第九節 棒の勇者、決戦に向けて(中)
・
山々の隙間から太陽の光が覗きだす頃、広場に三人が集結していた。
カヨは相変わらず皮の服に母から貰ったコボルトの棍棒。
ショウはいつも通り手ぶらで、ピーターはナイフの代わりに包丁を腰に差していた。
「行くか」
「ええ」「おう」
時間はまだまだあるとはいえ、ほこらは普段人が全く出入りしない場所だ、何があるか分かったものではない。
決意を新たに三人はほこらへ向けた畔道を歩き始めた。
約二時間かかり、村外れのほこらにようやく着いた。このほこらは山岳地帯にある事、遠い事、魔物が出没しやすい事が相まって普段人を全く寄せ付けない。
カヨ達は道中現われた雑魚共を蹴散らし、埃っぽいほこらの入口へと足を踏み入れた。
「うわっ、暗っ」
「げほっ、げほっ……誰か明かり持ってないか?」
カヨが尋ねるとピーターは松明に火を灯した。火打ち石と松明を持ってきてたようだ。
「よし、進むぞ……」
カヨ達は薄暗い道を歩く。辺りに置いてあるろうそくに火を移していき、帰りの道を確保する。
周りには蜘蛛の巣が沢山張ってあり、何十年もの間使われていなかった事を物語っている。
「階段だ……」
暫らく歩くと階段が姿を表した。ここまで一本道で何も無かったので、恐らく下の階に超絶勇者武器はあるのだろう。
「降りてみるか」
カヨ達は階段に足を掛けた。下の階に一体何があるのだろうか……?
「────!」
階段を降り切った瞬間感じた空気の変化に思わずカヨは顔をしかめる。
地上は埃っぽいだけで特に変わった所は無かったが、この地下は地上とは──俗世とは全く違う空気を醸し出していた。
地下の闇からはは地獄のような胸を圧迫する威圧感と、薄暗い闇に潜む何かの息遣いが聞こえてくる。
「みんな、離れずに固まって進むぞ」
カヨの言葉にショウとピーターは頷き、カヨを先頭に一列になって狭い路地を進んでいった。
胸に奇妙な圧迫感を感じながらも予想に反して魔物は全く現れない。それを不審に思いつつもカヨ達は警戒を怠らず進んでいった。
そして、三人は丁度三又の分岐路に差し掛かった。
「どこに進む……?」
「あまり時間が無いですからねえ。手分けして探すのもリスクが高いですし……」
「じゃあ多数決ってのはどうだ?」
カヨ達は結局ピーターの意見を取り入れ、多数決にて道を決める事にした。
「じゃあ右がいい人」
「はい」「はい」
カヨとピーターが手を挙げる。
「決まりだな」
「えっ……! 普通こういう時って左でしょ!」
ショウが抗議の意を述べる。
「困った時は箸持つ手っていうじゃん」
「でも少数意見も取り入れるべきですよ!」
「それ言っちゃ多数決の意味ねえだろ!」
カヨとピーターがショウをたしなめるが中々退かない。
ショウ曰く右は嫌な予感がすると言っているが、時間が無いためあまりここで揉めていられない。
仕方なく三人は左に行くという結論に達しかけた時だ。
「ん? 何か音がしないか?」
急にカサカサと声が聞こえた。振り向けばそこで闇が蠢いていた。
薄暗いためよく見えなかったが、近づくにつれ松明の明かりに照らされその姿が明らかになる。
「蜘蛛!」
それは、巨大蜘蛛の大群だった。蜘蛛達はカヨらに向けてカサカサと素早く歩みを進める。
このままでは餌食になってしまう。
「くそったれ!」
三人は本能的に、それぞれ三つの道に飛び込んだ。
「はあっ、はあっ……」
分岐路を左に進んだショウは後ろを振り返らず走っていた。
そして、丁度隠れられるような岩と岩の隙間を見付け、謎の蜘蛛集団を何とかやり過ごす事が出来た。
「やれやれですわ」
ショウは先程の分岐路に戻るか先に進むか迷い、先に進む事にした。
ショウが進んでいくと周りの景色がだんだんきっちりした物になってきた。
まるで洞窟のようだった壁や床が段々綺麗な石造りに変わっていったのだ。壁には何やら怪しげな文字がびっしり書かれている。
「あれは?」
ショウは道の向こう隅に上り階段があるのを見つけた。階段は小さな建物に通じている。
それを上っていくとどうやら小さな建物は祭壇だったようだ。丁寧な装飾の扉の中から凄まじいエネルギーを感じ、思わずショウはたじろぐ。
「……これは僕一人じゃ無理だな、うん。帰ってカヨさんに報告だ……」
ショウはそう結論づけて踵を返し、階段を下ろうとする。しかし、
「!!」
来た道は先程突然現われた蜘蛛軍団によっていつの間にか埋め尽くされていた。
ガサゴソと蜘蛛達は階段付近に群がり、やがて階段をゆっくり上り始める。
徐々に迫る蜘蛛にショウはどうすべきか必死で頭を巡らした。祭壇から直接飛び降りようにもすでに下は蜘蛛によって足の隙間が無くない。
かと言って無論このまま蜘蛛の餌になるつもりはない。となると……。
「やっぱり祭壇開けるしか……、でもなあ」
祭壇からはそれはもう強烈なパワーが感じられる。ショウのような小物が開けたらショックで死んでしまうかもしれない。
ショウが悩む間に蜘蛛の一匹がついに階段を上り切った。蜘蛛は前脚を上げ、ショウに襲い掛かる。
「────わわっ!!」
ショウは蜘蛛から逃れるかのように、本能的に祭壇の扉を開いた。
祭壇の扉を開けた瞬間、まるで囚われていた囚人達が逃げ出すかのごとく、数多もの霊気と光が吹き出した。
「──うわぁぁぁぁ!!」
ショウは余りもの吹き出すパワーの勢いに耐え切れず吹き飛ばされてしまう。
そして派手に壁にぶつかり、そのまま床までずり落ちていった。
「あいたたた……。一体何なんですかあれは……」
ショウが背中を擦りながら立ち上がる。幸い背中の打撲程度で済んだようだ。
ショウはふと、蜘蛛達がどうなったのかを確認するため辺りを見渡す。
「んな!」
気が付けば、辺りに沢山いたはずの蜘蛛が皆散り散りに祭壇から離れていっていた。
ショウに全く目をくれず退くその姿は、まるで祭壇の光を蜘蛛が畏れているようだった。
「助かったのかな?」
ショウは再び祭壇を上がる。開けてしまったからには最後まで確認しないと気が済まないのだろう。
ショウが覗き込んだ祭壇の内部にあったのは、意外にも小さな髪の毛程のサイズの赤い棒一本だった。
「何だこりゃ? まさかこんな棒一本で蜘蛛がびびった訳じゃ──」
ショウが赤い棒をつまんだ瞬間だ。
まばゆいばかりの光を再び祭壇が放ち、ショウは思わず目を瞑った。
再び目を開けた時、ショウの目の前には、
「貴様が『棒』の勇者かあ?」
猿が一匹立っていた。
「は?」
ショウは思わず目が点になる。
しかし猿はそんなショウの様子に構わず、話を続ける。
「ならば試練を受け我が超絶勇者武器、『如意棒』を手に入れよ!
…………ウキー!!」
猿はそう一方的に宣言するといきなり跳躍して襲い掛かってきた。
「さっきよりまずくなってんじゃん!!」
厄介な猿に目を付けられたショウは、とりあえずポケットの中に赤い棒を入れて、祭壇から直接飛び降りる。
瞬間、背後で祭壇全体が崩れる音がした。
「まじかよおお!! カヨさーん!」
「逃げ惑えウキャキャキャ!」
ショウは超人的な能力を持った猿から逃げ出す事しか出来なかった。
・
「蜘蛛が全く着いてきてないな……」
ピーターは中央の道に咄嗟に逃げ込んでいた。
しかし、中央の道には全く蜘蛛が入らずピーターは難なく危機を逃れる事が出来た。
「うーむ、奴ら元の場所に戻れるのかな……」
中央はともかく、右左には蜘蛛が大量に入っていった気がする。それに元の位置に戻れば再び蜘蛛達に襲われるかもしれない。
それならばこの道を進みその先で合流できるならすればよい、とピーターは結論を出し先に進む事にした。
「……? 何だか明るくなってきたな」
進んで行くに連れてピーターは周りがだんだん明るくなってきた事に気付いた。
これでは松明の意味が無いと、ピーターは一時松明の明かりを消した。
更に進むとどんどん周りが明るくなってゆく。その明るさは火の明かりというよりは、太陽のそれに近い。
そして、
「外だ!」
ピーターは四方を岩に囲まれた場所に出た。
見上げれば、遥か上の方に太陽が照っているのが確認できる。
岩の一面にははしごがあり、上っていけば脱出する事が出来そうだ。
「ここは……干上がった井戸みたいだな」
形状から察するにこの場所は井戸のようだがカイナ村には井戸が無い。どこの井戸なのだろうか?
「まあいいや……、二人はどうなってるか確認しないとな」
ピーターは出口を記憶して、カヨ達に会うため再び来た道を引き返していった。
・
「嘘だろっ……!」
右の道を進み切ったカヨは顔面を蒼白に染めた。
目線の先にあるのは無慈悲な岩の壁だった。後ろからは先刻の蜘蛛達が迫ってきている。
絶体絶命。今の状態はまさしくそれだ。
「隠し扉とかは!?」
カヨはこの手のダンジョンに有りがちな隠し扉に期待して行き止まりの壁にべたべた触りまくった。
しかし悲しいかな壁は何の反応も示さず、ついに蜘蛛達がカヨに襲い掛かった。
「──ええい!」
カヨは棍棒で蜘蛛の頭部を殴る。
あっさり蜘蛛は死んだが緑色の体液を身体中に浴びるのは余りいい気持ちではない。カヨは仕方なく後続の蜘蛛も迎え撃つ。
殴れども殴れども蜘蛛は全く絶えない。体液でべちょべちょになりたまに蜘蛛の巣もかかるため気分は最悪だ。
カヨはねちょねちょになった身体に不快感を感じつつも頭から振り払い、機械的に蜘蛛を捌く。
しかし次第に疲れが見え始め、動きが鈍くなってくる。
蜘蛛はそうなるのを待っていたかのように動きを増していく。
「最初から疲れんの待ってたのか……? 悪趣味な昆虫どもだな」
カヨは皮肉を込めた笑みを浮かべ減らず口を叩くが、次第に余裕が消えてゆく。
対して蜘蛛達は今がチャンスかと言わんばかりに動きを高めていく。
更にはいつの間にかあちこちに張られていた蜘蛛の巣によって遠くの蜘蛛達も素早く壁を伝ってカヨに迫る。
「やば……もう無理かも……」
だんだんカヨから意識が遠退いていく。いつか戦ったオーク軍団もすごい量だったがこれに比べたら一握の砂のような物だ。
桁が違う。カヨは圧倒的な数の暴力に身を委ね、その瞳を閉じた。




