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第十一節 棒の勇者、魔王軍と衝突(一)

 ピーターが必死にショウを探していた頃、国立ヨトキ病院内の一室では。


「……」


 寝付けずに窓の外の月を眺めるカヨがいた。時折頭を掻いたりベッドに潜り込んだり……、落ち着かない様子である。


「あぁぁ! 暇すぎる!」


 カヨの痺れは一流の医師の手によりかなり回復していた。未だ足元はおぼつかないが、既に身の回りの世話は自分で出来るレベルまで達している。


「カヨさーん! うるさいですよ!」


 ナースに注意されカヨは押し黙った。勇者といえど病室では無力な患者に過ぎない。


「だってさナースさんよ……、寝付けないんだよ」


「頑張って眠って下さい」


「じゃあ体が疼いて仕方ないからナースさん慰めてくれっ」


 ゴチンッ、


「まあその様子ならすぐ回復するでしょ。何かあったらナースコールして下さい」


 ナースに殴られて頭を抱えるカヨを余所にナースは部屋を出ていってしまった。


「……」


 ぴんぽーん。

 扉が開く。


「何かありましたかカヨさん」


「羊数えて?」




 カヨは張り手打ちを食らい安らかな眠りに就く事が出来た。


「いてて……冗談なのにさ……」


 カヨは安らかな眠りから目覚めた(約数分)。先程よりも更に目が冴えてしまう。

 考えてみれば自分がカイナ村から出ていった日より一日も本当に安らぐ事は無かった。

 高級ホテルに泊まった時にはワイバーンの襲撃に会い、野宿途中に魔物に襲撃される事がよくあった。

 たまに街でゆっくり休める時でもついつい酒瓶に手を伸ばしてしまうため、今のようにベッドでのんびりした事はない。


「……」


 もうすぐ魔王軍と本格的にやり合う事になる。それまでの数日くらい何も考えず療養するのもいいかもしれない。

 カヨはそう思い横たわり、真っ暗な部屋に唯一光を与える月を眺めた。一睡もせずずっと月を見続けるのも悪くない──そう思いながら。


 と、月に思いを馳せていた所に急に扉が開く音が聞こえた。


「なんだよナースか? やっぱり私に抱かれたかったのか、安心しな、痛くしないから──」


 カヨの笑顔が固まる。

 ベッドの横にたたずんでいるのは、カヨの担当の巨乳ナースさんではなく、月明かりの照り返しでまばゆい輝きを放つイケメン勇者さんだったからだ。


「け、『剣』の勇者!?」


 思わずベッドから跳ね上がる、が痺れによりすぐには対応しきれない。体がピクリとも動かないのは毒による痺れでなく、勇者からの凝視によるプレッシャーのせいかもしれない。


「不様な姿だな、『棒』の勇者……」

「そんな事を言うためにわざわざ見舞いに来てくれたのか?」


 カヨはこっそり枕元に置いた縮小した如意棒に手を伸ばす。


「ふむ、超絶勇者武器を手に入れたか……。ならもうそろそろ殺しても問題ないだろう」


 そう言って『剣』の勇者は腰元の鞘に手を掛ける。美しい瞳が爛々と輝き出したのは彼が本質的に好戦的だからだろうか。


「ここでやり合うのは悪くないと思うけどさ、少し世間話でもしようぜ?」


「何?」


 殺気が噴き出る『剣』の勇者を見て、あえてカヨは如意棒をしまい込む。

 そして両手を上げて戦闘の意志が無い事を強調する。


「まあこんな体だし勝ち目はないだろう。斬りたかったら斬り掛かってきな」


「……?」


 丸腰で落ち着き払ったカヨの様子に『剣』の勇者は眉をひそめる。余裕ある態度が却って何かあるのではないかと勘ぐらせ、うかつに攻撃出来ないのだ。


 カヨは余裕たっぷりに大きく伸びをした。『剣』の勇者の目が困惑に塗り替えられる。その様子は横で見ていて滑稽だった。


「お前この前デモンズを追ってヨトキ城の窓から出たよな。あの後どうなったんだ?」


 カヨはヨトキでのワイバーン、反乱騒動時の事を尋ねた。てっきり無視を決め込むものだと思っていたが……、


「…………取り逃した」


 忌々しげな表情を露骨に浮かべ、彼は呟いた。ほんの微かな声だったのでもしかしたら独り言かもしれない。


「……そっか。やっぱり幹部クラスは違うのか?」


「ふん、貴様らのような情けない勇者では歯が立たないな。奴らは強い……、数も多いしな」


「そうなのか。じゃあ魔王軍と対等に戦える勇者はお前以外にいないって事か?」


 その疑問に彼はフッと嘲笑を洩らす。愚問だったのだろうか。

 しかし何だか小馬鹿にされた感じで腹立たしい。


「勇者がこの地に今集結しているな。何故だ?」


 カヨの質問に結局彼は答えず、代わりにまた質問で返した。


「ここで今日勇者の会合があったんだ」


 少しカヨは悩んだが、正直に会合について話すことにした。

 どの道会合の事を隠しても勇者がヨトキに集まっている事はばれている。彼はまた、カヨを殺した後に他の勇者を殺すつもりだろう。


「無駄な事を……、結局皆俺の糧になるだけだというのに」


「あのさ……私達が足手まといだっていうなら何で私達は勇者になったんだ……?

 お前一人で十分なんじゃないか」


「何も分かってないんだな、貴様は」


 『剣』の勇者は笑っているようにも、怒っているようにも見えた。

 カヨは真剣に、それこそ彼への警戒心を忘れて次の句を待った。彼自身もカヨを攻撃する事を忘れているようだった。


「勇者達の力の元は一つだ。だがそれは一人で受け取るのには余りに巨大すぎる。だからたくさんの器に分け入れる……」


「それで一番優秀な受け手に力を集めるって訳か?」


 カヨの言葉に『剣』の勇者は頷く。


「そこまで分かってるなら何故貴様らは馴れ合う?」


 カヨは先程と同じようにフッと嘲笑を洩らした。

 彼の顔が苛立ちで塗られる。


「何がおかしい」


 表情には少しも出さないが露骨に声が苛立っている。カヨはそれが可笑しくてつい吹き出してしまった。


「……!」


 即座に『剣』の勇者が剣を抜く。カヨは悪びれる様子無く笑いながら、


「はは、ごめんごめん……あんまり可笑しかったもんだから……。案外可愛い所あるんだな」


 カヨの言葉に彼は耳貸す事無く剣を振り下ろした。


 が、攻撃を食らったのは『剣』の勇者だった。


「──ッ!」


 『剣』の勇者の膝に如意棒が激しくぶつかる。カヨは如意棒を手では無く足で擦り伸ばしたのだ。

 いかに最強クラスの勇者と言えど、足元からの奇襲には対応しきれなかった。


「すぐにかりかりすんのやめた方がいいぜ? そんなんじゃ魔王に勝てないぞ」


「貴様に何がわかる! もう話は終わりだ……」


「まあ待て、まだお前の質問に答えてないだろ」


 カヨは『剣』の勇者を見据える。どうやら話はまだ聞いてくれるらしい。


「逆に考えてみろ、何故わざわざ分けられたものを一つに戻す必要がある?」


「そんなもの決まっている……! やがて最も優秀な勇者が魔王を倒すためだ」


「誰がそんな事言った? それに勇者の力の元はなんだ?」


 カヨが厳しく言及する。未だベッドの上に座っているとは思えない迫力だ。

 そのせいか、少しだけあの強固な『剣』の勇者がたじろいだように見えた。


「……俺を勇者に至らしめた老人だ。力の源は分からん……、しかし確かに俺は他の勇者を手に掛けた時に強くなった。

 飛躍的に、自分でも驚くぐらいに……」


「へえ、だが力を与えた主は本当に殺し合わせるためだけに勇者をたくさん産み出したのか?

 私は違うと思う。だって全ての勇者のそんなな強すぎる力を、人一人の体が受け止められる保障があるのか?

 そもそもそれなら最初からその力を与える奴が直接魔王を倒せばいいじゃないか」


 カヨが徐々に『剣』の勇者を圧倒していく。武力ではなく論理で。


「私はこう考える。全ての勇者の力を一つにしても──魔王には勝てない」


 カヨは断言する。『剣』の勇者は言葉を失くす。


「な、に……?」


 辛うじてそれだけ口から絞り出た彼の表情はそれは情けないものだった。自分の行動を全否定された驚愕からだろうか。


「私はお前と違って勇者を一人も手に掛けてない。だけど私は強くなった。とても強くなったんだよ。

 お前に不意打ちだけど一発食らわせられるまでにな」


 彼が哀しい顔をする。無慈悲な仮面を脱ぎ捨てて。


「多分さ……、私達を勇者にした主は力を育てて欲しかったんじゃないか?」

「育……てる……?」


 彼にカヨは手を伸ばす。振り払われなかった。今の『剣』の勇者は困惑で余りに無力だった。


「そう。

 実際エルザさんだってあれは多分超絶勇者武器じゃなかったけど確かに無茶苦茶強かったよ、うん。あれだって与えられた力が育ってた証じゃないの? お前の中でエルザさんの力は大きいんじゃないのか……?」


 彼は黙り込む。


「育った力が魔王を倒す鍵になると思う。お前だって分かってるんじゃないか? 今まで戦ってきた中で強い勇者はみんな心が強い──成長した勇者じゃなかったか?

 ……お前は確かに強いよ。だけどそれに心は伴っているのか?」


 どさり、と音がした。

 『剣』の勇者が──無力な彼が病室の床に膝から崩れ落ちたのだ。


「お前の名前を教えてくれないか?」


 ベッドの上からカヨが微笑む。


「……──ト」

「え?」


「ナイトだ」


 『剣』の勇者──ナイトはそれだけ言うと再び黙り込む。カヨはより一層笑みを浮かべて、


「いい名前じゃん。『夜』『騎士』……、どっちの意味なんだろうな」

「さあ……」


 二人は長い沈黙に包まれる。しばらくの間どちらも何も言わず、何もしなかった。

 やがてカヨが何か語り掛けようとしたその時だった。



「あら、『剣』の勇者じゃない」



 扉が開く音と共に、まだ甘い少女の声が病室中に響いた。どうやらカヨを尋ねてきたようだった。

 赤毛でなかなか可愛らしい顔をしている。年はカヨと同じくらいだろうか──しかしカヨよりかはまだ幼く見える。


「貴様!」


 ナイトが剣を抜く。だが赤毛の少女は動じる様子が無い。


「いいの? わたしを斬って。どうなっても知らないわよ」

「くっ……」


 ナイトが舌打ちして剣を鞘に収める。そしてカヨの方に向き直ると、


「また来る。覚悟しておけ、『棒』の勇者……」


 そう言い立ち去ろうとした。


「私の名前はカヨだ。お前と共闘できると私は信じてるぞ……ナイト」


 カヨの言葉にナイトは一瞬立ち止まったが、振り返る事無く病室から出ていった。

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