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第二節 棒の勇者、帰る

 二十分程経って二人は村に到着した。もう日は沈んでしまい、月が顔を出している。


「オイ着いたぞジジイ。ここが私の住んでるカイナ村だ」


 そう言ってカヨは門を潜り村に入ってゆく。背中の老人は「うぅ……」と短く返事しただけだった。


「母さんただいま~」


「あら、お帰りなさい。随分長かったわ──」


 母はまず笑顔のカヨを目撃した。そして次に血塗られている衣服と棍棒。最後に背中でぐったりしている老人。そこから結論を導きだすと……


「カヨおぉぉぉ!! あんたついに殺ったのね!!」


 そう言って母は素早くカヨの首根っこに掴み掛かる。


「アンタ、いつか殺るとは思ってたけど……か弱い老人を殺すなんて恥を知りなさい!!」


 そう言いながら母はカヨの首を締め上げる。考えてみれば、殺した死体を家までおぶって持って帰るなんて絶対にありえないのだが、母は気が動転してそれに気付かない。


「ぐえぇぉぉ……ちょっ待っ……ヒュー、ヒュー」


 首を締め上げられすぎて気道をやっちゃったようである。


「奥さん、落ち着いて! この娘さんは私を助けてくれたんですぞ、後勇者ですから!

 誰か来てくれぇ! 者が死んでしまう!」


 結局興奮状態の母を取り押さえるのには村の男衆全員で半時間掛かったという……。



「いやぁあの時は本当に気が動転してしまって……ご迷惑をおかけしましたぁ」


「家の家内がご迷惑をおかけしました……」


 そうヘラヘラ笑いながら謝っているのはカヨの両親である。カヨの父もカヨの母の暴走を止めるために畑仕事から駆け付けてきたのである。


「いえいえ、我々こういうのが仕事ですから」


「そうそう、昼は畑仕事をして」


「夜はカヨちゃんと奥さんの親子喧嘩を見て、カヨちゃんが死ぬギリギリまで楽しむ」


「あの苦痛に歪む顔が何とも言えませんなぁ……」


「いやすぐに助けろよ!!」


 カヨは村の男衆達の歪んだ欲求や両親の態度に呆れ果てた。こいつらは全く平和ボケしている……娘がコボルトに襲われたというのに。


「ほんっとに家の娘が人様にぃ……」


 カヨの母がにやにやしながら謝罪の意を唱える。男衆は血塗れのカヨを見てにやにやしている。


「だからあんたが勝手に勘違いして暴れたんだろが!」


 カヨのツッコミは日が暮れるまで続いた。


「じゃっ、我々はこれで」


 リーダー格の体格のいい道具屋の主人がそう告げると男衆はカヨ達に背を向けた。


「カヨちゃん。今度家においでよ」


 小太りの武器屋のオヤジがにやにやしながら言った。正しくゲスそのものの表情である。


「誰が行くかっ!」


 カヨがそうつっこむと男衆は満足したかのようにうんうんと頷き、本当に帰っていった。


「待ってくだされ! 村のみなさんに話したい事があります。どうか村のみなさんを集めてください!」


 しかし老人のその言葉で、男衆は足を止め、振り返った。



「それで、話したい事とは……?」


 村人の代表として、村長が老人に問い掛ける。まだ四十代だがハゲている頭と残ってる白髪が老けている印象を与える。

 村の人々は皆教会に集められた。もうかなり深夜なので、母親の傍で寝息を立てている子供もいる。


「はい、実はですな……カヨと言うその娘は──勇者なのじゃっっ!!」


 ……………………。


 気まずい静寂が訪れ暫くして男衆の一人が口を開いた。


「何言ってんだこのクソジジイ?」


「カヨちゃんは我々のアイドルだ! 愛玩していいのは我々だけだ」


「全くだとも、帰れジジイ!」


 堰を切って溢れだす野次はとても女神様の像のあるところでいう台詞とは思えない。


「証拠ならあるぞい!」


 若干キレ気味の老人のその言葉に野次を飛ばしていた男衆が押し黙る。老人はカヨの右手を掴み、手の甲にある『棒』という字を村人達へ見せた。


「どうじゃ、これぞ正に勇者のもんしょ──」


「なめんなよクソジジイ!!」


「表出ろ!!」


「もう夜も遅いし子供も眠たそうだから帰ります。いいですよね? 村長?」


「皆さん! 明日も早いですしそろそろ帰りましょう。……カワタくん、今日このご老人は君の家に泊めてやってくれないかな?」


「ええ!? 村長勘弁してくださいよ!」


「明日それとなく追い出すからさ、ね? ここは私の顔を立ててさ。頼むよ」


「一日だけっすよ……たく」


 老人の言葉に村人達は一斉にいきり立った。もう帰ろうとしてる人もいるし、村長は木こりのカワタ君と老人の扱いについて話し合っている。


「そんな感じの紋章ならわしも見た事あるぞ」


 その言葉によって騒ついていた村人達が静まった。 声のした方へと目を向けるとそこにはヨボヨボと体を揺らす長老がいた。


「わしがこんな感じの紋章を見たのはもう七十年以上前……、わしが子供の時だ」


 長老は遠い目をして言った。そのまんま逝ってしまいそうな所が怖い。


「みんな村の中心部に錆びた人型の像があるのは知ってるじゃろ?」


 そう言って長老は周囲を見回した。村人達は頷き合っている。


「あの何十年も手入れしてなくてもう男か女かも分からん像の事か?」


 カヨが村人を代表して尋ねる。錆付いた像は確かに村の中心部にあった。


「うん、それじゃ。

 実はあの像はわしが子供の時にこの村に通りかかった旅人がモデルでな。そいつは村を荒らしていた百匹以上のコボルトの群れを全滅させたのじゃ」


「そりゃスゲーな。母さんでもコボルトは五十匹が限界だからなぁ……」


 カヨも素直に頷く。母の凄さには気付いていないようだ。


「その男は大層な剣の使い手でな。右手の甲に黒くて太い字で『剣』って書いてあったのじゃ……ZZZ……」


 そこまで言って長老は寝てしまった。そして紋章の件は真実味を増した。


「皆さん聞きましたか!? カヨさんは勇者なのですよ!

 魔王討伐の旅に出さねばならないんです! 迅速に明日にでも!」


 老人が悩む様子の村人にここぞとばかりにまくしたてる。


「まあ、そう言われては……」


「本当に勇者だったら仕方ないか……」


「はい皆さん、明日カヨちゃんの見送りをしましょう。

 ではもう夜遅いですし今日はお開きという事で」


 村人は村長の言葉に納得し帰っていった。カヨイコール勇者の法則が成り立ってしまったようだ。


「ってゆうか簡単に説得されすぎだろ! 長老の言うこと丸々信じんのか!?」


 しかし村人は次々に教会から出ていく。カヨの言葉には全く耳を貸さない。


「さあカヨ、今日はもう遅いし帰りましょう。

 明日にはもう旅立つんだしね」


 そう言って母はカヨの首を掴んで無理矢理連れ帰る。その横でにこやかに父が微笑んでいる。


「ぼぼえんどぅがびで、ばでぅべぼぼ!! (微笑んでないで助けろよ!!)」


「今日はカヨの大好きなコボルトのハンバーグをたくさん作るからね」


 カヨは反論どころか言論の自由さえ許されず、そのまま家まで連行された。もう後に退く事はできない。


「ばぅぶえぇびでぇぁ! (勘弁してぇ!)」


 彼女の心の叫びは星空がかき消してしまった。

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