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第五節 棒の勇者、と剣の勇者

「ああ……。思えば短い人生だった……」


 カヨの記憶が走馬灯のごとく走り去る。

 初めて父と遠出をして、イナチャゴの街まで出掛けた事。母が週五で作っていたコボルトのハンバーグ。怪我をした時には何故か必ず駆け付けてきた男衆。

魔物に襲われた時は死ぬ程口に薬草を詰められたっけな。

 脳裏に楽しかった記憶と苦しかった記憶が二対八くらいの割合で流れてゆく。


「ふがぁ」


 掛け声とともにオークの一匹が持っていた斧を振り下ろす。それがカヨの最後の記憶──


「ふげげっ!」


「ふががっ、ぐっ!」


 ──にはならなかった。斬撃の音とオークの悲鳴が聞こえる。


「どういう事だ……?」


 カヨはおもむろに目を開ける。どうやら助かったらしい。


「どういう事なのだこれは! 一体何が起こっているのだ!?」


 角大男も思わぬ事態に困惑しているようだ。

 その間にもオーク達が次々と倒れてゆく。死体に目をやると皆首が跳ねられていた。


「まさか、剣で斬ったのか?」


 カヨはぼんやりとした頭で考えた。そして、オーク達が全員首を跳ねられた後に、今まで居なかった人影が現れた。


「見つけたぞ。魔王の部下よ」


 現れた男は彫像のような綺麗な顔をしていた。金の髪は星のごとく美しく輝き、腰までまっすぐと伸びている。

 携えている剣は血で染まっても尚気品がある。コボルトからぶん取ったカヨの棍棒とはまるで格が違う。恐らくは聖剣だとか言われる類いの剣であろう。

 そして右手に書かれている『剣』の文字がなにより勇者の証明をしていた。


「貴様は……!」


 角大男が何かを言うよりも早くその男は素早く懐に飛び込み、剣を振った。

 カヨが瞬きをした時にはもう、角大男の首から上は無くなっていた。

 その一連の動きの美しさと素早さにカヨは言葉を失ってしまった。


「…………」


 男は魔物を倒すと、カヨの方へ向き直った。


「えーと、何か……?」


 カヨは弱った体でそう答える事しかできなかった。どうやら助けてくれたようだが、正直怖くてすごく体が震えていた。失禁こそしないが失血がひどい。


「…………」


 男は何かをカヨに投げ渡した。どうやら回復薬のようだ。有り難いのだが非常に気まずい。


 「大丈夫?」だとか「あんな奴にやられるなんて……(笑)」だとか何でもいいからせめて一声掛けてほしい。


「あ、あざす……」


 礼を言いカヨは素直に使わせてもらう事にした。丸薬状のそれを一粒飲み込むとそれだけで身体中に失っていたエネルギーが戻った気がした。


「すげぇ……」


 思わず感想が口から漏れてしまう。


「『棒』の勇者はお前だな……?」


 カヨが回復したのを確認すると、男……右手に紋章のある剣の勇者は語り掛けた。


「あ、ああ」


「今の角は魔王の部下の『デーモンビギナー』だ。恐らくオーク達を引きつれて新しく生まれた勇者を早速殺しに来たんだろうな。

 しかしあの程度のオークの軍団にやられるようではまだまだたいした事無いな」


「全くだ。勇者と聞いて旅に着いてきたらこの弱さ……。

 全く先が思いやられる……」


「ショオオオ!!」


 カヨはショウを素早く捕らえると首を締め上げる。ミシミシと音がするが剣の勇者は特に気にしていないようだ。


「ぐええぇ……」


「あんたはあのデーモンビギナーを倒しに来たのか?」


 カヨはショウの首を締めながら剣の勇者に問い掛ける。


「それはおまけだな。

 俺の本来の目的は、新しく現れた勇者を殺す事だ」


 まるで何事も無いかのように剣の勇者はそう言い放った。


「何だって!?」


 カヨは驚きの余り締め上げていたショウを投げ飛ばしてしまう。


「ぎゃああああちょっと待ッ!!  ……ぶくぶくぶく」


 投げられたショウは近くの木に激突してそのまま泡を吹いて失神してしまった。


「勇者は全国各地にいる。俺はこれまで並み居る勇者達を殺してきた……」


「何だってそんな事するんだ!」


「勇者はそう何人もいらない。勇者の数が少なければ少ない程この紋章の力は強くなる。

 その証に今は筆で書いたような紋章だがやがて更に黒く太い字になっていくだろう……」


「いやダサッ! この字これ以上太くされてもな……」


「多数の無駄な勇者などいらない……!

 俺は強くなって一人で魔王を倒す。それに俺はこの紋章のデザインを結構気に入っているんだ……」


「お前センス悪いな……、待てよ、それじゃあ私も殺されるのか!?」


 カヨの頬から汗が一筋流れ落ちる。安堵は一転して緊張に変わる。


「いや、俺は『強い』勇者にしか興味が無い……。

 ましてや『棒』の勇者なんて、……ププッ」


 しかし『剣』の勇者は意外にもそれを否定した。


「てめえ馬鹿にしてんだろ!! 確かにダサいけど!!」


「貴様の成長を待ってもう一度……まあ無理か、棒の勇者だしな。ププププッ」


 そう言って剣の勇者とさっきの緊張感は素早く走り去っていった。クールキャラでは無かったようだ。

 必死に笑いを堪えながら行っていったのを見るにどうやらつぼにはまったらしい。


「助かったけど何かすげぇむかつく! ……でもこれからは勇者ってだけで命を狙われるのか?」


 カヨはこれからの行く末に不安を感じた。これからカヨを倒しに来るのは魔王軍だけではなく、力を求める勇者もなのだ。きっと厳しい戦いになるだろう。


「まあとりあえず街に行くか。装備品もダメダメだしな」


 必死でオーク達から逃げている内にいつしか街のすぐ傍まで来ていた。とっくに日は暮れて、月が顔を出している。

 カヨは歩きだす。これから待ち受ける危険に挑んでゆくために。


「あれあれカヨさあん? 僕は置いてけぼりですかねぇ」


 そのカヨを早速危険分子が追い掛けていった。

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