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37.揺らいだ心、繋がる絆

投稿日:2026.7.31

―――不敵に笑い、奴は名乗った。


「……レ、グナス……?」


 奴の周囲の空間は震え、オレの本能は“理解そのものを拒絶した”。


 影が揺れた。 空間が軋んだ。

 そこにあったのは、圧倒的な"支配者"の気配だった。


「覚えておけ。我が名はレグナス ――― 

 レグナス・ヘルエスタだ。」

 静かで、淡々とした声だった。

 だがその気配は、異界の悪魔であるオレの核を一瞬で“恐怖”へと塗り替えた。


「武勇伝を語ってやりたいところだが……

 もうすぐこの子が起きる。

 死人は死人らしく、引っ込むとするかな。」


 それだけ言い残し、奴は沈黙した。


 今は少女の主人格が目を覚ます直前まで休む。

 奴ほどではなくとも、骨が折れる戦いになるのは想像に難くない。


 一撃……たった一撃でいい。

 奇襲できる体力さえ戻れば、勝機は見える。


 思い通りになると思うなよ、レグナス。


「……ここは……?」


 少女が目覚めたようだが、オレへの追撃はない。

 記憶の共有はないのか……?

 いや、憶測で仕掛けて痛い目を見たばかりだ。何を考えている。


「ようやく……お目覚めか……ハァ、ハァ……

 お前からしたら今起きたばかりかもしれないが……

 待ってやるほど、オレは優しくない!」


 律したはずなのに、また舐めてかかってしまった。

 無防備に周囲を見渡す少女の姿は、誰が見ても“隙”に見える。

 オレもその誘惑に負け、攻撃を開始した。


 一撃を防がれてからは、無我夢中だった。

 体力は現界で尽き、気力だけで意識を保っている。

 朦朧とする中、奴への怒りを活力に変え、身体を動かす。


 挑発もした、ハッタリもかました。

 何度も何度も攻撃を繰り返したか分からない。

 だが、その全てが結界によって阻まれた。


 少女が構えた瞬間、オレは身構えた。

 その時――氷塊が着弾し、視界が揺れる。


『ドサッ……』


 右半身が氷に釣られたかのように動きが止まり、

 気づけば少女は幻影のように目の前まで迫っていた。


 左腕が斬り飛ばされる。

 黒紅に染まった少女の瞳が、奴との戦いをフラッシュバックさせる。


 全身を突き刺すような氷の冷たさ。

 氷の拘束から抜け出す力は、もう残っていなかった。


「ハハッ……オレは……どこで間違えた……?」


 ハハァ……何を言おうとしている。

 今さら素直になったところで、もう遅いというのに。


 ―――完敗だな。

 万全の状態でも、あの結界を破れたかどうか……


 少女との戦いには――不思議と怒りを覚えなかった。


 奴とは違い、少女はしっかりとオレを見ていた。

 夢中で極限状態だったとはいえ……

 この少女との戦いには、楽しささえ覚えた。


 身体が崩壊を始めたか……


 この少女になら……

 この依代を任せても良いだろう。




〜リリスの視点〜



***数十分前***



倒れた2人を抱え、ベッドへと寝かせる。


「私がこの2人を見ておくから、

 貴方は仕事を済ませてきなさい。

 騎士団長が私情で休むなんて出来ないでしょう?」

ウロウロと落ち着かない彼が気になり、声をかけた。


「……リリスさんの負担にならないのなら、

 俺もここで待たせてくれないか。


 悪魔がレイに憑依した時、俺は何も出来なかった。

 娘が危険な時に仕事を優先する親なんていないだろう?」

その言葉は、ただの騎士団長ではなく

 “父親”としての本音に聞こえた。


 悪魔との戦闘は私にとっても初めて。

 不安要素は減らしたかったけれど、

 覚悟を決めた者を追い出せるほど冷たくはなれなかった。


 静かに眠る2人。

 精神世界で何が起きているのか知る術はなく、

 ただ待つしか出来ない自分が嫌になる。


「……いい機会だから、聞きたいことがある。少し、いいか?」

 沈黙に耐えられなかったのか、騎士団長さんは口を開いた。


「冒険者協会に“家庭教師募集”を出したのはリリスさんだろう?

 あの募集条件……どう考えてもレイを狙い撃ちしていた。


 一般教育を修めたBランク以上の女性冒険者。

 ソロで長期依頼を受けられる者。

 この国で当てはまるのは……レイだけだ。


……何故、レイだった?」

 騎士団長さんの唐突な質問。



「色々調べて、イブちゃんにとって一番良い先生だと思ったからよ。

 それ以外に理由なんて必要?」

 私は、遠い目をしながら過去を懐かしむように答えた。

 あの時の"偶然"が、レイの人生を左右させたのなら…

 私が責任を取るのは当たり前なのことなの…


 寝ているイブちゃんの頭をそっと撫でる。


「昨日今日を見れば分かるでしょう?

 イブちゃんはレイに懐いているし、

 眷属になった今でも……あの子は変わらないわ。」

 ベッドに寝た2人へ再び視線を落とした。




〜〜悪魔の視点〜〜



「……また戻ってきてしまったか。」


 何もない、見慣れた空間。

 独り言のつもりだったが、懐かしい声が返ってきた。


「随分と早いお戻りだな? 忘れ物でもしたのかw?」


「俺達が恋しくなって戻ってきたんだろうw?」


 異界で知り合った悪魔の二人だ。


「―――なぁ……オレは…  オレは弱いと思うか?」


 誰かに聞くまでもなく、オレは強い。

 その自覚はある。

 だが、奴との一戦で……自信は砕け散った。


「お前……何言ってんだ? 現界でおかしくなったのかw?」


「お前が弱かったら俺らはどうなるんだよ。自虐は程々にしろよw」


 軽口だった二人の声が、オレの雰囲気の違いを察して静まる。


「昔戦った時を思い出すな……魔力量も体術も桁違いで、隙がなかった。」


「何を落ち込んでるか知らないが……お前は異界で名の知れた『深淵の魔導士アビス・マギア』だぜ?  弱いわけがないだろ。」


 二人の言葉が、砕けた心を少しずつ癒やしていく。


「……そうだよな。今のは忘れてくれ。最後にもう一つだけ聞きたい。

 『レグナス・ヘルエスタ』という名に聞き覚えはあるか?」


 オレの自信を砕いた奴の名。

 オレは知らなかったが、二人はどうだろうか。


「おいおい……お前、レグナスを知らなかったのか?

 昔、現界で有名だった吸血鬼の王だろ。

 悪魔連中が次々と異界に逃げ帰ってきた時は笑ったなw」


「当時のお前は研究に籠もってたから知らなくても仕方ないが……

 喧嘩を売る相手は選べよw」


 二人は吹き出しながら続ける。


「幸い、レグナスは異界まで乗り込んで来たことはない。

 だから俺らは心配する必要はないけどな。」


「異界も悪くないぞ〜。何もないが故に、何でも出来る。

 時間なんて気にしなくていいんだ。ゆっくり行こうぜ〜」


 楽観的な二人に囲まれ、オレはゆっくり歩き出した。


 今まで鬱陶しく思っていた二人だが……

 こういう関係も、悪くない。




〜〜イブの視点〜〜



「うぅ〜ん……ここは……?」


 目が覚めて最初に映ったのは、控えめな可愛さが残る綺麗な天井。

 昨日も見た天井。

 つまり私は、精神世界から無事に戻ってこられたということだ。


「あ、あっ……イ、イブちゃん。おはよう。その……今まで右腕の秘密を黙っていてごめんなさ――」


 レイ先生が謝ろうとした瞬間、私は首を振った。


「レイ先生が謝ることなんて何もないよ。謝らなきゃいけないのは私の方。

 レイ先生の意識がないまま……その、眷属にしてしまったんだから。

 咄嗟で、無我夢中で……ごめんなさ――」


レイ先生は私の口にそっと指を当てて、言葉を止めた。


「それなら、イブちゃんも謝らないで。

 原因は私にあるのに、イブちゃんが謝るのは違うと思うな。

 ……助けてくれて、ありがとう。

 イブちゃんと出会う前は、いつ死んでもいいと思ってた。

 でも、イブちゃんと過ごす日々が楽しくて……今は、生きたいと思ってる。

 だから、眷属化のことなんて気にしないでね。」


 胸が熱くなる。言葉が出ない。

 罪悪感もあったはずなのに、今はただ救われた気がした。


「〜〜〜〜〜 あっ! そういえば……吸血鬼になって、不便なこととかない?

 日差し、大丈夫?」


 初めて日光を浴びた時の感覚が蘇り、私は慌てて聞いた。


「フフッ。心配してくれてありがとう。

 イブちゃんが起きる前に、お母さんが結界を張ってくれたから大丈夫だよ。

 それに、もう夕暮れ時だしね。

 最初は自分でも結界を張れるか試してみたけど……常時張るのは結構大変だった。

 そのうち出来るように練習してみるよ。」


 さすがレイ先生。そして、さすがお母さん。


「……あれ? お母さんは? もしかして……」


 気配がしないことに気づく。


「察してると思うけど、イブちゃんが起きたタイミングで少し話して……帰っていったよ。

 『先に帰るけど、2人はゆっくり観光楽しんで』って。

 私はもう森の屋敷に帰ってもいいんだけど……イブちゃんはどうしたい?」


 レイ先生は、私に選択を委ねてくれた。


 なら――

 この国でまだ出来ていない、私の“やりたかったこと”をやってから帰りたい。


 そう。

 "食べ歩き"。


「レイ先生! 私、食べ歩きしたい!

 レイ先生も夕ご飯食べてないでしょ?

 私なんて1日中寝てて何も食べてないから、お腹ペコペコだよ〜。

 食べ歩き、いいよね? いいでしょ?」


 私の勢いに、レイ先生は笑って頷いた。


 美味しいご飯を、またレイ先生と食べられる。

 そのことが嬉しくて、胸が温かくなる。


 こうして私は――

 この楽しい一時を、心から堪能するのだった。


 お疲れ様です。 杯の魔女さんですよ〜


 はい!今回は速い投稿頑張りました。

 文字数が少ない? そんな事いわないでね〜!!


 今回は章の区切りとして、書いたので切りが良く終わるよう頑張りました。

 各キャラの視点が飛び飛びな話になってしまったけど、個人的によい出来だと思うので楽しんで読んでみてね。

 次回は閑話の予定です。 話がきり替わるので注意!


 次回もお楽しみに〜


 



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