第六節 棒の勇者、街をゆく(上)
「いやはや! 本当に街っていうのは広いですなぁ」
「調子のいい奴め……」
カヨ達はイナチャゴの街に着いていた。
イナチャゴの街はカイナ村のある山を下ったらすぐある割と大きな街である。酒場に宿屋、教会などは勿論の事、広場の中心には大きな鯉の噴水まである。街の人々はこの噴水をシャチボコの泉と呼んでいる。
「いやっほーい!
……それにしても人っこ一人見かけませんね?」
「当たり前だろ! 今何時だと思ってるんだ」
カヨ達が街に着いたのは明け方だった。イナチャゴの街は娯楽施設が少ないので夜や明け方に出歩く市民は少ない。
「まさか……この街も魔物に襲われたんじゃ!?」
「お前私の話聞いてんのかよ! こんな時間に街をうろつくような怪しい奴がいる訳ないだろ──」
カヨの言葉が突然止まった。目の前に不審な何かが見えたからだ。
「どうしたんですか? 無駄口はこのくらいにしてさっさと宿屋で休みましょうよ」
「おいショウ、アレ見ろ! 泥棒だ!!」
「はぁっ?」
カヨが指を指した方向には今まさに民家から出てくる男がいた。
黒い短髪に薄汚れた皮鎧……そして短刀を腰に差している所までは一般的な冒険者である。
しかし彼は背中に緑の唐笠模様の風呂敷をくくっていた。風呂敷からタンスとか傘とかチワワとか色々はみ出してパンパンになっている。まさに泥棒の見本というべき姿である。
「典型的すぎだろ!!」
カヨは突っ込まずにはいられなかった。
「やべぇばれちまったよ! 逃げるしかねぇぇ!」
泥棒は無駄にテンション高く逃げ出した。風呂敷からチワワが飛び出す。
「待て盗人め!!」
「面白そうだから着いていこっと」
「ワンワン(僕と遊んでヨ~♪)」
「うわぁっ! 泥棒を追い掛ける上でチワワが邪魔すぎる!」
「この腐れ犬めっ!」
ショウはチワワを投げ飛ばした。チワワが明後日の方向へ吹き飛ぶ。
「キャイーン! (うわぁっ!)」
「あっ、礼ならいいですよカヨさん。ただ動物を苛めたかっただけですから♪」
「お前ほんっと最低のゴミ野郎だな……」
ショウのゲスっぷりに呆れている間にも泥棒は逃げていく。
「何をつべこべ言ってるんですか、さっさと追いますよ」
ショウは駆けていった。
「……もうこいつやだ」
カヨはため息を吐きながら渋々後に続いた。
「何だよこいつら!? すんごい追い掛けてきやがる!」
泥棒は街の外れの方へと向かっていた。
「まてぇ盗人、勇者的にこういう展開は嫌いじゃない!」
「ひゃっはぁ!」
その泥棒を二人が追い掛ける。しばらくして泥棒の方が急に立ち止まった。どうやら先は行き止まりのようだ。
「やい泥棒、観念しろっ! そしてその荷物を家の人に返すんだ」
「ようやく勇者らしい事ができますな!」
民家の壁をバックにカヨ達が泥棒を追い詰める。泥棒の額を汗が流れる。
「……くそっ! こうなったらお前らをやっつけてやる!」
泥棒はやられ役全開な台詞を吐いて素早くカヨ達に襲い掛かった。
「は、速い……!」
「おりゃりゃりゃあぁ!!」
泥棒は拳を振りかざし次々に攻撃を繰り返す、が──
「よ、弱い……!」
泥棒の攻撃は全然カヨに効かなかった。コボルトやオーク、母の攻撃の百分の一にも満たないだろう。
「うらららららぁどうだどうだ!」
ポカポカと泥棒はすごく頑張ってカヨを殴っている。何故腰に差している短刀を使わないのだろうか?
「はぁっ、はぁっ」
ついに泥棒はばててしまった。そこをついてカヨは泥棒を軽く棍棒で小突いた。
「ぐべらはっ、や、やられたぁ……」
「弱っ!? 何コイツ! ここまで引っ張っといてこの程度かよ」
「僕より雑魚い奴初めて見ましたよ……」
泥棒は体力が低かったようだ。カヨ達はとりあえず泥棒を縛っておくことにした。
「よいしょっと」
「……っておい! 何お前亀甲縛りにしてんだよ!? 普通に縛れよ!」
「趣味ですが何か?」
「もう少しマシな趣味を持て!」
「何だ何だ!?」
騒ぎを聞き付けたのか街の人々が集まってきた。
集まった人々の目に写ったのは血塗れの服を着た女、ニヤニヤしている少年、亀甲縛りで気を失っている男……。
「なんだ、変態か……」
「いや、違うからね!? この男泥棒だからね!」
カヨは必死に弁解しようとする。
「う、ううん……、何だあ?」
その時泥棒が目を覚ました。どうやらまだ自分の置かれている状況を把握できていないようだ。
「ほら、目を覚ましたぞ! こいつに話を聞けば分かるはずだ!」
「あんたさっきの奴か……?」
「ああそうだ! さあ正直に白状しろ!」
「分かったよ……。
実は俺……、あんたに惚れた。俺と付き合ってくれ」
「おい聞いたか今の! こいつは泉の近くの家から物品を根こそぎ盗んで…………、て何ぃぃぃ!!」
泥棒は確かに白状した。犯行についての自白では無かったが。
「何だ青春の一ページか……」
「いや違う待ってくれ、こいつは泥棒なんだ! ほらそこに盗品が散らばってるから」
カヨの行動は完全に裏目に出てしまったようである。
「公衆の面前で愛の告白をさせるなんてね」
「若気の至りって奴か……」
「ずいぶんお盛んな事でね」
「だから違うって!」
「みんなありがとう! 俺、幸せになります!」
「お前は勘違いすんな! 誰がいつオーケーしたんだよ!」
街の人々は騒いでいるカヨや泥棒に「ほどほどにねぇ」と口々に言いながらその場を去ろうとした……。
「まあまあ、皆さんちゃんと話を聞いてあげて下さいよ」
しかしショウが立ち去る人々を引き留めた。
「何だ少年? このお姉さん達に何かされたのか?」
「待て! まるで私が変態みたいじゃないか!!」
人々はショウを心配して口々に疑問の意を示した。どうやらカヨは変態で確定らしい。
ショウは街の人々をなだめると事情の説明をし始めた。
「その女の人──カヨさんは本当に泥棒を捕まえただけなんです。
もっとも、縛り方に問題があったのは確かですがね」
「だからそう縛ったのはお前だろ!」
「成る程! この女性は勇気ある変態だったんだな!」
「いや微妙に違う! 私は変態なんかじゃない!!」
「あそこに散らばってる荷物はわしの物じゃないか!? シンディもいるぞ! 可哀想に……泥棒に殴られたんだな!」
「クーン!! キャンキャン!! (おじいさーん!! 怖かったよぉ!!)」
ショウから説明を受けた市民達がどよめく。そして盗難にあった被害者のお爺さんにチワワのシンディちゃんが飛び付く。
シンディちゃんを殴ったのは他でもないショウなのだが……。
「この泥棒め! 豚箱にぶち込んでやる」
「わしの可愛いシンディに酷い事しおって!」
「何ふざけた縛られ方されてんだよこのドマゾ犯罪者めが!!」
「いて! 痛てて!! 違う!チワワは殴ってないって!!」
泥棒は余計な罪まで被せられた上ボコボコにされた。ともあれ事件は解決したようだ。
「ありがとう! 勇敢な少年と変態な女性よ!」
「私は変態じゃないからな!?」
少々勘違いは残ったが勇敢な変態としてカヨは称賛された。ショウも言葉を続ける。
「いやぁ、当然の事をしたまでですよ……、まあ何と言ってもこちらのカヨさんは──『棒』の勇者ですからね!」
静寂。急に街の雰囲気が一変した。
「…………あれ、急にどうしたんだ。何かショウがまずい事言ったのか?」
ショウが『勇者』という単語を出した瞬間街の人々全員が凍り付いた。
「……勇者……だと……!」
しばらく経ってようやく若い男性が声を出した。
「ああ、私は勇者だ。まあ信じられないだろうけどな」
「捕らえろ……」
誰かがポツリと言った。
「え? 今なんて……」
「そいつも捕らえろ!!」
突然人々は騒ぎだしあれよあれよと言う間にカヨは泥棒と一緒に捕らえられてしまった。
「今回は僕、悪くないよね……?」
一人残されたショウが寂しく呟いた。




