第十一節 棒の勇者、魔王軍と衝突(二)
「さてと、だ……」
カヨは新たに現れた赤毛の少女を見上げた。既に外は深い群青に朝焼けの赤が混じり始めている。こんな時間に来る来客だ。きっと只者ではないだろう。
「今日は随分ラブコールが多いな。私に何の用だ」
「簡潔に言うわ。わたしに着いて来なさい」
「は?」
カヨは思わず間抜けな声を出す。赤毛の少女は不敵な笑みを浮かべ続けている。
「わたしに協力してほしいの。今のままじゃ勇者達は敗北……それこそ魔王軍の思う壺よ」
「待ってくれよ!」
カヨの手をとり、強引に引きずりだそうとした少女を制止し、カヨが叫ぶ。
「あんたは怪しすぎる。せめて理由を聞かせてくれ!」
「ショウくんもいるわ」「何ッ!?」
ショウの名が出た途端カヨが思わずまた叫ぶ。
「彼には全て事情を話した。お願いだから協力を──」
「何してるのっ!」
赤毛の少女が言い切る前にナースが入ってきた。
「カヨさん、これは一体──」「また来るからねっ」
ナースが言及する間に赤毛の少女は窓から飛び降りた。カヨは何も言えなかった。
「ふあ~……」
思わず盛大にあくびをしてしまう。カヨは目元の涙を拭うと朝日を背に再びベッドに潜り込む。
ナースに赤毛の可愛い侵入者について小一時間問い詰められ、もはや精根尽き果てた。自分は勇者業をしてる間安らぐ事など出来ないのではないかと疑ってしまう。
もう今日は何もすまい。思う存分惰眠を貪ってやろう。
そうカヨが決意した時だった。
「カヨ!」
……よく見知った男の声が耳を貫いた。
「ここは病室だぞ! 静かにしろっ!」
「わぷっ」
カヨが叫ぶと盛大にピーターは転倒した。そのままカヨの胸の中へ──
「って何やってんだ!?」
ピーターの秘孔に如意棒が突き立てられた。ピーターは「たわば!」と言いながら泡吹いて倒れる。
「何の用だよ……騒々しいな」
「お騒ぎ立てして申し訳ございません、麗しき勇者様よ……」
カヨの右手が誰かの手のひらに包まれた。
見れば明るい茶髪の優男がここぞとばかりに輝く白い歯を見せ付ける。
「は?」
「貴方の何と愛らしい事でしょう──!」
優男はカヨの手を取ったまま熱っぽい眼差しを向けて語り出す。
「美しく整っていて気品に溢れながらも意志の強さを醸し出しているその御顔! さながら流るる小川の如く流麗かつ暖かい大地のような焦茶色の髪! 手足も如何様な動物よりもしなやかで、野性味溢れとても雄々しい!
──まるで戦場の女神のようだ貴方は!!」
一気に押し寄せる男の美辞麗句にカヨは唖然としたまま固まってしまう。
冷静に考えてみよう。
カヨの顔が美しく整っている? 否、確かに自分でも悪いとは思わないがかなり濃ゆい顔をしている。
美人かどうかと言われればかなり賛否両論分かれる……レベルだと信じたい。
髪は暖かい大地の如く──全然違う。カイナ村の住民は大体黒髪なので茶髪のカヨはだいぶ浮いていた。
小さい頃はよく「ウ〇コ髪」と馬鹿にされたのであまりこの髪は好きではない。
手足は如何様な動物よりも──ってようは筋肉質すぎるって事だろ?
もはや誉め切れていない。確かに元々締まっていた体は今や一国の騎士とも張り合える程であるが……。
「さあ、僕と結婚して下さい!」
「はあっ!?」
やばい。逃げないと。しかし未だカヨの足には痺れが残っているためベッドから出れない。
男は鼻息をフンガフンガ言わせながら迫ってくる。確かに男前だが行動は変質者そのものだ。
「メリィィィィィミィィィィィィィィィ──────!!」
凄まじい叫びと共に男が飛び掛かって──
「そこまででござる」
「あふっ」
男は沈み、また新たな青年が現れた。
珍妙な髪型だ。長い黒髪をわざわざ頭のてっぺんで結っている。てっぺん周りがハゲてるのは仕様なのだろうか。
「急に押し掛けた無礼をお許し願いたいでござる。拙者はハクサイ。『刀』の勇者でござる」
そう言って青年は右手の甲の紋章を見せる。
「そしてこっちがケヴィン。『槍』の勇者でござる」
「カヨさん……ああ……!」
足元のケヴィンはカヨを見上げてハアハアしている。なんか気持ち悪かったので踏ん付けてみたら「イイィ!」とか言って喘ぎだした。気持ち悪い。
「で、ハクサイとやら。何の用でこんな朝早くから来たんだ? まさかお見舞いだけじゃないだろ」
「うむ。先刻ここに現れたという赤毛の少女について情報を頂きたい」
ハクサイは刀の鞘をいじくりながら話す。
「あいつは『弓』の勇者らしい。どうやら魔王関連の重要な情報を握ってるらしいんだが……」
むくりといつの間にか立ち上がったピーターがカヨに言った。表情は苦苦しげであまり気持ちのいいものではない。
「昨日あった事を聞かせろ。話はそれからだ」
カヨの言葉にピーターは頷き昨日の出来事について簡単に話した。時折ハクサイがフォローを入れる。
「なるほど、つまりアイツは魔王の手先かもしれないんだな」
「左様。それだけでなくショウ殿も行方不明になってしまわれたし……」
「それならアイツがショウは一緒にいるって言ってたぞ」
その言葉にピーターとハクサイは少し驚いたようだがすぐに持ち直す。
「そう考えると確かにつじつまが合うな」
ピーターが納得した様子で言う。しかし同時に悔しげな顔も浮かべる。
三人の島国出身の勇者の話も聞いた。
「ふむ、じゃあ今この周辺には私を含めて八人も勇者がいる事になるんだな?」
「ああ。でも信頼できる勇者が少ない……」
ピーターがため息をつく。信頼できる勇者と聞いて何故か『剣』の勇者ナイトの顔が浮かんだ。
「八人? 後の一人は誰でござるか?」
「ああ、『剣』の勇者だよ。実は赤毛のが訪ねてくる前に私の命を狙いに来たんだ」
今度はピーターもハクサイも、足元でカヨのシーツを匂っていたケヴィンさえも驚愕した。
「大丈夫だったのかい!?」
ケヴィンが熱っぽい対応と共にカヨに尋ねる。さりげなく手を握るな、手を。
「しばらく話してたら赤毛のが来てな。おかげで命拾いしたよ」
「ああ良かった! もしカヨさんに何かあったらと思うと僕は──」
「その辺にしとけ」
ケヴィンをカヨから強引に引き剥がし若干苛立った様子でピーターが言う。
「ホワイ? 何故だい? 僕はカヨさんの身を案じてこう言ってるんじゃないか」
「あんたは近すぎなんだよ。少しはわきまえてくれ、カヨは病人だ」
病室内に不遜な空気が流れる。明らかピーターとケヴィンが睨み合っている。ハクサイは気まずそうに頬を掻くと、
「まあまあ二人共、落ち着くでござる」
と間に入りなだめた。
「むむ……人の恋路を邪魔するなんて、ずいぶん不粋なんだなピーターくんは」
「何をォ? ちょっと顔がいいくらいの男なんてカヨは興味ねーんだよ」
「自分が取るに足らない顔立ちだからって嫉妬しないで欲しいなあ」
「何……?」
メラメラメラと殺気のようなものが立ちこめてくる。完全に今二人の間に亀裂が入った。
「落ち着くでござるよ二人共──」
「ハクサイは黙ってて!」
凄まじい剣幕に「すまぬ……」とハクサイは恐縮してしまった。
「二人共こんな事してる場合じゃねえだろ。今はこれからどうすべきかを考えるのが第一じゃないか?」
ついにはカヨまで火消しに加わる結果になった。
「カヨさん! 今この場で答えてくれっ! 僕とピーターどっちを取るんだ!?」
「はあ!?」
カヨの驚きがそのまま喉から出た。ケヴィンもピーターも真剣な顔をしてカヨの答えを待っている。
「何を突然……、それより今はこれからの事を考えないと──」
「そうだとも! 僕と君のこれからを考えないと!」
カヨの手を握りケヴィンが迫る。唾が飛んで汚い。
「カヨ、こんな男相手にするなっ! なんなら俺が相手になってやるから!」
更には普段はそれ程でもないピーターさえもう片方の手を取り顔を近付けてくる始末だ。こっちも唾飛んでるし。
「今の俺ならショウの気持ちが分かる! そして思いは伝わるぅ!」
そのまま唇を奪おうとしたピーターの眉間に如意棒が刺さる。ピーターはそのまま後向きに倒れた。
「さあカヨさん、僕と参りましょう!」
「どこにだー」
めんどくさかったのでケヴィンもそのまま如意棒で殴った。ちょうどピーターに覆いかぶさるようにして倒れた。
不様に倒れた二人を見下ろしカヨは一息つく。ふう、今日は本当にラブコールが多くて困る。
ハクサイはしばらくの間黙っていたがやがて、
「してカヨ殿はどちらを選ぶのでござるか?」
と切り出した。
「あのなあ……、私がどちらか選べるように見えるか?」
カヨの溜め息混じりの返答にも、
「ふむ、しかし今倒れておる二人は拙者から見れば中々魅力的だと思われるが……。この際どちらかを選んでみるというのはどうか?」
「何っでそうなる! 今は別にやる事があるだろっ!」
叫ぶカヨにもにやにやしながら余裕を持って接する。
「ふむ……さればカヨ殿は既に心に決めた人がおられるのか」
「いねぇよそんなもん!」
カヨは必死に否定する。何故そこまで否定するのか自分でも分からない。……好きな人という単語に剣持つ彼の影がなぜか浮かんできたからか。
「とにかくこれからの事考えっぞ! ええとまずは──」
「カヨさーん、検診の時間ですよ」
話し合い始めたカヨを遮るかのごとくナースさんが入ってきた。そういえばもう朝の検診の時間だ。
ついでに言えばカヨが他人と面会できるようになるのは昼からだ。
「カヨさーん……これはどういう事ですかぁ?」
「いや、あのその私はナースさん一筋だから──」
三人は摘み出されカヨは検診がてらの説教を聞くはめになった。
・
「お前らのせいだぞ……! 全く……。ナースさんに何時間絞られたと思ってるんだ」
時刻は正午過ぎ。医師に投与された薬が効果を表したのか、カヨは今や松葉杖をついて歩けるまでに回復していた。
しかし睡眠を殆ど取っていないのもあって足取りは未だおぼつかず、壁に手を付けている。
「面目無い。まさかカヨさんにそんな苦労をさせるなんて! 僕は──」
「いーから早く用件を言え」
大袈裟に身を振りかざしながらさり気なくカヨの手を取ろうとしたケヴィンをカヨは一蹴する。
ピーターはややむっとした様子で話し始める。
「魔王軍が主要都市に訪れるまで後六日に迫った……。カヨ、体は後何日くらいでいけそうだ?」
「三日くらいらしい」
カヨの返答にピーターは若干不満そうな顔を浮かべ、
「……何とか明日までに治してくれ」
「はあっ!? なんで!?」
「カヨ、お前はエストー帝国の首都『イーロピア』で魔王軍と戦う事になった」
と言ってのけた。カヨの脳内は疑問符で埋め尽くされる。
「えっ……?」
思わず疑問符が口から漏れだす。ハクサイはカヨを見て補足をした。
「あの手紙を持って魔王軍が使者に来た場所はヨトキ、イーロピアを含めて五ヶ所でござる。その内一ヶ所は実質壊滅状態だから捨て置くとして残り四ヶ所。
本来ならカヨ殿がヨトキでもいいのでござるが相手の性質を考えた上で最もよい配置になると、カヨ殿はイーロピアで戦うのが一番なのでござる」
しかしカヨは全く解せぬ様子で肩をすくめる。
「どういう事だ? 全くわからんぞ」
「四ヶ所に攻め入った魔王軍の魔物はそれぞれ違ったんだよ。ヨトキにはシャドウとかいう影だったらしいが他の都市だと全く別の魔物が街を破壊したらしい」
ピーターがその後に「国王から聞いたんだ」、と補足する。
カヨは未だ納得しかねる様子だが、
「どんな魔物がそのイーロピアに襲撃したんだ?」
「ゴーレムだよ。ストーンゴーレム軍」
ゴーレム、という単語にカヨは腕を組んで唸りだす。彼らは石の体を持った意思持たぬ魔導兵だ。
「ゴーレムは石の体を持っておるからケヴィン殿の槍もあまり効果が無かったようでござる。しかし打撃攻撃ならばあの石の体に対抗できるやも知れん……拙者らや国王らの連合はそう考えたでござる」
そう言われると妙に納得してしまう。
「ストーンゴーレムは」
今まで会話にほとんど加わらなかったケヴィンが突然口を開いた。
「僕の槍とは相性が最悪だった。一体倒すのにとても時間が掛かったよ。
……僕が手間取っている間に何人の市民が奴らに叩き潰された事か……」
先程までの元気な様子は影を落とし、ケヴィンは神妙な面持ちで話す。
カヨもハクサイもピーターも何も言えなくなってしまった。
「…………まあとにかく、拙者と『鎌』の勇者は故郷の東方都市ドエで、『爪』の勇者が北のメリカ共和国の首都シントンで、ケヴィン殿がこのヨトキで魔王軍を迎え撃つ予定でござる。
カヨ殿は『棍』の勇者と共にイーロピアを担当してもらいたい」
カヨは一瞬納得したが、
「……ちょっと待て。今牢屋に囚獄されてる素性の分からない勇者も使うのか?」
今牢屋に拘束されている島国出身の三人の勇者……。彼らも作戦に組み込まれていた。
「ミーシャ殿が魔王軍である可能性が高い今、敵対するあの三人まで敵だとは思えない。それにあいつらは確かに互いに命を狙い合っていた……」
ピーターの言葉に一応理解を示したもののやはりイマイチ信頼出来ない。
まあ実際に会えば分かるだろう。カヨは釈然としなかったものの、そう考えると三人を帰らせ、午後のリハビリへと向かった。
・
「すごい回復力だねえカヨくん!」
「まー一応勇者だからな」
カヨは診察室で医師からの診察を受けていた。既に時刻は八時過ぎ。消灯前に呼び出されたのだ。
「しかしさしものわしも驚いたよ! これでも三十年医師をやらせてもらってるがリハビリ中に脱走して酒を飲みにいったのは君が初めてだ……まだ痺れは残ってたはずなのに」
「何、もう痺れは取れた。言った通り明日にはイーロピアに向かうからな」
「ふむ、まあこの診察結果なら問題はない。しかしくれぐれも体には注意して──」
「先生!」
まとまりかけていた会話に割り込んだのはカヨの担当の巨乳ナースさんだ。
「カヨさんも! もう少し慎重に結果を見るべきです! 今は大丈夫だからって明日大丈夫な保障もないしそもそもリハビリだってまだ──」
「ナースさん」
カヨが静かにナースを、立ち上がって制止する。
「すまないな。色々あって行かなきゃならん。体は二の次だ……なんつっても人類の危機だかんな」
「だからって!」
ナースは未だ全く理解しかねる様子だった。カヨはわずかに苦笑する。
「ははは、カヨくんは随分好かれてるんだねぇ」
「そういう問題じゃありません!」
医師の冷やかしに生真面目にナースは返す。医師はへらへらしているが、しかし目は真剣なままだ。
「ナースさんが私の事を心配してくれてるなんて……ああ!」
カヨはケヴィンを真似してナースの手を取ってみた。てっきり拳骨が飛んでくるかと思ったがそうはならなかった。
「あれ、ナースさん?」
「……それでも行くって言うなら、後はもう知りませんから」
そう言うとナースは急に静かになり、そしてそのまま無言で病室を駆け出していってしまった。
「怒らしちまったかなあ」
「カヨくん」
頭を掻くカヨに医師が話し掛ける。先程までのへらへらした様子は無くなっている。
「君には話してなかったんだがね」
そう医師は切り出し、車輪付きの椅子でくるくる回りだした。カヨはその場に立ちすくんだままだ。
「彼女はあの襲撃の時、ワイバーンに命を奪われかけたんだよ。それを君が打ち落としたおかげで彼女は奇跡的に無傷で済んだ……。無論君は知らないだろうがね。
君は既にこのヨトキでは英雄だ。だからこそ満身創痍の状態君を見た時にはびっくりした」
医師は眼鏡を外し、目を細めた。茶色い暖かな瞳が覗く。
「カヨくん。わしは……いや、この街の全員が君が魔王軍を退け、世界に名立たる真の『勇者』になってくれると信じてるぞ。
だからこそわしとナースちゃんからの忠告だ。体には絶対に気を付けろ、いいね?」
医師の問いにカヨはしばらく答えられないでいた。全身を駆け抜ける震え、それは感動だった。
──私が、私が役に立っている! 人々の命を確かに救っている!
胸に湧いてとまらぬ熱い思いを何とか押し込め、カヨは静かに頷いた。
「安心しな。必ず魔王軍のクソ共をボコボコにしばき倒してやる」




