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第七節 棒の勇者、斧の勇者と戦う(上)

 イナチャゴを去った後のカヨ達の旅はとても好調に進んでいた。序盤にオークの大群やサイクロプス等の強敵を倒した事によって確実に実力が着いてきているのだろう。

 現れる魔物を皆棍棒で薙ぎ倒し、気が付けば故郷であるカイナ村から遠く離れたシガヒ王国の首都ヨトキに到着する所だった。


「いやあ……意外とあっさり首都に着いちゃいましたね」


「早く街で休もうぜ」


 ショウとピーターはまだまだ元気が有り余っているようだ。が、


「はあ、はあ……、お前ら好き勝手言いやがって……。

 魔物と戦っているのは大概私一人じゃないか……」


 カヨは消耗しきって今にも倒れてしまいそうだった。着ている皮の服もあちこち破れたりほつれていて戦闘の激しさを物語っている。


「何勝手な事いってるんですかカヨさん。僕だってちゃんと旅に貢献してますよ!」


 ショウは自信溢れる表情で胸を張った。カヨは呆れながらも尋ねる。


「お前が何をしたんだよ?」


「ほら、食事とか洗濯とか」


「それは俺が全部やってるだろうが」


 横からピーターが口を出した。それと同時にショウの額から冷や汗が吹き出す。


「あれぇ? そうだったっけかなぁ?」


 ショウはおどけて口笛を吹いた。その様はイナチャゴの街を破壊したサイクロプスをも凌駕する憎らしさだったのでカヨは遠くから走り込んでショウに飛び蹴りをかました。


「ぬぁっ……! 何をッ!?」


「少しは何か仕事しろやっ!」


 カヨは憤慨しながらショウを見て言った。先程まで引きずっていた疲労もどこかに行ってしまったらしい。


「僕が思うにですね……カヨさんが戦闘をして、ピーターが家事全般をして、そして僕が癒し系として殺伐とした魔王討伐の旅に一服の笑いと癒しを届けると……」


「ほざけ」


 カヨの鉄拳はショウの顔面にのめり込んだ。


「うぎゃあああ!! 鼻が曲がってるよぉぉ!」


「行くぞ、ピーター」


「働かざる者食うべからずってね」


 カヨはピーターと共にヨトキの門へと向かっていった。


「置いてかないで!」


 ショウはむくりと立ち上がり、遥か前方に行ってしまったカヨ達を追い掛けた。





「やっぱり城塞都市と言われるだけあって厳重な警備ですねぇ……」


 このシガヒ王国首都ヨトキの周辺にはワイバーンを始めとする強力な魔物が沢山生息している。そのため都市全体が、防御呪文がびっしり書かれている塀に覆われているのである。

 この塀の防御呪文によってワイバーン等の襲撃を防ぎ、更に上空から侵入してくる場合に備えて、塀の上に何箇所か設置された物見櫓で絶えず弓兵、魔術師が見張っている。

 カヨ達が訪れた南門も門番が四人程度槍を構え抜け目無く見張っていた。


「何もやましい事は無いんだから大丈夫だろ。

 それにこっちは勇者だ、無下に追い払う事も出来ないはずだ」


 カヨはそう言うと真直ぐ門番の方へ近づいていった。仕方ないので二人も後に続く。


「待って下さいよ~」


「前科持ちだからこういう所苦手なんだよな……」



 カヨが話し掛けた門番はまだ若く、生真面目そうな男だった。王国軍の紋章の入った鎧をびっちり着こなしている。


「すいません、あの私達旅の者ですけど……。ヨトキに立ち寄りたいので門を通して戴きたいのですが」


「旅の方か。ふむ、三人か……。通行許可証は持っているか?」


「門番証? そんな物ありませんけど」


「じゃあ何か身分を証明出来る物は……?」


「いんや、それもちょっと……」


 カヨは冷や汗を流しながら必死に応対した。後ろではピーターにショウも同様にしている。

 若い門番は目を鋭くし、他の門番も集まってきた。


「貴様らまさかこの城塞都市ヨトキの門を潜るのに通行許可証が必要だったと知らぬ訳ではあるまいな。

 一応だが所持品の検査を行わせてもらうがよろしいな」


 カヨが何かを言うよりも早く門番達はカヨ達を囲み無断で荷物を漁り始めた。


「──! ちょっと待てよ!? やましい物なんて何も持ってないしいきなりこんな事するのはマナー違反じゃないのか!」


 カヨの叫びを無視し門番達は荷物の検閲を続ける。そして一人がピーターの風呂敷に目を付けた。


「その風呂敷の中、何が入ってるんだ?」


「や、特に何も──」 


「見せてみろ」


「やめろって! そんなに風呂敷を引っ張らないでくれ──おわぁっ!!」


 勢い良く風呂敷が解け、中の荷物が散らばった。それを見た門番の一人が、


「──不審者だ……」


 と言った。散らばったのは女性物の下着だったからだ。

 気まずい沈黙が辺り一面に流れる。女性物の下着は門の近くのあちらこちらに散らばり、その内の一枚はあの生真面目そうな若い門番の頭の上へと落下した。

 誰もが何か言おうとしては口をつぐんでいたが、この沈黙を打ち破ったのは意外にもカヨだった。


「…………これ、私の下着じゃねぇか……」


「違うんだよカヨ! これはだな、その、アレだ……実用と保存用と鑑賞用にだな──」


「ざっけんなぁぁ!!」


 必死に弁解せんとするピーターの顔面にカヨの必殺三角蹴りがヒットした。


「てめぇ何仲間のパンツ盗んどんじゃ我コラァ! 最近下着少ないなぁと思ってたらおどれのせいだったんかいやぁ! 実用って何じゃ実用ってなぁ!?」


「痛っ! 違う違う、誤解だ許してくれぇ!」


 カヨは倒れたピーターの顔面をここぞとばかりに踏みまくる。

 何で疲弊しきって早く街で休みたいって時にこんな目に会わねばならないのか?

 カヨの頭の中は怒りで一杯だった。


「……おい貴様ら、少し話を聞かせてもらおうか」


 カヨはその言葉でようやく我にかえった。しかし時既に遅し。若い門番は頭に乗ったパンツを払い除け、眉をひくつかせながらそう言った。後ろでは別の門番が小型の何やら黒っぽい物に向かって喋り掛けている。


「違うんです! ……あ、これ私の下着ですから今拾います……、はい。

 今度はちゃんと通行許可証持ってきますんでそれじゃ。ショウ、ピーター、戻るぞ」


 そう言ってカヨはピーターを引き擦ってショウと共に門を去ろうとする。


「全員あの不審者共を追い掛けろ! 直ぐにだ!」


 門番の隊長らしき男がそう言うやいなや男達が一斉にこっちへ向かってきた。

 黒い制服から警察隊と思われるが一体何故こんなに直ぐに駆け付けたのか……?


「あの黒いやつか……!」


 さっきの黒い物はどうやら警察隊と連絡を取るものだったようだ。流石城塞都市、警備は万全という事か。


「やばいですよカヨさん! ここで逃げ切れても僕ら犯罪者になっちゃいます」


「今はとにかく逃げることだけを考えろぉ!」


「何か僕逃げ足速くなってきた気がします……」


 カヨはピーターを担ぎ上げ、全速力で駆け出す。ショウもいやいやその後に続いた。

 カヨは一目散に来た道を走り抜けた。このシチュエーションは一体何回目だろうか……。ここまで色々な物に追い掛けられ続けるともはや慣れさえ生じてくる。


「なんだこいつら!? 全然追い付けないぞ!」


「へへーん! 誰が権力の犬なんかに捕まりますかぁ。 お尻ペンペぇーン!」


 ショウが挑発で警察の怒りを煽る。盛大に首を絞めている事に気付いていないようだ。


「バカやろっ! いらん反感を買ってどうするんだ!?」


「勇者は有名になってなんぼでしょうが!」


「それが汚名じゃ意味無いんだよ!」


 必死で逃げながらも会話が交わせるというのは日頃の悪行の賜物だろう……かなり虚しいが。

 しかし前を見ずに走るというのは流石に無謀だったようだ。カヨは何かに思いっきりぶつかって派手に倒れてしまった。


「ぎゃぶっ! ……何だぁ?」


「何なんだいアンタらは。いきなりぶつかってきて……」


 カヨがぶつかったのは女性だった。兜からはみ出す金髪は肩くらいまでだろうか。鈍く光沢を放つ重そうな金属性の鎧を隙間無く装備している。

 そして、巨大な斧だ。彼女は背中に大人と同じ程の大きさの斧を背負っている。戦士だろうか。


「すみませんちょっと急いでて──やばい、追い付かれたぁ!」


 カヨ達がじたばたしている内に警察隊は追い付き、手早く周囲を取り囲んだ。


「我らが精鋭ヨトキ都市警察隊を舐めないで欲しいものだ……特にそこのガキ」


「ひいぃすいません調子に乗りすぎましたぁ! 何でもするからどうかお慈悲をぉ!」


 警察隊が何かする前にショウは全力土下座をした。その体勢のなんと素晴らしい事か。本当にこういうスキルだけは神掛かっている。


「これまでか……」


 カヨが自身の行動を反省し諦めかけた時、ずっと黙っていた戦士風の女性が口を開いた。


「すまないね警察隊の方々。こいつらはあたしのツレなんだ……、田舎から出て来たばっかりでちょっと戸惑っちゃったみたいでね」


「何だ貴様は? こいつらは不審人物だ、何か身分を証明出来る物があるのか?」


 警察隊の一人がそう尋ねる。すると女性は鎧の隙間からカードのような物を取り出した。


「これでどうだ? ツレの無礼は謝る……すまなかったな」


「これは──失礼致しました!! 今すぐ撤収します!」


 警察隊は慌てた様子でそう言うと手早く撤収していった。

 警察隊が去っていくのを見送ると女戦士は三人に声を掛けた。


「あんたら大丈夫だったかい? まぁあいつらは生真面目過ぎるのが玉に瑕だが街を守りたいって気持ちは本物なんだ。勘弁してやってくれ」


「は、はぁ……そうですか」


カヨは苦笑しながら頷いた。警察隊に追い掛けられたのは殆どカヨ達(特にカヨの下着を大事そうに持っていたピーター)の責任なのだが。


「あなたは一体何者なんですか?」


 ショウがそう尋ねると女戦士は待ってましたとばかりに兜を外し語り出した。金髪が平原の風になびく。


「あたしの名前はエルザ・ド・ウォーリアー。

 シガヒ王国傭兵隊部隊長にして──『斧』の勇者さ!」

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