第一節 棒の勇者、水汲みへ
イデカード大陸にある小さな村……そこに一人の少女がいた。彫りの深い中性的な顔立ちに茶色い肩くらいまでの髪で女性としては高い身長。
彼女の名はカヨと言う。
これは彼女が『棒』の勇者として戦い、成長していく冒険活劇である……はず。
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「カヨ~。水を汲んできて頂戴」
カヨの母が居間にいるカヨへ声を掛ける。彼女の住む村には井戸が無いので川までわざわざ汲みに行かなければならないのだ。
「はぁ、めんどくさっ。自分で行ってよ」
カヨは腹を掻いて寝そべったまま答える。彼女はものぐさで家事や手伝いは面倒臭かってあまりしない。
「いいから行ってきなさい。母さんが優しいうちにね」
母はニコニコしているが多少語気が荒くなっている。握り締めたじゃがいもが粉々になって台所中に飛び散った。
「やだよ! ほら今勉強してるし」
しかし彼女は頑なに拒んだ。わざわざやりもしない問題集まで出す徹底ぶりである。
「早く行ってらっしゃい。お勉強はその後すればいいじゃない」
母はそう言いながら素早くカヨの前まで走りカヨを殴り飛ばした。カヨの体が宙を舞いそのまま外まで吹き飛ばされる。
「気を付けていってらっしゃい。最近は魔物が多くて物騒だからね」
母はそう言うと倒れてるカヨに水汲み用のバケツを投げ付けてきた。
「おかしいっしょ……」
たった今物騒な目にあったカヨはバケツにぶつかった頭を擦りながら渋々水汲みに行くのだった……
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カイナ村を出ると険しい山道が伸びている。カヨはだるそうにバケツを持って歩いていた。
「こんな小さい村で一生を過ごすのか……
こんなつまらん一生を送るんならいっそのこと旅にでも出てみたいもんだな」
独り言を呟きながらも山道を歩き続ける。文句を言いながらも足は止めない。カヨは女性ながら村一番の体力と二番目の怪力を持っている。一番目は鬼神のごとき怪力を持つカヨの母である。
「ほら見ろ。山道がきつすぎて爺さんがのたれ死んでるじゃんかよ」
山道の端に小汚い老人が倒れていた。右手にはぼろぼろの杖を握っている。
「……て人倒れてんじゃん!」
カヨは驚きつつも近くにあった木の枝を握り締めて老人に近づいた。
老人はうつ伏せで倒れている。表情はこちらから伺う事ができない。とりあえずカヨは木の枝でつついてみる事にした。
ツンツン……、ブス!!
「うぎやああぁ、足があぁぁぁ!」
「わり、間違って刺しちったわ」
つついたつもりだったのだが、勢い余って刺してしまったようだ。老人はカヨに向き直って問い掛ける。
「何なんじゃあんたは!」
「いやね、あんたがここに倒れてたから死んでるかどうか試してみたんだよ。……まあ木の枝刺さったおかげで目覚ましたんだから結果オーライ?」
「オーライ? じゃないわ! 最近のガキはみんなこうなのかい!?」
老人は相当怒っているようで、座った状態のまま杖をブンブン振り回してカヨに説教する。
「悪い悪い。村までおぶってやるから許してよ、な?」
カヨはそう言って老人に近づいた。
「そういやアンタ、カヨとか言う少女を知らないかね? 多分この近くの村に居るはずじゃが」
「何ジジイ? 私に用あんの?」
自分の名が急に出てきたので怪訝な表情を浮かべ、若干後退りしながらカヨが尋ねる。
「ふむ、ワイルド系な少女だとは聞いていたが、倒れている老人の足をぶっ刺すほどとはな……まあ良いわ。カヨよ、お前にわしはすんごい重要な事を言わなければならん……。聞いてくれるな?」
「いきなり呼び捨てで呼ぶなよジジイ。追い剥ぎするぞ」
「実はな……お前はな……」
「おい聞いてんのかジジイ」
カヨの言葉を無視して老人は言葉を繋ぐ。
「お前は勇者なんじゃ!! ……棒の」
「棒の!? 何か響きが卑猥だな!」
老人は驚愕するカヨを見据えて言う。その表情は真剣そのものである。
「実はこの世界にも危機がせまっていてだな……つい最近に魔王が復活したのじゃ! このままでは世界が危なーい!!」
老人は持てる声の全てを出してカヨに告げた。
「……いや、危なーいって言われても……」
「既に剣の勇者、槍の勇者、斧の勇者や盾の勇者も旅立っておる!!」
「剣の勇者とかは分かるけど盾の勇者って何!? どうやって攻撃するのさ!?」
「勇者に選ばれたからには一刻も早く魔王を倒さねばならない……
さもなくば世界は闇に包まれるだろう! ……はあはあ」
老人は気張って言った。一度に喋りすぎたのか咳き込んでいる。
「そんなこと急に言われてもな……」
カヨはポリポリ頭を掻いた。確かに旅に出たいと独り言は言ったが、勇者となれば話は別である。
伝説で聞く勇者は数えきれない程の危険と戦闘を繰り返してきたという。もし勇者になったならば、常に死の危険を抱え、怯えながら魔王を倒すまで旅を続けねばならない。
カヨはそれが安全で衣食住の保障されている村を出てまで成し遂げる価値のあるものとはとても思えない訳である。
「ごめんジジイ。私そういうの無理だわ……、めんどくさそうだしさ」
「お……おお……」
老人は震えていた。少しはっきり言いすぎたかとカヨは後悔し、言葉を選んで慎重に断る。
「あのさ、勇者とか私には無理だし……旅出ても所詮田舎上がり止まりだろうしさ──」
「後ろに魔物じゃっっ!!」
「はっ?」
突然カヨの後頭部に激痛が走る。どうやら棒で殴られたようだ。
「……っ!? 何だこりゃ!!」
痛みで後頭部を押さえると指にヌルヌルした感覚が伝わる。血が出ているらしい。振り向くとそこにはニヤニヤしている魔物がいた。黄色っぽい体毛が全身を覆っており、鋭く卑屈な目は睨まれた者を震え上がらせる。
コボルトだ。今さっき血で染めた棍棒を握っている。
「危ない危ない、もう少しで頭割れる所だったわ……」
「いや、どう見ても血が出ておるぞ!? 頭割れてるからな!」
初撃は何とか耐えたが次はない。カヨは気合いで体勢を立て直し、コボルトに顔を向ける。
「キシヤァァァァァ!」
典型的な雑魚の鳴き声をあげて、コボルトが襲い掛かってくる。そこで後ろにいた老人が叫ぶ。
「わしの足に刺さってる木の枝を使うんじゃ! お前は『棒』の勇者じゃからな!」
「でもジジイ……今抜いたら結構やばいんじゃないのか? 血とか既に一杯出てるぞ」
「いいから早く抜け! 魔物に撲殺されるならまだ失血死の方がマシじゃ」
老人はコボルトを横目でチラチラ見ながらカヨを急かすかのように言う。
「分かった、あの世行ったとしても恨むなよジジイ!」
そう言うとカヨは老人の膝らへんに刺さっていた木の枝を思いっきり引き抜いた。
「膝の……、皿がああぁぁぁ!!」
老人が膝を抱えて苦しがっている。しかも結構血が出てるが、今の状況では仕方がない。
「キシヤァァァァァ!!」
コボルトが棍棒を振り回しながら襲い掛かってくる。カヨは冷静にそれを見据え、躱した。
「グガァ?」
コボルトの攻撃は盛大に空振りし、その反動でバランスを崩してしまった。
カヨはその隙に守備の甘くなったコボルトの右目に木の枝を突き立てた。コボルトは痛みの余り手で目を押さえ、棍棒を落としてしまった。
「武器を落とすなんて馬鹿か? お前」
カヨはそういうとコボルトの落とした棍棒を手早く拾った。
瞬間、力がみなぎる。
「何だ……!?」
カヨの右手の甲に黒い『棒』という文字が浮かび上がる。これが勇者としての紋章だとでも言うのだろうか?
「何だこれ、直球すぎだろ。でも、力は溢れてくるぞ……!」
カヨは自分の力を感じた。そしてそれをコボルトに向けて一気に放出する。
「おらあぁぁぁあ!!」
勝負は呆気なく着いた。振り下ろしたカヨの棍棒はコボルトの脳天をかち割りコボルトは悲鳴すら上げれずに死んでしまった。
「危ねぇ所だったな……」
そう言いながらカヨは老人の方へ振り返った。
カヨの格好は服から顔まで返り血で真っ赤に染まっていて、生々しく血の付いた棍棒を握っている。その姿は勇者と言うよりは殺戮にくれる魔王のようだった。
老人はそんな彼女に言い知れぬ可能性と本能的恐怖を感じつつ、冷静に礼を言った。
「ぁあ……あ、ありが……とぉお?!」
全然冷静では無かった。ズボンが濡れているのは気にしないでもらいたい。
「そろそろ帰るか。もう日も暮れるし。ほらジジイ、おぶってやんよ」
そう言ってカヨは棍棒を握ったまま老人をおんぶした。そして来た道を辿っていく。
勇者の初陣は大勝利だった。




