える声で精一杯強がって、俺は彼女に笑って見せた。




