メッセージ
濃いめのジーンズを履いた父親は、思った以上に強敵だった。会話が弾むのはいいことなのだけれど、表情は全く変わらず、笑顔のままだ。笑顔も度を越すと不気味に変わる。
「あの子に何か言われました?」と真っ先にそのことを訊ねられた。
「ほとんど喋ってくれなかったんですよ」
「何もって訳じゃないでしょう?」彼は、子供の言動や行動を全て自分の管理下にしないと落ち着けない性格なのかもしれない。この父親は、自分が「フリーター」という社会的地位が低い職業なだけに、子供の生き方に間違いを起こさせたくないようだ。けれどそれが教育とは思えない。自分とは違う人生を歩めと強要されているようにしか思えない。自分が誤った行いをしたからといって、その人にとって、それが過ちになるとは限らない、人生とはそういうものだ。私は即興で分析した。
「美香さんは、邦楽が好きなようですけど」
父親はその緩んだ表情を靴紐を解くように解いて、むすりと、不機嫌な表情になった。
「お父さんは邦楽お聴きにならないんですか?」
「聴かないね、あんな下らないもの」いきなり不機嫌になる。
「ロックなんて良いですよ」私はバンド名を数組しか知らないのに、そう言った。
「あんなの聴いてると脳内お花畑になっちまうよ」
それはあんたの脳内に、花の種を植えてるからだろ。
「他に何か言ってませんでした?」
「うんと・・・」と私は引きつった笑みを浮かべ、「あまり喋ってくれませんでした」と認める。「美香さんは上級生と喧嘩したことを家で話されました?」
「喧嘩したということしか聞いてないです」
その後も彼女の思い出やら、趣味などを彼に聞いてみたけれど、出てきた言葉が「そうですか」と「知りませんでした」の二言だった。これならコンビニの店員の方がもっと色々教えてくれそうだけど。呆れた。
「美香さんにはお小遣いあげてるんですか?」
「普通にあげてます」
「普通はどれくらいの金額なんですかね?」
「もういいんじゃないか、俺はフリーターなんだ、そんな人間にそういうことを聞くのか? 今の先生は」と顔を真っ赤にさせたけど、通常の声色で言った。理性のコントロールは出来るみたいだ。
「失礼しました、では美香さんはどのようなお子さんでしょうか」
「家でもあの通りだよ、感情の変化が激しい奴で、さっきまで笑ってたのにふと見ると怒ってるんだよ、そういう奴だ」くっと、思い出し笑いをこらえながら彼は言った。
何だこの親子は、細かいプロフィール的なことはあまり知ってないけど、性格は理解してるってことなのか。やはり強敵だ。というかつかめない。
複雑なこの親子の関係性に、絶賛スランプ中の私にはもう手をいくつ上げても足りなくて、それは次第に思考は大和親子への疑心に変わり、先生として自信をなくしている私に更なる追い討ちをかけ、人間として狂う様を見て楽しもうとしているのではないか? と思えた。
このままだと私の精神が崩壊し、大和親子の思惑通りになるのが嫌だったので、早々に面接を切り上げることにした。
美香を再び呼び、親子で並んでもらう。「再度指導を行いますので、明日はよろしいですか?」とあたしが質問すると、「三上先生はいついられますか?」と質問を返された。なぜこの父親が三上君を知ってるんだろう?
「三上先生とお知り合いですか?」
「えぇ、ちょっとした仲で」と愛想良く返事をする父親に、「そんなことどうでもいいじゃない、バァカ」と言い放つ娘。
ちょっと親にそんな口の利き方ありなの、という感情がよぎってすぐ、「それもそうだな」とヘラヘラ返事をしたので、人の家庭教育に口出すのも厄介なので、話を元に戻した。
「明日は大丈夫ですか? 美香さんだけでよろしいので」
「明日はちょっと用事があるので、明後日でいいですか? 申し訳ないです」と申し訳なさそうに父親は言った。
「美香さん大丈夫?」と訊ねると、彼女は首だけで返事をした。ちょっと不安だったので、「来なかったら迎えに行くから」と半ば脅迫まがいなことを言っても、彼女は首だけで返事をした。その顔は指導前より明らかに明るい表情をしていた。
再指導をする、と言われれば、ほとんどの生徒は嫌な顔をする。面倒だし、不安にもなるだろう。ただ、美香は違った。今まで出会った、生徒で喜怒哀楽の喜の表情を出す子は初めてだ、大体が、怒か哀だ。といっても生徒指導をしたことがあるのは、指の本数より少ないけれど。
私はなんだか腹が立って、三上くんから預かっていたCDを美香に渡した。すがり付く気分で、「これ聴いて、宿題だから」
父親もそれを覗き込んでくる。
「ハイロウズっていうバンドのアルバムだよ。結構有名だから聴いたことあるかな?」と聴いたこともないくせに、知ったような口を利いた。
「え!?宿題」
「歌詞を読みながら聴いて、一番好きなフレーズを私に教えて、ひとつで十分だから」
「わかりました」と美香はケースを開け、歌詞カードをぺらぺらとめくった。父親が興味心身に覗いている。
正直なところ、音楽が人の心を変えると私は思っていなかった。そんな魔法めいてロマンチックなことがあるわけがない、短期間なら影響されるだろうけど、人の記憶力なんてずっと覚えておけるほど上等なものではない。まぁその影響を与える期間が長いほど名曲と言うんだろうけど。こんな宿題を出している時点で、投げやりだったことは否めない。
「今日はお疲れさまでした」といって、見送ろうとしたところで、美香が小さな声で笑い出した。見ると歌詞カードを開いている。心地のよい笑い声が次第に大きくなってくる。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない、後で三上先生によろしく言って下さい」
なんだか嫌な予感がした。もしかして歌詞カードに手紙的なものを入れていたのだろうか? けれどその程度で彼女があれほどの笑い声を出すのだろうか、考えれば考えるほど、頭がこんがらがる、これ以上の混乱は避けたいと思い、少し強引に部屋を追い出した。
大和親子に帰ってもらってすぐ、職員室に戻りながら、携帯電話から三上くんに電話をした。「CDに挟まってたものはなんですか!」三上くんに食ってかかった。
「別に、お前が気にするほどのものでもないよ」
「気にしますよ、何をはさんでたんですか?」
「知らなくていいことも世の中にはあるんだよ」そう言って、彼は電話を切った。私は不完全燃焼に陥ったので何度も彼のダイヤルを回したけれど、マナーモードにされ、終いには電源を切られてしまった。まぁいいや、明日聞くことにしよう。
けれど少し疑問が残る。何故、美香は三上くんのCDだとわかったのだろう。私は自分の物のように渡したのに・・・。やっぱり挟まっていたものに何か秘密があるんだろう。
私は気になって仕方がないので、彼の家まで押しかけようと思ったけれど、やめた。
美香が指導を行う前よりも明るい表情をしてあれだけ笑ったのは私の力ではない。間違いなく、三上くんが挟んだもの、それのお陰だ。




