表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/19

第19話:外縁門の血封

王都外縁門へ辿り着いた吉継たち。

血封の黒い筋を隠すのではなく、先に示すことで門を越えようとする。

王都外縁門は、朝霧の向こうに黒く立っていた。

 石造りの門楼は高い。左右には見張り台があり、槍を持った兵が二人ずつ立っている。門の前には荷馬車と旅人の列ができ、通行控えを持つ者、持たぬ者、荷を改められる者が順に止められていた。

 王都。

 その言葉だけで、空気の重さが変わる。

 吉継は列の最後尾に立ち、白頭巾の奥から門を見上げた。

 ここを越えれば、王国の中枢に近づく。

 この王都のどこかに、いる。

 根拠はない。

 だが、関ヶ原で果たせなかった約束の残り火が、胸の奥でかすかに疼いていた。

 三成に似た魂が、この都のどこかにある。

 まだ顔も知らぬ。声も知らぬ。名も知らぬ。

 今度こそ守る。

 そのために、この門を越える。

「大谷さん」

 エルネが文書袋を抱え直した。

「外縁門では、先に通行控えを見せます。聞かれたら紹介状。告発状は最後。最初から全部出すと、逆に怪しまれます」

「血封は」

「隠せません。隠して見つかる方がまずいです」

「なら、こちらから出す」

「はい。見つけられる前に、確認させます」

 チヨネが吉継の袖を掴んだ。

 ふん。

 心配。

 吉継は袖を掴む小さな指に目を落とした。

「大丈夫だ。斬る場ではない。ここでは刀より、紙を前に出す」

 チヨネはこくりと頷くが、影は吉継の足元から離れない。

 列が少しずつ進む。

 役人は三人。

 一人は帳面を持つ中年の男。もう一人は若い兵。三人目は、門の横に立つ白い法衣の女だった。

 神殿関係者。

 胸元に光神教の印がある。

 エルネが小さく息を吸った。

「神殿の検査役がいます」

「珍しいのか」

「毎日ではありません。灰羽はいばねの報せが回った可能性があります」

「想定内だ」

「本当に? 半分以上は読めていた顔ですけど」

「半分はな。残り半分は、門の顔を見てから決める」

 すべて読めていたわけではない。

 だが、血封の黒い筋が神殿の目に留まる可能性はあった。隠せないなら、隠さない。相手に見つけさせず、こちらから差し出す。

 発見ではなく確認にする。

 門前で逃げる者と、出頭する者では、見え方が違う。

 吉継たちの番が来た。

 帳面の役人が顔を上げる。

「三名か。目的は」

 吉継は一歩前へ出た。

「王都政務院外記局へ出頭する。灰羽を名乗る者から追跡と襲撃を受けた件を、申立てるためだ」

 役人の眉がわずかに動いた。

 先に言う。

 敵に名を出される前に、こちらが名を出す。

 吉継はエルネへ視線を向けた。

 エルネはすぐ通行控えを差し出す。

「西宿カラン書き屋組合、ノアの立会印があります。本人確認の血封も封じています」

 役人は文書を受け取り、封蝋を見た。

 青と赤の混じる蝋。

 その奥に沈む黒い筋。

 若い兵が一歩下がる。

 白い法衣の女だけは、目を細めた。

「その封蝋、見せてください」

 声は穏やかだった。

 だが、穏やかな声ほど厄介な時がある。

 役人は迷ったが、法衣の女へ通行控えを渡した。

 女は封蝋へ指を近づける。触れる寸前、指先に淡い光が灯った。

 チヨネの影が跳ねる。

「待て」

 吉継は低く制した。

 チヨネの影が、ぎりぎりで止まる。

 法衣の女は吉継を見た。

「浄光反応を確認するだけです」

「その光は、俺には毒になる。善意でも、触れれば肉が焼ける」

 若い兵が顔をしかめる。

「光が毒だと?」

「この体は病毒に適応している。光で正常に戻そうとすれば、かえって壊れる」

 法衣の女の表情が初めて揺れた。

「……自覚があるのですね」

「ある。だから先に言った。ここで倒れれば、あなたも困るだろう」

 女は指先の光を弱めた。

 だが、完全には消さない。

 封蝋の黒い筋が、光へ反応して微かに脈打つ。

 同時に、吉継の右腕の包帯の下が熱を持った。

 焼ける。

 軽い光ですら、内側の病毒を逆撫でする。

 吉継は表情を変えない。

 静かな声を保つ。

「検めるなら、文書を検めよ。俺の肉ではなく。門前で人を焼くのは、そちらの本意ではあるまい」

 役人が咳払いをした。

「検査役殿。ここは門前です。列も詰まっております」

 法衣の女は封蝋を見つめたまま言った。

「この血は危険です」

「危険だからこそ、王都で申立てる。危険なものを門前で握り潰す方が、よほど危うい」

 吉継は即座に返した。

「地方で灰羽に追われ、神殿の印に近い札も見つかった。ここで俺たちを止めれば、申立てそのものを門前で潰したことになる」

 女は黙った。

 役人の目が変わる。

 エルネがすかさず口を開いた。

「告発状もあります。ただし、ここでは提出しません。外記局で受理印を得るための文書です。門前で開封すれば、記録の扱いが曖昧になります」

 早口だが、言葉は乱れない。

 役人はエルネを見た。

「代書屋か」

「エルネ・フォリオ。記録者です」

「なるほど」

 法衣の女は封蝋から指を離した。

 吉継の右腕の熱が、ようやく少し退く。

 だが痛みは残った。

 チヨネが袖を強く掴む。

 吉継はわずかに頷く。

 気づいている。

 だが、ここで崩れるわけにはいかない。

 法衣の女が言った。

「通しても、王都内で監視はつきます」

「構わぬ」

「逃げれば、捕縛対象になります」

「逃げるために来たのではない。逃げるだけなら、王都の門など選ばぬ」

 吉継は役人へ向き直った。

「外記局へ向かう。通行を認められたい」

 役人は通行控え、紹介状、吉継の顔、チヨネ、エルネを順に見た。

 最後に、封蝋へ視線を落とす。

 青と赤。

 黒い筋。

 役人は帳面へ何かを書き込んだ。

「王都外縁門、通行を認める。ただし、外記局へ直行すること。途中で問題を起こせば、この控えは無効とする」

 エルネの肩が、目に見えて下がった。

 チヨネの影がふわりと緩む。

 吉継は深く頭を下げなかった。

 ただ、静かに頷く。

「承知した」

 門が開く。

 内側から、王都の音が流れ込んだ。

 鍛冶の槌音。

 商人の声。

 馬車の車輪。

 遠くで鳴る鐘。

 人の数が違う。

 匂いも違う。

 権力と金と欲が、石畳の上で熱を持っている。

 吉継は門を越えた。

 その一歩で、長く続いた逃走が終わるわけではない。

 むしろ、ここからが本当の戦場だ。

 だが、入った。

 王都に。

 ミセリアへ近づくための、最初の門を越えた。

「大谷さん」

 エルネが小声で言った。

「入りました」

「ああ」

 チヨネが、ふんふん、と小さく鳴らす。

 嬉しさを抑えきれない音だった。

 吉継はその頭に軽く手を置いた。

「よく耐えた。影を出さずに我慢する方が、斬るより難しい時もある」

 チヨネは目を細める。

 その時、門の外側で白い法衣の女が、誰かに小さな札を渡していた。

 吉継は見逃さない。

 監視はつく。

 ならば、監視されることも使えばいい。

 吉継は懐の軍配に指を触れた。

 王都の道は広い。

 だが、広い道ほど、人の流れは読める。

 ここで必要なのは、剣ではない。

 まずは外記局。

 紙を受理させる。

 そして、この国の中枢へ近づく。

 白頭巾の奥で、吉継は静かに息を吸った。

 王都の空は、朝霧の向こうで鈍く光っていた。

     ◇

 王都政務院の奥、書類の山に囲まれた執務室で、ひとりの女性が報告書に目を落としていた。

 白い指が、紙面の一点で止まる。

 病毒持ちの男。

 白頭巾。

 血封に黒い筋。

 灰羽はいばねとの衝突。

 政務院外記局への出頭予定。

 女性はしばらく黙っていた。

 机の上には、未決裁の書類が整然と積まれている。どれも王国の税、治水、兵糧、孤児院、神殿予算に関わるものばかりだ。

 彼女はそのすべてを、感情のない目で処理していた。

 だが、その報告書だけは、なぜかすぐに次へ送れなかった。

「病毒持ちが、王都に入った」

 声は静かだった。

 驚きも嫌悪もない。ただ、事実を置く声。

 補佐官が緊張した面持ちで尋ねる。

「宰相閣下、外記局へ回しますか」

「回す。だが、その前に」

 女性は報告書を閉じた。

 そして、ほんのわずかに目を細める。

「会ってみるわ。病毒持ちが自分から門を叩くなら、理由を聞く価値はある」

ようやく吉継たちは王都へ入りました。

そして最後に、王都中枢側も吉継の存在を知ります。次回から、政務院と外記局、そして「あの女性」へ物語が近づいていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ