転移先で遭難
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今度はどこに飛ばされた?
AWPを信用するなら、第一エリアってとこなんだけど……。
光でチカチカしていた視力も回復し、俺は自分の周りを見渡してみる。
『何やら面倒なことになったの』
《やっぱり絶対おかしいよなこれ》
「よかった、ちゃんと全員いるわね」
「何とかね……」
「でもここって……」
巫女服姿の真優が安堵の息を吐いたが、あまり楽観的な状況でないことは各々が察していた。
「誰もいないな……」
息を吸い込むと緑豊かな自然のかぐわしい香りがした。風が吹くたびに枝葉が揺れ、何枚か空に舞い上がる。
陽の光を遮るようにして、所狭しと立派な大木が門番のように立ち並んでいる。暗い、肌寒い、人の気配がない。
――俺達四人は、森の中に転移したようだ。
「ここが第一エリア……ってことはさすがにないよね……」
ははは、と乾いた笑みを浮かべる三条。そうであってほしいというよりも、そんなわけあるかという意があった。目が全く笑っていない。
「どうしてあたし達だけ……」
真優は変わらずいら立ちを隠しきれずにいた。けどそこに、さっきまで怒鳴っていた覇気のようなものは失せていた。
これはどちらかというと、現実を受け止めその上でどうにもならないと参りかけている風に俺には見えた。
こういう時、どう声をかければいいのだろう。三条とは今までほとんど関りがなかったし、真優とも……知らないうちに疎遠になっていた期間があったから、今の距離感の計り方がわからない。
「――みんなAWPはあるよね? 何かないか一旦確認しようよ」
みな俯いている中、拓己が自分のAWPを取り出して提案する。
確かに俺たちにとって、この異世界ではAWPが唯一の生命線だ。この端末には転移後に現地の情報も追加されると最初の説明で聞かされていた。
最初は自分のステータス以外の確認はできなかったんだけど、チュートリアルがすっ飛ばされたとはいえ転移を終えた今なら何か情報が手に入るかもしれない。
『情報がほしいのならここに三百年以上生きる歴史の証人がおるというのに』
《……俺たちが今どこにいるのか教えてくれ》
『……山の中じゃ』
《しばくぞ》
今すぐにでも地面に叩いてへし折ってやりたい気分だ。こっちは割とガチめに困っているというのに。
何が歴史の証人だ。そういうのを俺たちの世界では老害って言うんだぞ。
『そこまで心の中で罵倒しなくてもいいじゃろ……泣くぞ』
《…………》
やっぱり不便だこのシステム。プライバシー皆無にも程がある。これじゃあ本当に下手なことを考えられない。
ライゼルカに対して物申したいことはまだあるが、そんなに構っている暇もない。
俺もコートの内ポケットにしまっていた自分のAWPを確認する。
ホーム画面に表示されているステータス、それからパーティーメンバーはそのまま何も変化はない。
電源ボタン以外にボタンはないため、後は画面をタップしたりスライドをして切り替わってくれればいいんだけど……。
――数分の格闘の後最初に根を上げたのはやはりというか、言うまでもなく真優であった。
「こんっっっっっっっっの役立たずのガラクタが!」
「わあああっ! 真優ちゃんそれだけはダメだよ!」
AWPを叩きつけようとする真優を三条が正面から抱き着く形で阻止する。つまり一縷の望みをかけた結果はそういうことだ。
「どう思う拓己?」
「そうだね……一言で言えば、遭難かな」
俺たちの中で一番冷静だった拓己も、弱々しく首を振るほかなかった。念のため電源を入れ直す再起動も試してみたけど、意味はなかった。
もしかしてこれ詰んでないか……? そう口にしようと思ったけど、これ以上みんなが不安がらせるのは悪手だと思いやめることにした。
「――とりあえず、これからの方針を決める必要があるわ」
ようやく沸点の下がりきった真優が俺たちに集合をかける。恐らくこの山に来てから二十分ほど経っただろうか。時計もないため、時間の感覚があやふやな部分もあるけど……。
「現状あたしたちが取れる選択肢は二つ。ここに留まって誰かがやってくるのを待つか、出口を探して移動するかよ」
「もし山で遭難したら動かない方がいいとは聞いたことがあるけど、問題は今俺たちが山のどのあたりにいるかって話なんだよな」
「うん、海斗の言うとおり山の大きさや高さなど、全てにおいて僕たちは何の情報も持ち合わせていない。水も食料もない中で通りかかるかも分からない誰かを待ち続けるのはどうだろう……」
「じゃあここから移動する? 幸いわたしたちが今いるのは多分人の手によって整備された道だから、あとは右に行くか左に行くかになるけど」
――そう、いきなり絶望的な状況に追い込まれた俺たちに残された正真正銘最後の希望が、今俺たちが座り込んでいる横幅三メートルほどの山道だった。
辺りが暗くてそれほど遠くまでは見えないが、ここから伸びている道には一切木が生えていない。素人の目から見ても明らかに、人工的に作られた道である。
それに比べて周りの木々は、一体樹齢何年なんだと考えてしまうぐらい歴史を感じさせる立派な出で立ちで、その分地面にも根っこが深く入り込んでいた。
これに関しては三条だけでなく全員気づいていたようで、話は次のステップへと移りつつあった。
――その時だった。
風も吹いていないのに、俺は全身に鳥肌が立ったような寒気を感じた。
『お主も気づいたか。スキルのおかげじゃの』
《スキル……?》
『確か【第六感】を獲得しておったじゃろ。あれがあると近づいてくる者の気配を察知できるのじゃ。恐らく今回は大方ここに住む魔物じゃろうが』
《魔物!? 早くみんなに知らせないと!》
『慌てる必要もなかろう、ここが始まりのエリアならそんな強い魔物もいないはずじゃ。飛び出してきたところをワンパンKOじゃ』
ライゼルカの言うことは一理ある。俺も自分で実感できるぐらい、あの地獄の修業で強くなった。レベル800台がどの程度の物なのかはまだ分からないけど、まあ何とかなるだろう。
「どうしたのよ急に立ち上がったりして」
これからどっちに進もうかという話し合いの最中、突然の俺の行動に対して訝しげな視線を向けられる。どっちかというと、怪しまれないよう説明する方が面倒だな……。
「いや、なんか背中の方から変な視線を向けられている気がしてさ」
「変な視線……? ちょっと、怖いこと言うのやめてよね」
真優は全く気付いていないみたいだった。真優が座っているのは俺の真正面。位置的に一番最初に視界に入ってきてもおかしくはない。
「僕は何も感じないけど……三条さんは?」
「わたしも――」
と、言いかけた言葉はノイズのような木々の騒めきによってかき消されることになる。
一か所だけあまりにも不自然すぎるその音と揺らぎ方に、三人も反射的に立ち上がる。
「えっ……噓でしょ」
「人……ではなさそうだね」
「小人さん……?」
『ゴブリンじゃ』
生まれて初めて目にする異形の存在。身長は俺の半分ぐらいで大きな頭、長い鼻が特徴の緑のモンスター。
『ユーリよ、よく目を凝らしてみてみろ。敵レベルが自分より低いとステータスも確認できるはずじゃ。まあゴブリンじゃとせいぜい10あるかないかだろう』
《なんか急にサポーターみたいになって役に立ち始めたな》
『ふっ、妾を誰だと心得てお――』
あんまり凝視したくはないけど仕方ない。向こうもこちらの存在に気づいたのか、暗闇の中でもそれが分かるほど黄色く光る両目が俺を捉えた。
目の前の邪魔な枝をへし折り伸びた雑草を両手で掻き分けながら、ゆっくりと近づいてくる。距離はまだ十メートルはあるはず。よし、見てみるか。
…………あれ。
《おい、このポンコツほら吹き魔王》
『な、なんじゃその呼び方は⁉ さっきまで妾のことを褒めてくれていたではないか!』
《無効だ無効。それよりもどういうことなんだこれ》
『何がじゃ?』
最初は見間違いかと思って、一旦目を閉じて再確認した。でもその数字は、何度瞬きをしようが視線を切ろうが変わることはなかった。
『あのゴブリン、レベル324あるんだけど…………』




