707.病は気が弱るの
実の母親であるユーリア様のほうが、心強いと思うけれど。私でも代理くらいは務まるかしらね。微笑んで用意された椅子に腰かけた。先ほどレオンが座っていたほうよ。
「……あの、レオンが気になる……ので」
「そうね。ラルフの真面目なところ、とても好ましいわ。今は体調が不完全でしょう? そういうときはね、甘えていいのよ」
すると驚いたように目を見開いたあと、ぷいっと逸らしてしまった。何か悪いこと言ったかしら? しばらく待てば、こちらを向いてくれた。目が潤んでいるのは、見ない振りね。こういう言葉、かけてもらった経験がないのかも。
「バルシュミューデ公爵家では、寝込んだら何を食べるの?」
とりあえず、どんな看病だったのか探ってみる。直接尋ねたら気にするから、先ほどの朝食の話の延長から入りましょう。
「パンをミルクで煮たのを食べました」
思い出したのか、少し表情が和らいだ。ぽつりぽつりと語った内容では、母に看病してもらったことは数えるほどらしい。ユーリア様は社交に忙しいから、仕方ないのかもしれない。でも寂しかったんだわ。表情がそう物語っていた。
「今日は一日一緒にいられるわ。どうする? 絵本を読みましょうか、それとも歌?」
「えっと……あの……手を」
言われるまま手を差し伸べる。恥ずかしそうに、でも指を絡めて握られた。繋いだ右手の上に左手を重ねて包むラルフは、その手を額に当てる。目を閉じてじっとしていた。
「疲れ、るか……な」
眠りかけているのか、声が途切れる。出そうになった欠伸をかみ殺す仕草に、こちらの頬が緩むわ。壁際に控える侍従がこちらを気にしていた。手伝いが必要か判断しているの? 首を横に振って、今は大丈夫と伝えた。
「平気よ、好きな状態でいいわ。病の時はね、心が弱ってしまうの。元気になればいつも通り、だから今は弱い姿を見せても大丈夫よ」
こくんと頷いたラルフはそのまま眠ってしまった。自分の手で私の手を引き寄せて、すやすやと寝息が聞こえる。空いている右手で横から額に触れ、熱を測った。結構温かいわね。
「冷たいお水とタオルをお願い」
無言で一礼する侍従が扉の外へ注文を伝える。準備されたタオルを受け取って戻った彼に、濡らして絞るようお願いした。ひんやりとしたタオルを、首筋に当てる。気持ちいいのか、すり寄る仕草を見せた。猫みたいだわ……あ!
「猫の世話、私の当番を変更しなきゃ!」
先日もトイレ当番をすっ飛ばしたばかりで、今日はお掃除だったわ。私の声に侍従がくすっと笑った。立ち上がって扉の向こうへ消えたけれど、すぐに戻ってくる。どうやら誰かに伝言してくれたみたい。助かったわ。




