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最終節 棒の勇者、そして何処へ行く

 眠っていたカヨの目に、暖かな光が差し込む。サタンの放出した擬似的な光じゃない、太陽の光だ。

 カヨは目を擦ると、大きく伸びをした。


「うぅ~ん……」


「カヨさーん、朝の検診の時間ですよ」


「ん、分かった」


 ここは国立ヨトキ病院。カヨは勇者達の中でも特に無茶を沢山したためここに入院していたのだ。


 あれから三ヶ月経つ。魔王が復活して、また敗れて──ナイトが消えてから。

 外は寒かった季節が終わり、蕾が芽吹いて春の陽気が漂い始めている。



「うん、順調だね。これなら明日にも退院できるだろう」


「世話になったな」


「まあ今日一日は大事を取って休みたまえ」


 医者の台詞を聞くとカヨは立ち上がり、礼をして診察室を後にした。

 廊下を進みながらカヨは考える……これから何をしようか。

 カイナ村の人々は結局最後まであの薄汚い老人が魔王サタンだとは思わなかったらしい。仕方なく老人は旅立ったと適当に嘘をついておいた。

 カイナ村の人々は現在カヨに送られた様々な賞状や報酬金など全てを使って、世界一周旅行に出掛けているらしい。娘が入院しているのに気楽なものだ……これも平和になったからかもしれない。


 カヨはぼんやり病室の窓から沈む夕日を眺めて、そんな事を考えていた。もうすぐ退院なのに、何だか余りいい気分ではない。ナイトの件がずっと引っ掛かっているのだろうか。

 ドアをノックする音が急に聞こえたため、カヨは「開いてる」と言って視線を窓に戻した。



「カヨさーん! ショウですよっ!」


「果物持ってきたわよ」


「明日退院なんだってな。よかったな、カヨ」



 ショウがばたばた駆けてきてカヨに飛び掛かって来たためグーで顔面を殴り飛ばした。如意棒は元あった祭壇に戻してもらったためもうここにはない。


「すまんな、忙しいだろうにわざわざ見舞いなんて」


「ははは、いいさそんなの」


「わたしだってたまたまヨトキにいただけだし」


 カヨはショウを投げ飛ばすとピーターとミーシャに礼を言った。

 ショウはカイナ村に戻らず、そのままミーシャと共に旅に行くらしい。今までの贖罪も、これからの希望も含めた旅だ。

 ピーターはセシローの右腕としてまさかの役人になった。前科のある人間としては破格の出世である。


「これセシローから。退院祝いだってさ」


「花か。中々綺麗じゃないか」


 カヨは美しい白の花束を抱えて微笑む。これは確かシガヒ王国王家の紋章にも描かれている由緒正しい花だったはず。

 ピーターはそんなカヨの様子を眺めていたが、やがて緊張した面持ちで、


「それで……さ、カヨは退院した後どうするんだ? カイナ村の人々の世界一周旅行に合流するのか……?」


「さあな。まだ決めてない」


 カヨは肩をすくめる。


「そ、そうか……だったらさ」


 ピーターはいつもよりずっと緊張した様子でずっとそこでもじもじしていたがやがて、


「俺と一緒にこのヨトキで働かないか……? セシローもお前が来るの待ってるぞ。まだまだ国は再建しなきゃならない所が沢山あるし大変だけどとってもやりがいのある仕事だぞ……どうだ……?」


 ピーターの言葉にカヨは悩む。国で働けば一生食うには困らないだろう。そもそもカヨのこれからの未来なんて傭兵になって何処ぞで生きるかカイナ村に戻って農民として生きるかのせいぜい二択くらいしかない。

 そこに表れたこの第三の選択肢はとても魅力的だ。普通の人間なら、国で働くという選択を間違いなく取るに違いないだろう。だがカヨは、


「ごめん。私国では働けない……。私頭あんまよくないしそんな奴がいても邪魔なだけだしさ」


「そんな事ない! カヨならきっと──」


 ピーターはカヨの表情を見て途中で言葉をやめてしまった。そしてそのままピーターも俯く。

 病室内に気まずい沈黙が流れる。

 やがてその重苦しい空気に耐えかねたのか、ミーシャが場違いなくらいの明るい声を出す。


「そ、そーいえばハクサイさんってドエの街の領主様になったらしいわよ! すごいわね~」


「ケヴィンさんもエストー帝国の将軍になったんですって! ピーターさんこの前会ったんでしょ?」


 ショウも加わり何とかこの場を盛り上げようとした。ピーターもそれを察してショウの問いに頷いた。


「ああ、全く変わってなかったよ。すまないな、こんな湿っぽい感じにして……」


 そう言ってピーターは恥ずかしそうに頭を掻く。カヨも余り湿っぽいのは嫌なのか質問をする。


「レイヴンやアルカードはどうしたんだ?」


「ああ、彼らはまた何処かに旅立ちましたよ。まあ僕らも旅しますからまた何処かで会えるでしょ」


「そっか……」


 カヨはそこで笑った。さっきまでの暗い笑顔ではなくカヨ本来の底抜けに明るい笑みだ。


「もう日も沈んでますし、今日の所はここらでお開きにしましょうか。ではカヨさん、また明日来ますから」


「おう、じゃな」


 カヨはそう言って退室する三人に手を振った。

 暗闇の下、カヨはまた眠れない夜を送っていた。目が冴えているから……というよりはむしろ、これからの事を考えると全く眠りに就けなかったのだ。


 ショウにミーシャ、レイヴンやアルカードなど旅立つ者がいる。

 立派な事だ。どちらもそれぞれ思いを抱えていつ終わるのか分からない旅を続けるのだろう。


 ピーターにハクサイ、ケヴィンなどのように国の──世界の再建に尽力する者がいる。

 カヨには真似できない。余り人々の先陣に立ってあれこれ指揮するのは得意ではないし、城の持つ雰囲気は未だカヨには合わない。



 ……自分でも分かってはいる。本当は自分のやりたい事が分からないから悩んでいるのではない事くらい。

 カヨはずっとずっと、心の何処かに負い目を感じているのだ。巨大な口に飲み込まれたナイトに対して。

 彼は最後にそうなる事をまるで喜んでいたかのように笑顔を浮かべ、そしてサタンや魔王軍と共に姿を消した。

 後に残る人達の事なんか考えていなかったのだろう。だがカヨの心にはその事での後悔がずっと深く刻まれている。


「バカヤロー……辛いからって逃げやがって……」


 彼はずっと勇者を狩ってきた事に対して後悔をし続けていた。エルザを殺してしまった事などその最たる例だろう。

 だからこそカヨは、彼はこの世界で罪を背負い続けるべきだったと思う。償いだのなんだの屁理屈こねてサタンと共に何処かに消えるべきではなかったのだ。



 だんだんカヨの心に静かな怒りが生じ始めた。

 自分はこんなに後悔に苛まれているのに奴は満足気に何処ぞの異次元を漂っているのだ。罪から逃れて笑っているのだ。

 無論カヨがそのナイトの様子を実際に見た訳ではないがどんどん想像は膨らんでいく。




「あ……っ!」




 カヨはそこで気付いた。自分がずっとやりたかった事に。無理だろうといつの間にやら心の奥底にしまい込んでいたもう一つの選択肢に。

 やっぱり馬鹿げているとは自分でも思う。だがもはや、今のカヨにはその選択肢以外の道を選ぶつもりはなかった。



「カヨさーん、退院おめでとう!」

「また体に異常があればすぐ我が病院に来て下さいね!」



「ありがとう、ナースさん、ドクター!」


 カヨは病院中の人々に見送られ病院を後にした。前方にはミーシャ、ショウ、ピーター……それにセシローの姿も見える。


「カヨ、退院おめでとう!」


「おう。何だお前、少し背ェ伸びたんじゃねえのか?」


 カヨがそう言ってセシローの頭を撫でるとセシローは嬉しそうに目を細めた。


「でさ、カヨ。やっぱり僕達と一緒にはたらく気はないの?」


 セシローが真摯な目でカヨを見つめる。昨日までならまたしどろもどろになっていただろう。

 だが今のカヨには昨日見せた迷いはない。


「すまんな。実は進路はもう決めてあるんだ」


「そっか……頑張ってね、カヨ!」


 セシローは少し残念そうに俯いたが、すぐに笑顔に戻りカヨに激励の言葉を掛ける。セシローの国王としての、また一人の少年としての成長がそこに伺えた。


「カヨ、進路ってやっぱり──」

「ああ、分かってるなら皆まで言うな」


 カヨはピーターを制す。ピーターも「……頑張れよ」と呟いて、去るセシローと近衛兵を追い掛けていった。


「いやあでも」「カヨさんがそんな進路を選ぶなんてねぇ?」



 残ったミーシャとショウはカヨを茶化す。カヨは「うるせぇ」と言って軽くショウを追い掛けた。


「でも中々ロマンチックな進路だと思うわ、わたし。いずこへ消えてしまった男を追い求めて旅を始めるなんて」


「ピーターさんは可哀相ですけどね」


 きらきら目を輝かせながら遠くを見るミーシャにショウが冷静に突っ込む。

 カヨは頭を掻きながら、


「そんなんじゃない……とは言い切れないけどさ。やっぱこのまま終わったら目覚めが悪いんだわ、私」


「いかにもカヨさんらしいですね」


「そうか?」「そうですよ」


 ショウの言葉にカヨは笑う。釣られてショウもミーシャも笑った。



「じゃあ、僕らも行きます。僕らはメリカ共和国方面に向かいますから進路が逆ですね」


「ああ、達者でな二人とも」



 カヨは二人ぴったりと寄り添って離れてゆくショウとミーシャに手を振った。二人も手を振り返し、やがて地平線の向こうに消える。

 カヨは再び一人になった。そしてコボルト印の棍棒を握り締め、ショウとミーシャと真逆の門へ歩みだす。


「そういや一人旅って初めてだな……」


 今までのカヨの旅はいつもショウとピーターと一緒で賑やかだった。あの時は二人は足手まといだとばかり思っていたが、あの二人がいなければカヨの旅は完遂できていなかっただろう。

 一人旅も中々新鮮だ、とカヨは思う。いつ達成できるか分からない目的を抱え宛てなく放浪する……それも悪くないだろう。


 カヨはいつの間にかどんどん前向きになっている自分に気付き、苦笑した。

 ナイトはもしかしたら死んでいるかもしれない。だがカヨは信じる──彼の生存を。遠くにいる彼を救いたいなんて殊勝な事を思ってはいない。ただ突然消えた彼に一言言ってやらないと気が済まないだけだ。


 門が見えてきた。あそこを潜れば新たなるカヨの旅が始まる。『勇者』ではなく『カヨ』としての旅が。



「まずは如意棒を取り戻さなきゃな……」



 カヨはカイナ村の外れの祭壇に思いを馳せる。猿は元気でやっているのだろうか?

 旅はいつ終わるか分からないが必ずいつか、ナイトを連れ戻す。



 ──首洗って待ってろよ……。



 カヨの旅がまた、始まった。

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