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第八節 棒の勇者、陰謀を砕く(上)

「どうなってるんだ!?」


 ピーターが叫ぶ。額からは緊張と困惑による冷や汗が流れている。ショウはと言えば、ちゃっかり離れた場所に避難し、そこで二人の動向をじっと伺っていた。


「何するんですかエルザさん! こんな時にジョークはいらないですよ!?」


「ギャグだと思うんならあの世でずっとそう思ってな!」


 戸惑うカヨに対しエルザは躊躇無く斧を振り下ろし、薙払う。カヨは避ける事に精一杯で全く反撃に転ずる事が出来ない。段々息が切れ、動きが緩慢になる。


「落ち着いてエルザさん! こんな事され続けたら私死んじゃいますよ」


「ならば死にな! あたしは勇者としてあんたを倒さなきゃならないんだ!」


「どういう事なんですか! もしかして、国王の身に何かあったんですか!?」




 途端、カヨが国王の名を出すとエルザの動きがピタリと止まった。その表情はさっきまでの獰猛なものでは無く、戸惑いによって悲しげなものになっていた。


「やはり何かあったんだな」


 ピーターがそう言うと、エルザは俯いたまま語り出した。


「陛下が……セシロー様が……人質に、捕られてるんだ……」


「国王が人質に? 一体何でそんなことに……」


「裏切り者がいたんだ」


 エルザはそう言い、頭を抱えた。それと同時についた溜め息から彼女の受けたショックの程度が良く分かる。


「裏切り者って……まさか!」


 カヨの頭に暴動を起こした兵士達の顔が浮かび上がる。もしあの兵士達が裏切り者なのだとしたら……?


「ひどい有様だったよ。まさか陸軍、近衛兵隊全員に警察隊の一部まで反乱を起こすとはね……。全てはある男が仕組んだ事だったんだ……」


「ある男?」


「デモンズ将軍。あの男が今回の反乱を全て招いたんだ。だからあいつの直属の軍隊の陸軍は皆あいつの息がかかってた訳だ……」


「マジかよ……」


 ピーターもカヨも言葉を失っていた。反乱の首謀者がシガヒ王国の将軍だったとは。更に国王であるセシロー二世が人質に捕られている、言わばチェックメイトに限りなく近い状態なのだ。

 エルザは暫らく俯いていたが、カヨがぼんやり立ち尽くしているのを見て、再び襲い掛かった。


「すまないが、陛下を死なせる訳にはいかない。代わりにあんたに死んでもらうよカヨ!」


「カヨ危ない!!」


 物凄い速度で振り下ろされたエルザの斧をカヨは避ける事が出来ず、ただ固まっていた。咄嗟にピーターがカヨを押し倒していなければ恐らく腰から上と下が分裂する事になっていただろう。ピーターはカヨを庇った時に頭を少し打った様で先程の傷がぶり返し、頭を抱えてうずくまった。


「おいピーター! 大丈夫なのかお前!?」


「大丈夫大丈夫……それより早くエルザを止めろ、お前があいつを殺す気で戦わないとあいつに殺されちまうぞ……!」


 ピーターはそう言いエルザを指差す。エルザはうずくまったピーターを見て少なからず動揺した様子だったが、カヨが彼女を睨んだのを感じると再びこちら側へと迫ってきた。


「エルザさん──いや、エルザ!! あんたの事情は分かったが仲間を怪我させられて黙ってる訳にはいかねえ! 本気で行かせてもらうからな!」


 カヨの瞳に決意が宿る。と、同時に右手の文字が光りだす。握り締めた棍棒が手と一体化したかのように軽くなる。全身の細胞がエルザを倒す事のみに集中し、フル稼働する。


「これが避けれるかいっ」


 エルザの斧が顎を目がけて飛んでくる、が動揺している人間の攻撃は単調なものだ。カヨは屈んでそれを躱すと懐に飛び込み、体当たりをかます。

 エルザは後向きに転倒し、カヨはその隙をついて棍棒を振るうがエルザはすぐに横転したかと思うと立ち上がり様に逆に蹴りを食らってしまう。軽装なのが功を奏しカヨは受け身を取ってほぼ無傷で済んだ。


「棒の勇者、最初見た時は冗談だと思ったけどまさかこんな実力の持ち主とはね。コボルトの作った木製の棍棒程度でこの破壊力──やはり短期決戦しかないっ!」


 エルザは先程カヨが叩いた地面を指差す。レンガ作りの舗道がひびで歪んでいた。


「この攻撃を避けてみな!!」


 エルザは再び走りだした。カヨはまた薙払いだと思い身構える。しかし、


「なっ」


 エルザは急に立ち止まり斧を投げる。突然過ぎてカヨは飛んでくる斧を棍棒で何とか受ける。が、


「──!」


「貰ったね」


 カヨの棍棒はエルザのトマホーク攻撃によって、真っ二つに折れてしまった。

 棍棒が折れてしまい、カヨは丸腰に等しい状態になる。右手の『棒』の文字も輝きを失ってしまった。


「今度こそ終わりだよカヨ。思ったより時間は掛かってしまったがね……」


 エルザは弧を描き戻ってきた斧を両腕でしっかり受け止めた。必死で最善の策を考えるが何も思い浮かばない。頭が真っ白になり、ただただ立ち尽くす。


「これで……陛下は……。すまないカヨ、あんたに恨みは無いんだが……本当にすまないね……」


 エルザは哀しげに目を伏せ、静かにそう呟いた。やはり何の罪も無きカヨを手に掛ける事に抵抗があるのだろう。

 カヨはその一瞬を突き体当たりを食らわした。突然の事に対応し切れずエルザはよろめく。カヨはその間にピーターを担ぎ一目散に駆け出した。


「待てっ! カヨッ! 待ってくれ……!」


 エルザはそう言いカヨ達を追い掛けようとしたがしかし、実際にそうする事はなかった。



「大丈夫かピーター!」


 カヨはピーターを背負いながら声を掛け続ける。ピーターは弱々しい返事を何とか返すもののあまり調子は良くない様で荒い息がカヨにまで伝わってくる。


「もうすぐだぞ──よし、見えてきた!しっかりしてろよピーター!」


 カヨはようやく病院施設までたどり着いた。恐らく今ここにはこの騒動で怪我をした負傷者達が多数収容されているだろう。カヨは大急ぎで入り口を開くと近くにいた監視役の警察にピーターを委ねた。警察は若干驚いた様だったが快く了承してくれた。すると今度はカヨは棍棒の代わりになる棒を探す事にした。


「早く見つけて城に行かないとな……」


 エルザは恐らく今頃城へと向かっているだろう、とカヨは推察した。それでカヨと負傷しているピーターを逃がしてくれるだろう。

 だとしたら一刻も早くエルザを支援するために武器を手に入れたい。カヨは走りつつ周囲に目をやる。そして、兵士の死体から警棒を奪った。




「やっぱり……あたしには出来ないよ……罪無き人を殺す事は……。仮にもカヨは目的を同じにする同胞、それの命を奪うなんて……」


 エルザは泣いていた。勇者としての性に抗う事が出来なかったのだ。魔王を倒し、人々に平和を与えるのが勇者の使命だ。カヨはそれに従い街で暴れ出した魔物を倒し、民も国王も皆助けようとしているのに自分は……。

 あろう事か『魔王』の手先に屈している状態ではないか。国王陛下を人質に捕られていて仕方がなかった。……そう言えばそれまでだが、それは自身の責任から逃れるための言い訳にすぎない。エルザは自分の無力さが歯痒くて悔しくて仕方なかった。


「こうしてる間にも陛下は危ないのに……あたしは、あたしは……!」


「無力だな、『斧』の勇者」


 突然、美しく、それでいてどこか冷たい男の声が聞こえた。声のする方に目を向けるとそこには金髪の美丈夫が立っていた。


「あんたは……?」


「『剣』の勇者だ。無力な勇者などこの世にいらん。死んでもらうぞ」


「なっ!!」


 『剣』の勇者を名乗る美しい男はいきなり剣を抜くと、目にも止まらぬ素早さでエルザに斬り掛かる。エルザは何とか斧で受け流すと自分自身を勇気づけ、無理矢理立ち上がる。


「少しは骨があるようだ、だがそれもどこまで持つか……」


「ま、待て! 今魔王の部下がヨトキ城に立てこもってるんだよ! 味方同士で潰し合ってる場合じゃないだろ!」


「味方だと? 笑わせるな」


 男はエルザを鼻で笑った。


「貴様ら無能など同胞だと感じた事はない。いるだけ無駄だ。だから俺は有力な──少しはマシな勇者を殺し紋章の力を奪う。そうした方が効率が良いからな。

 ちょっと強い勇者がちらほらいるより魔王と対等にやり合える勇者が一人いたほうがよっぽど良いに決まっている」


「そんな……! そんなの間違ってる! 一人では限界がある! あたし達勇者が何人も生み出されたのには必ず訳があるはずだ……だから──!」


「言いたい事はそれだけか。くだらん。勇者が何人もいるのは各地の魔物を倒すため、そしていずれ一つになるためだ……。

 無駄話はこれまでだ。死んでもらうぞ!!」


 そう言うとまた男はエルザへと飛び掛かる。


「やっぱりやるしかないのかね!」


 エルザは斧を両手に構えをとり、そしてここに勇者同士の戦いが始まった。

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