第八節 棒の勇者、陰謀を砕く(下)
カヨの目前に陥落したヨトキ城が現れる。ようやく到着したようだ。一分一秒がもどかしく感じる……こうしてる間に中の人質達に何か起こっているかもしれないのだ。
「よしっ!」
カヨは決意を込めて扉を勢い良く開ける。中には先程ショウやピーターが見た無残な死体がいた。カヨは吐き気を催しつつも目を逸らさずに一歩一歩確実に進む。
「国王は何処に……?」
とりあえずカヨは下の階に行く事にした。地下牢があればそこに人質が捕らえられている可能性が高い。
地下は一階よりはだいぶマシだったがそれでも血生臭い匂いが漂っていた。どうやら敵はいないようだ。警戒しながら歩みを進めると牢屋が見えてきた。
「誰かいるか?」
問い掛けるが、何も反応が無い。試しに一番手前の牢屋を覗いてみる。
「! これは!」
カヨの目に映ったのは一階のものとほぼ同じ死に方をした死体だった。死体の格好は様々で薄汚い囚人服を着たものや、豪勢な服を着たものがある。
「この豪華な服はきっと偉い人だろうな……、いったい何で人質まで死んでるんだ?」
カヨはずっと城に入った時から気になっていた事があった。死体の数があまりにも多すぎるのだ。更に中からは生存者の気配が全く無い。更に人質に至るまでこの始末である。
まるで、何か大きな存在によって城内のあらゆる人間という人間が殺されたような、そんな印象だった。
「上に行ってみるか……」
いずれにせよ、地下には何もない事が分かった。ならば上の階を探索して国王セシロー二世を探すのみだ。カヨは今度は若干小走りで地下牢を後にした。
地下、一階、二階と隅々まで探索したが何もなかった。あるのはもの言わぬ死体のみである。カヨは陰欝な気分になりながらも三階へと上がった。
まず三階の中央部分に位置する王室に向かう事にした。中からは人の気配と、人外の気配が若干感じられた。カヨは深呼吸し、覚悟を決めると中への扉を開いた。
「ふむ。エルザはどうやら負けたようだな……」
中には眼鏡をかけた冷たい瞳の男──デモンズ将軍と、
「おまえは、ひるまの勇者!」
縛られたセシロー二世がいた。
「国王陛下! 助けに来たぞ!」
カヨそう言いながら警棒を抜き、デモンズ将軍に突き付ける。しかしデモンズはそんなカヨを全く気に掛けずマイペースに言葉を紡ぐ。
「会いたかった……と言えば嘘になるがよくぞ来た、『棒』の勇者よ。
私はデモンズ。元シガヒ王国将軍にして魔王閣下の手足なり……」
デモンズはちらりとカヨを見ると足元にいたセシロー二世を軽く蹴り、カヨの元へと促した。
「国王陛下は返そう、もう国の重役に人質の価値は無いからな。それにこの地は既に我々が鎮圧したようなものだ」
「どういう事だ!」
今にも飛び掛からんばかりの剣幕でまくしたてるカヨに全く動じずデモンズは言葉を繋げる。
「君の背後にいる存在が予想以上に暴れてくれたおかげだ」
デモンズがそう言った途端カヨは背後に空気の振動を感じた。しかし振り向いても影しか無い……、
否。そこにあったのはただの影ではなかった。
「────オォ……」
空気中に不快と不安を煽る嫌な振動が伝わる。カヨは思わず耳を塞ぐ。暫らくするとその振動は止み、カヨは顔を上げた。
「驚いたかね? 彼はシャドウ、ここで死んだ人間達の魂を魔王閣下に運ぶ忠実な部下だ。
政府関係者や市民は勿論、私に賛同してくれた可愛い陸軍や、国の中枢の掌握に尽力してくれた近衛兵隊、そして私に着いてきた警察隊達にもシャドウの餌になってもらった……見たろう? 城内の無数の死体を」
この時程頭に血が昇った瞬間は無いだろう。
「貴様ァ!! 味方まで殺すなんて──ふざけるなァァァァア!!」
カヨはデモンズの脳天を狙わんと全速力で飛び掛かる。しかしデモンズはそれをいとも簡単に躱し、カヨをたしなめるかのように穏やかな声で話し続けた。
「元々私の配下に人間などそれ程いらん……それに、集められる限りの魂を集めなければ、魔王閣下は復活しない……」
「何処までカスなんだおまえらぁ……!! 私が全員ぶっ殺してやる!」
カヨはそう言い再びデモンズに飛び掛かった。しかし今度は黒い影に阻まれる。
「やれやれ暴れるしか能が無い勇者にはうんざりだ……シャドウ、彼女の魂も奪え」
その言葉と共にシャドウが襲い掛かる。
「国王! 下がってろ!」
カヨはセシローにそう言うと、シャドウを迎え撃った。
カヨは迫るシャドウに対し警棒を振るった。だが、
「何っ!」
カヨの攻撃はシャドウの体を通り抜け宙を泳ぎ、カヨはそのままシャドウの背後へ転倒してしまった。その隙にシャドウは今度はカヨから距離を取り、次の攻撃準備に入った。
シャドウは突然空気を震わせ、そして刄のようなものを作り出した。そしてそれをカヨに向かい放り投げる。
「くっ……、何の!」
カヨは透明の刄を見極め躱そうとするが予想以上に早く何発か擦ってしまった。服の端が所々破ける。
カヨが弱ったのを見計らったかのようにシャドウが迫ってきた。後ろに退こうとするが足がもつれ、転倒してしまった。
「うわあっ!」
「……ァァ!」
隙だらけのカヨにシャドウの牙が容赦無く迫る。真っ白な牙は黒一面の中に爛々と輝き、カヨに正常な判断能力を奪わせ、本能的な恐怖により身動きを取れなくさせる。
「どうやら勝負あったようだな……。フ、勇者の魂なら魔王閣下の大きな糧になるだろう。
よし、やれシャドウ」
デモンズの合図と共にシャドウの牙がついにカヨの喉元へ──
「──────!!」
突然シャドウが声にならない悲鳴を上げた。見ればシャドウの体に朝の日差しが当たり、焼き焦げる様な音と共にどんどん体の黒色が薄くなっている。
カヨは唐突過ぎる異変に目を白黒させた。
「くそっ、朝日が昇り始めたか……! 残念だ、もう少しで勇者の魂を手に入れる事が出来たのに……。
まあ良い。シャドウよ、我が手に戻れ、行くぞ」
デモンズはそう言いシャドウに向け手をかざした。するとみるみるシャドウはデモンズの手の中に吸い込まれていく。
その後デモンズはカヨと王室の隅で息を殺しているセシローの方を一瞥して微かに笑うと窓から飛び降り、そして、窓の外に待たせていたであろうワイバーンの背に乗って地平線の彼方へと消えてしまった。
「……」
カヨは茫然としていて、一連の行動をへたれ込んだまま見る事しか出来なかった。
とりあえず、一連の反乱はようやく幕を降ろした……ようだ。
セシローはデモンズが去ると、真っ先にカヨに駆け寄った。
「だいじょうぶか!」
「……ああ……何とか、な……」
カヨは心配そうに見つめるセシローに微笑みながら答えた。が、しかし傷は思いの外深かったようで起き上がろうとすると体に激痛が走る。
「……つっ!」
カヨは悔しげに傷口を見つめる。途端に後悔が溢れだす。
反乱を起こし、多数の死者を出したデモンズ将軍を取り逃した事。シャドウと呼ばれる影のような魔物に完敗を喫した事。
それら全てが頭の中でぐるぐる回る。カヨはやりきれない感情を地面にぶつけた。
「くそっ!」
地面を殴った所で右手が痛み、虚しさが増すばかりだ。セシローはカヨの様子を案じて、
「だれか……けいさつ隊にでも助けを呼んでくるよ」
と言って外へととことこ歩きだしていった。
カヨは一人で暫らくの間ぼんやりとしていた。これから何をすればいいのか……皆目見当も付かなかった。
あのシャドウと言う魔物……、奴には攻撃が当たらなかった。擦り抜けてしまったのだ。
今持ってる粗野な棍棒や量産された警棒ごときではこの先の戦いを切り抜けることが出来ないかもしれない。
そこまでカヨが考えた時だった。
「貴様……また会ったな、『棒』の勇者」
「『剣』の勇者!」
現れたのは『剣』の勇者、金髪の美青年だった。身につけた鎧に返り血がついているところを見ると、彼も一連の騒動に巻き込まれたらしい。
「魔王の手下はいなかったのか?」
「いや……、さっきそこの窓からワイバーンに乗って出ていったよ」
剣の勇者はその言葉を聞くと残念そうな顔をしたが、すぐに元の無表情に戻り、
「すぐ追えば間に合うか……」
そう呟くとカヨの方へ向き直り、
「貴様との勝負は預けておこう。せいぜい腕を磨いておく事だな」
「おい待て!」
カヨの制止も聞かずに窓から飛び降りてしまった。
「何なんだよアイツは……」
カヨは『剣』の勇者の行動を振り返る。最初に会った時は圧倒的な強さでカヨを殺そうとしたデーモンビギナー軍団を壊滅させた。
かと思えばカヨに「勇者はそう何人もいらない」との意味深な……しかしカヨには全く解せない言葉を残して去っていった。
今回も夜が明け騒動がほぼ治まりかけた時にようやくやって来たわけである。彼は何を考え何を目的にしているのか……。
カヨには見当がつかない。
「カヨさん!」「カヨ!」
『剣』の勇者について思考していたカヨは、聞き慣れた二人の声にはっと顔を上げた。
「ショウにピーター! お前怪我は大丈夫なのか?」
「縫ってもらったからもう大丈夫だ。心配かけたな……」
カヨの気遣う言葉にピーターは若干照れながら言葉を返した。
ショウはそんな二人のやりとりをもどかしそうに見つめ、終わると同時に焦りながらこう言った。
「それより! そんな事より! 大変なんですよカヨさん!」
「何だ何だ!? どうしたんだよ!」
凄まじい剣幕でまくし立てるショウにカヨは思わずたじろぐ。
「とにかく着いてきてくれ……、今大変な事になってるんだ……!」
ピーターは真剣な表情を浮かべていた。カヨは質問をするのをやめて、部屋を後にしようとする二人に着いていった。
二人の足は先程までカヨとエルザが戦っていた住宅街の方へと向かっていた。
二人もカヨも全く言葉を発しない。普段は耳障りな程騒がしい面子なのでこういった様子が彼らの真剣味を感じさせる。
「なあ、一体どうしたんだ? いい加減教えてくれても──」
「着いたぞ」
ピーターがそう言い曲がり角を指差した。その角の先はまさしくカヨとエルザが戦いを繰り広げた場所だった。
「何を見ても驚くなよ……」
ピーターの言葉にカヨは頷く。そして、意を決して曲がり角を曲がった。
「──!!」
カヨの目が驚愕の色に染まった。
その目に映ったのは、エルザの、
「そん……な……。何死んでんだよ」
死体だった。
・
暫らくして色々な人が集まってきた。
騒動が完全に治まったので解放された市民。一連の騒動の手がかりが無いか探す警察隊。カヨの手当てに来た医者。
そして、国王。
「エル……ザ……! どうして……どうして……」
セシローは泣いていた。顔は紅潮し、鼻水が垂れても全く気にせず、激しく泣いていた。
その姿は国王ではなくただの無力な子供だった。
「……」
カヨは何も言えない。突然すぎる出来事に頭が全く働かないのだ。
エルザの死体は警察隊により調べられている。
『Keep Out』の文字の前に一般市民も国王もエルザに何もできない。してやれないのだ。
「すいませんカヨさん……、あの後逃げるタイミング逃してずっとエルザさんの動向を見てたんです」
ショウが語り出し、カヨは何も言わないでいた。エルザの死について知っているのは彼だけだったからだ。
セシローも涙を堪えショウの話に耳を傾けた。
「あの後エルザさんは頭を抱えて、ずっと後悔してるみたいでした。『自分にはやっぱり無理だ』なんて言って……。
そこに一人の男が現れたんです。いつか見た『剣』の勇者が……」
「何ッ!」
ショウの話を遮りカヨが叫ぶ。
「どうしたんだ、カヨ?」
「さっき会ったんだよ! 『剣』の勇者に!」
カヨは興奮して叫ぶ。ショウ、ピーター、セシローの誰もがその言葉に驚いた。
「とにかく続けてくれ……ショウ」
「はい。その『剣』の勇者はエルザさんと少し喋った後いきなり剣を抜いて襲い掛かって……。
その後暫らく戦ってましたけどエルザさんが最後に胸を貫かれて……」
ショウはそこまで言って哀しげに目を伏せる。セシローは堪えきれなくなったのか、再び泣き始めた。
「『剣』の勇者は僕に気付いてたみたいですが僕を無視して城の方角に向かっていきました……。
僕はその後急いで警察隊に連絡してその時ピーターさんと合流して、再び城に向かったんです」
一連の経緯を聞いた後、カヨは自身の胸に悔しさと無力感が沸いてくるのを感じた。
自分にもっと力があれば……、注意していれば……。
後悔ばかり頭を巡る。
「とりあえずこれからの事を考えよう。
カヨ、お前が城に行った時何があったのか聞かせてくれ」
ピーターに促されカヨはヨトキ城での出来事を余す事なく話した。
セシローはまだ泣いていたが、今はそっとしておいてやるのが賢明だろう。
「その影の化け物なら僕達も会いました!
あんな恐ろしい化け物まで手下なんて……、魔王はどんなに恐ろしい奴か……」
ヨトキ城で戦った魔物『シャドウ』について話した時、ショウが口を挟んだ。隣でピーターも頷いている。
「シャドウには私の攻撃が通じなかった……。
ただ、光が弱点という事と、人々の魂を魔王の元に運んでる事が分かった」
「この騒動で死んだ人間はたくさんいるから魔王の復活もちかいんじゃないのか……?」
この騒動を通して魔王の全体像が少しずつ見えてきた。
魔王の復活を目論むデモンズや、味方であるはずの『剣』の勇者などの強敵。
それにデモンズが言っていた騒動は世界各地で起きているという事……。
まだまだ問題は山積みだ。
「僕、がんばるよ」
その時、セシローがそう呟いた。
「エルザをころして、たくさんの人をころして……。
そんな悪い事ばかりする魔王たちや悪いゆうしゃをのさばらせてはいけないよ……ぜったい!」
涙を拭き、カヨらの方を見つめたセシローの目は決意により強い輝きを放っていた。
「そのために……、きょう力してくれるかい? みんな」
「勿論だ!」「当たり前です」「やるしかないっしょ」
セシローの言葉に三人は強く同意した。
「まずは街のふっきゅう……それに他の箇所の被害も見ないと……」
セシローはこれからすべき事を確認すると、生き残った味方の兵士に連れられ城へと戻っていった。
セシローが去った後、カヨ達はこれからの事について本格的に話し始めた。
魔王の実態についてはある程度情報が得られたが、今だに居場所は掴めていない。それに魔王側だけでなく『剣』の勇者という驚異もある。
街は復旧作業で四方八方に角材を運んだり鎮火したりしている人が沢山いる。
とりあえず場所を移動しよう、という結論になり三人がヨトキ城に移動しようとした時だ。
「何だ?」
カヨの頭上に一枚の紙が舞い降りてきた。見れば街中に同様の紙がひらりひらり落ちてきている。
確認すると、そこには驚くべき内容が書かれていた。
『親愛なる人類の諸君へ。
私はこの度魔王軍人類管理省の大臣に任命されたデモンズ・ブラックだ。
今から私の書く三つの事項に諸君らは従ってほしい。
一、人類は魔王軍に降伏し、絶対服従を誓う事。
二、これから人類は一切の武力を持たず安全保障を魔王軍に委ねる事。
三、人類の管理は我々魔王軍人類管理省が行い、各地域ごとに管轄を担当する。細やかな部分は彼らの指示に従う事。
今日より二週間後、各国の主要都市に魔王軍の使いが出向くのでそれまでに返答を固めておくように。
もし仮に我々の申し出を拒否した場合、その都市は魔王閣下の意志に逆らったと判断し魔王軍が全力でその都市を壊滅させるのでそのつもりで慎重に考える事を薦める。
諸君らからの好意的な返答を期待する。
魔王軍人類管理省大臣 デモンズ・ブラック』
「何じゃこりゃ……」
デモンズより通達された文書に一通り目を通したカヨは文字通りあんぐりとした。
開いた口が塞がらないとでも言おうか。
デモンズら魔王軍の素早い対応や文書の曖昧さ。何より人類を制圧すると事実上書き切ったその内容は怒りや呆れを通り越し、見る者を絶望まで誘う。
「大変な事になって来ましたねえ……。やはり国王と相談して迅速な対応をした方がいいでしょうな」
ショウの珍しく真面目な判断にカヨとピーターは頷き、ヨトキ城に魔王軍の文書を握り締めながら向かった。
半壊した王室に再びたどり着いた三人をセシローは待ってましたとでも言わんばかりに迎えた。
急ごしらえで用意された小さめの机の上には山のような書類が積まれている。この緊急事態において、国王の役割はそれだけ大きいという事だ。
「国王見たかこれ? 魔王軍の通達なんだが……」
「もちろん。ほかの国の都市にも同様のぶんしょが同じ時刻に届いたみたい」
セシローは子供らしくない忌々しそうな表情を浮かべながらそう言った。
ただでさえヨトキには甚大な被害が出たのにその上追い討ちをかけるかのようなこの文書である。怒るのは当然だろう。
「どうするつもりなんだ? まさか申し出を受けるつもりじゃないだろうな」
「まさか! 僕はぜったいにこんなふざけた紙切れの言うことなんかには従わないよ!
各国の首脳達にもう対談の予定を組んである。それと居場所のはっきりしてる勇者達にもれんらくした。
カヨたちは勇者達とこのヨトキで話し合ってほしい」
カヨはセシローの著しい成長に素直に驚いた。セシローにとってエルザが、市民がいかに大切な存在であったかがはっきりと分かる。
「対談は一週間後だからね。それまでいろいろ準備しておいてほしい」
セシローの言葉にカヨ達は尊敬の意を込めて、頷いた。




