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第十一節 棒の勇者、魔王軍と衝突(三)

 翌日。病院中の人々に見送られカヨは朝日を背に、しっかりと自分の足で歩きだした。

 如意棒を胸ポケットに入れ、ゆっくりゆっくり街の南門へ。

 南門にはかつてカヨを追い掛けた警察隊や、親王派の兵士が左右一列にびっしり並んで一本の道を作っていた。


「魔王軍との戦いに出向かれる勇者様に敬礼ィ!」


 そう言ったのは警察隊のリーダー──カヨとショウとピーターを捕らえようとした男だった。

 カヨはおかしくなって軽く笑い、


「あんたらも魔王軍とやり合うんだろ。死ぬなよな」


 軽く男の肩を叩き、開けられた門をくぐった。後ろでは右手の警察隊も左手の兵隊も寸分違わず敬礼の姿勢で固まっていた。



「本当に治してきたんだな」

「勇者様に不可能は無いんだよ」


 門に待ち構えていたピーターにカヨは近づく。

 その隣に大柄な隻眼の男がいたので軽く会釈をした。


「彼が『棍』の勇者ダンだ。仲良くな」


 ピーターがそう言いカヨとダンに背を向ける。


「お前は行かないのか?」


「生憎セシローの護衛を任されてるからな。いざという時はあいつを抱えて逃げんにゃならん」


「達者でな」


 カヨの言葉にピーターは軽く右手をあげ、何も言わず去っていった。……しかしピーターはいつから国王陛下を名前で呼べる間柄になったのか?


「……ええと、『棒』の勇者カヨだ。よろしく」

「……」


 カヨがぎこちなく笑って差し出した手を無言でダンは取り、握手した。人相の悪さも手伝って物凄く印象が悪い。

 カヨは若干苛立ちながらも会話が途切れないように話を続ける。


「で、移動手段はなんだ?」


「……あれだ」


 ダンが指差す先には前に見た二頭のペガサスと見慣れたぎすぎすの馬車があった。


「……マジ?」





「うえっぷ……」


 昼下がりのペガサス馬車の車内、カヨと隻眼の勇者ダンは揺れに揺らされていた。

 相変わらず最低の乗り心地だ。地震にさらされたビルよりも質が悪い。


「今、どこだ……?」


「まだシガヒ王国を出てないぞ」


 全く揺れを気にしない様子でダンがめんどくさそうに答える。つくづくいけ好かない男だ。

 気分を変えるのと、朝から何も食べてないのもあってカヨは昼食を取る事にした。


「昼飯はどこだ?」


 その言葉にダンはあからさまに煩わしそうに紙袋を渡す。

 中にはチーズバーガーとフライドチキンが入っていた。


「嘘だろ……? 何であっさりした食べ物が入ってないんだよ」


「いやなら食うな」


 ダンの言葉にカヨはぴきりと青筋を浮かべる。この野郎、透かしやがって。


「へっ、腹持ちよさそうじゃんか」


 そう言って無理から紙袋の中身を全て平らげた。


「どうだ! 全部食ったぞ!」


「だからどうした。それはこの先三日分の食事だぞ」


「なにィ!? ……うばっ、うぐげ」




 カヨの体を猛烈な吐き気が襲う。今吐いてしまえば三日分の栄養が……、



「おろおろおろおろ……」



 三日間、カヨは空腹に苛まれるはめになった。




 イーロピアはイデカード大陸の西部一帯を占領するエストー帝国の首都である。その優美な景観は世界一との声も高い。

 シガヒ王国の首都である城塞都市ヨトキは様々な国の文化が混在して賑やかだが統一感が無い。対してイーロピアは全てレンガ作りの美しい建物で統一され、街角は暖かな赤に包まれている。

 本来ならここは鍛冶屋や商人が集まる工業と商業の街として、常に賑わっているはずだった。



「勇者が着いたというのに何の反応も無しか」


 ダンが悠然とペガサス馬車を降りる。一拍置いてカヨが転がり落ちる。


「ぼはっ、ぼはは……」


 カヨは地面に横たわったままえづき出す。しかしもはやあらゆる物を排出し切ってしまったため空しくげっぷが出ただけだった。


「ひいひい……、着いたのか……?」


「いつまでふざけてるんだ、行くぞ」


 倒れたカヨに背を向けダンは先々歩きだしていってしまった。

 カヨは這いつくばったまま何とかダンに着いていった。

「いやあ~! よく来てくれました勇者様様!」


 ヨトキ城とは違い縦に高い塔のようなイーロピア城にて、カヨとダンを待っていたのは一人の男からの手厚い歓迎だった。


「私エストー帝国第十代皇帝ゲイル・マルチャス・エストーと申しますぅ! 貴方方のようなすばらしき勇者と出会えてとても光栄ですわぁ」


「どうも」


 ニコニコとまるで友人に語り掛けるかのように馴々しく近づいてきた皇帝ゲイルをダンは軽くあしらう。


「あうー」


「そちらの勇者さんは床に這いつくばるんが趣味なんですか?」


「彼女は気にしなくて結構。話し合いを始めましょう」


 未だ平衡感覚を保てないカヨは床に寝そべったまま皇帝との謁見、対談を果たす事になってしまった。



「ふむ、なるほど……。すでに国民は首都から避難させた訳ですか」


「善は急げ言いますし予定より早めに避難させときました。今イーロピアにいるんは私と兵士らだけですな」


 あくまで明るく、かつ分かりやすくゲイルは喋り続ける。中々口調より賢い男のようだ。


「これからの予定について確認したいのですが」


 ダンのその言葉にゲイルは頷くと、兵士に何かを持ってこさせた。

 それは二枚の地図だった。


「これがこの街全体の見取り図です、んでこっちがこの城の案内図……。これを見ながら話していきますんでよろしゅう」


「分かりました」「わがっ」


ダンが頷きカヨも頷こうとしたが誤って床に顎をぶつけてしまった。

 ゲイルが地図上の城の最上階の中心部──つまりこの王室をとんとんと指差し話す。


「会合はこの部屋で行われます、んで兵が待機してるのはこことここと……」


 ゲイルは城の地図を戻すと今度は街全体の地図を取出し、赤丸を付け始めた。


「勇者様の内片方には近衛兵を装って王室に紛れ混んでもらって、もう片方は外で魔王軍と戦ってもらいたいんです」


 ひとしきり丸を付け終えるとゲイルはその場で二枚の地図の二点を指差し始めた。王室と街の広場である。


「なるほど、片方は魔王の使いを捕らえてもう片方が魔王軍を撃退する訳だな」


 地面からようやくずり上がったカヨが口を挟む。口元にある謎の液体については触れないでおきたい。


「ま、そーいう事ですわ。話の早い方々で助かります」


「なら私が魔王軍撃退側に行こう」


 カヨの発言にダンは眉をひそめる。眼帯の無い右目が鋭さを増した。


「……何故だ」


「私は女だからな。近衛兵の中に溶け込めないだろう。お前が近衛兵になりすました方がよっぽど成功率が高いだろ」


 カヨの言葉にダンが押し黙る。カヨはその様子を肯定と受け取ったのかゲイルの方へ向くと、


「決まりだな。私が魔王軍を引き付け、ダンが近衛兵として紛れ込み使者を捕らえる……異論はないな?」


「オッケーです。使者が来るのは二日後の正午ですからそれまで体を休めといてください……」


 ゲイルの言葉にカヨは不敵に微笑みながら、ダンは若干腑に落ちない様子で頷き、一礼すると王室から退出した。



「はてさてどうしたものか……」


 カヨは城内五階にある応接間を借りてくつろいでいた。今はまだ十八時。使者が来訪するのは明後日の正午……、時間に余裕がありすぎる。

 街には既に人が居ないので街に出ても意味が無い。部屋にある本もちんぷんかんぷんで全く興味が持てない。


「よしっ」


 カヨは突然気合いの入った声を漏らすと寝そべっていたソファから飛び上がり、最低限の身仕度をして応接間を抜け出した。

 そしてそのまま長い階段を経て外へと向かう。


「カヨ様も外出ですか?」


 カヨが入り口に差し掛かった時、門番の兵が声を掛けてきた。


「も?」


「いえ、先程ダン様も外出なされたので……」


「どこに行くって?」


「確か街の中央の闘技場に行くと言ってましたが」


 カヨは兵士がそう言うと軽く含み笑いをし、きょとんとする兵士の肩をぽんぽんと叩き、


「私も闘技場見学に行ってくるわ。また何かあったらそこまで呼びに来い」


「はいっ」


 兵士が敬礼したのを見てから、カヨは街へ続く真っすぐなレンガ作りの道を歩み始めた。



 イーロピア城とサピの斜塔、そしてこのトーマ闘技場はイーロピアの三大名所である。

 無論他にも魅力的な名所は沢山あるが知名度においてこの三ヶ所は群を抜いている。


「すごい迫力だ……」


 カヨが見上げた石造りの古めかしい建物は先の襲撃によって若干崩れてはいたもののその形を崩さないでいた。

 平べったい円柱のような床と天井を幾本もの柱で支えたその独特の形状は見るものにここが特別な場所だと人々に認識させる。

 戦うためだけに生まれた場所──ある意味戦うためだけに選ばれた『勇者』であるカヨは何やら特別な感慨を抱きながら門をくぐり内部に足を踏み入れる。


 特有のぴりりとした雰囲気の漂う会場の真ん中に、奴がいた。


「お前もここが気になってたんだな」


「……」


 カヨの問いに上半身裸のダンは答えず、黙々と三節棍を振り回している。あれが彼の武器だろうか。

 カヨも外套を脱ぎ去り、如意棒を手頃なサイズに変化させる。ダンはただ棍を使った型の練習を続けている。


「なあ、いっぺん手合せしてみないか?」


「……何故だ」


 カヨの言葉にダンは怪訝な表情を浮かべ面倒臭そうに答える。

 カヨはニッと笑顔を浮かべ、


「ずばり、お前が気に食わねーからだ!」


 と言い切った。そこでダンの顔に初めて明確な表情が浮かんだ。

 嘲笑だ。

 彼は笑っていた。それもカヨが最も腹が立つ類の笑みで。


「フッ……いいだろう」


 彼の全身から闘気がほとばしる。程よく汗ばんだ体からは湯気が立ちこめている。


「お前が私の何が気に入らないか知らねえが、私はお前のその態度が気に入らん! 全力で行かせてもらうぞ!」




 言うが早いかカヨが跳ねる。一瞬でダンの目前まで迫り来る。つい先日まで医者に掛かっていたとは思えぬスピードだ。


「フンッ」


 しかしダンはこれを筋肉で防いだ。カヨはあっさり攻撃が受けとめられた事に驚愕する。

 カヨが怯んだ一瞬の隙を突きダンは手に持った三節棍を反転させる。


「はっ!」


 カヨの左肩に棍の先端がめり込む。激しくもんどり打って弾け飛び、闘技場の隅に叩きつけられる。

 何とか起き上がる事は出来たが余りにもの衝撃に頭がジンジンする。しかしダンは攻撃の手を休めない。

 ダンはある程度の距離までカヨに近づくと三節棍を手に持ったまま右肩にぶら下げると、それを高速で回転させ始めた。

 素早い。正確だ。それでいて美しい。

 ダンの棍を振り回す型はまさしく完璧の一言だった。回す手がその高速の余り何本にも増殖して見える。

 背後が先程ぶつかった壁であるためカヨには逃げ場は無い。


「食らえ」


 ばってんを描くかのように高速回転していた棍の一部分がカヨに伸びる。

 咄嗟に如意棒を伸ばすが弾かれ、その勢いを殺すまでには至らなかった。


「……急所は外してある」


 まずカヨの顎に棍がヒット。続け様に両肩、両肘、みぞおち、腹部、両膝、すねと全ての攻撃がクリーンヒットした。


「ぐはっ……あ……」


 カヨは悲鳴も満足に上げられずその場に崩れ落ちる。たくみに痛い場所ばかりを突かれ、力はみじんも出ない。

 カヨが倒れこむのを確認するとダンは嘲りと共に片方しかない目を細めた。


「ふん、他愛も無い。我は貴様みたいな流れで勇者をやっている連中と違うのだ……」


 そう言ったダンは苛立ちを込めた、しかし哀しげな瞳をしていた。そしてそのまま彼は上着を取り、闘技場を後にしようとする。

 その彼が振り返ったのは背後から物音がしたからであった。


「人を馬鹿にするのも大概にしろ…………」


 そこではカヨが如意棒を杖によろよろと立ち上がっていた。ダンは若干驚いた表情を浮かべたものの、


「事実を言ったまでだ。貴様みたいな輩が我は嫌いだ」


 すぐさま睨みを効かせる。しかしカヨは鼻で笑い、


「はっ、だからこんな安い攻撃しか出来ねえのか」


 と啖呵を切った。カヨはペッと口から血の混じった痰を吐き出す。

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168ページ

「お前にどんな過去があったかは知んねえよ。だがな……、味方同士友好的にできない、私を偏見の目のみで見てるようなクズ野郎は勇者でも何でもねぇ! そんな短絡的な奴が魔王に勝てるか!」


 途端、カヨが駆け出した。

 急所を外したとはいえかなりの重傷だ。一日休まないと本来ならば満足に動けないはずだ。

 だがカヨは駆けていた。まるで疾風のごとき速さで、しなやかさで。ダンは再び三節棍を振り回し、必殺の構えをとる。


「ふんっ……!」


 そしてそのまま振り回しまたカヨの身体に棍を──


「甘いっての」


 カヨは自分を目がけて飛んできた棍を足場に跳ね上がった。カヨの身体は宙を漂う。


「馬鹿め! 宙に浮けば何も出来まい!」


「そー思うだろ?」


 カヨは闘技場の地面目がけて如意棒を放った。如意棒は砂で覆われた柔らかい闘技場の地面にしっかりと突き刺さる。そしてカヨはそのまま滑り落ちるかのように地面に向けて下降を始める。

 ダンがそうはさせまいと足払いを行う。が、


「それを待ってたぜ!」


 カヨはバランスを崩し横向きに倒れゆく中で、如意棒を引き抜きもう一回地面に突き刺し伸ばした。


 急激に如意棒は伸び、瞬く間にカヨをダンの元へ運ぶ。避けられぬと悟ったのかダンは、全身に気を込め守りを固めるが、


「ぬるいわ!」


 カヨは如意棒を蹴ってそのままダンへ飛び込み、飛び蹴りを放った。いくら筋肉を堅くしてもこれは防げまい。


「──ォ……!」


 嗚咽のようなものを上げてダンは派手に地面に転がった。飛び蹴りはみぞおちに綺麗に入ったようだ。

 カヨは如意棒を拾うとうずくまるダンを無理矢理立たせ、


「オラァ!」


 顔面に強力な一撃を放った。ダンの顔が歪み、身体は余りもの衝撃に重力に逆らい宙を舞う。

 ドサリ、とダンが受け身すら取らず地面に落ちた。床は柔らかい砂なので大したダメージにはならないだろう。


「私は確かに成り行きで勇者になっただけに過ぎない。お前みたいに壮絶な経験をした訳じゃない……」


 カヨは口元に未だこびり付いていた血を拭う。

「だが私は旅を進めていく過程で知った。色々な人々や襲い来る魔物、そして他の勇者に魔王軍……。

 奴らと出会って私は自分が何をすべきかも知った。それは協力だ」


 カヨはそこまで言うと横たわるダンに手を差し伸べる。

 ダンはそれを拒んだがカヨは無視して強引に手を取り立たせる。


「お前は私が生半可な覚悟しかないくせに勇者面してる馬鹿だと思ってたみたいだが分かってほしい。

 私も勇者だ。ちゃんと腹は括ってるよ。だから──私はお前と協力して魔王を倒す。もうわだかまりは無しだ」


 カヨがそう言ってにっこり笑うとダンは堰を切ったかのように大声で笑いだした。

 ひとしきり笑い終えるとダンは片目の涙を拭った。


「まさか『棒』の勇者がこれほどの器の持ち主とは……。数々の失礼な行動、言動は謝ろう、すまなかった」


 そう言ってペコリとカヨに向けてきっちりお辞儀をした。

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