698.公爵邸の秘密の部屋 ***SIDE侍女長
夫フランクが合図を送る。奥様の描いた絵は……なんと表現すればいいのか。すごく、不思議な絵ばかり。見えている世界が違うのかと心配になるほど、特徴のある色使いや線を描きます。
以前の猫の絵画も独特でした。あの絵は旦那様が大切に保管していますが、今回も保管していただいたほうが良さそうです。若様も不思議な絵を描かれますので、奥様の絵はお好きなようでした。お嬢様は初めてご覧になるので、戸惑うかもしれません。
「奥様、仕上げはこちらで承ります」
絵の得意な侍女がいる。子爵家の令嬢で、休みの日も絵を描いて過ごす。彼女なら綺麗に仕上げるでしょう。頭の中で段取りをつけた。さすがに休日返上は気の毒なので、仕事の時間を使って描いてもらった。柔らかな印象の色を使い、子供用にふんわりした絵に仕上がった。
「ご苦労様。特別報酬が出ますからね」
「本当ですか?! 新しい筆を買いたいです」
数日後の休みに街へ出るというので、彼女には明日支払いましょう。特別報酬は、様々な使用人がもらっている。先日も庭師のティムやハンスに与えられた。
離れの庭を野菜の畑に変えると聞いて驚いたけれど、若様達の教育の一環なら問題ありませんね。当日のお菓子に加え、報酬を出しました。普段の仕事以上に働けば、それは金銭という対価で報われる。この仕組みを考えたのも、奥様です。
本来は公爵邸に勤めること自体、名誉なのですから。報酬額も他の貴族家より高額で、けれど王宮で働くほどの知識や技術がない。家を継げない貴族の子女が求める最高の職場でした。私も伯爵家出身ですが、嫡子ではないのでケンプフェルト公爵家に勤めています。
家令となったフランクと結ばれ、敷地内に家も頂いて。坊ちゃまの乳母も務めた頃が懐かしいですね。
絵の具が乾いた紙芝居の絵の裏に、物語を写していく。公爵夫人の代筆を務めることもある侍女長の仕事です。綺麗に丁寧に、模写してペンを置きました。
「こちらの絵は、旦那様にお伺いして……あの部屋にしまうとしよう」
フランクの言葉に、そうねと頷いた。奥様の描かれた絵は、一枚たりとも捨ててはならない。旦那様の厳命で、専用の収蔵部屋が用意されました。それぞれに日付と何の絵かの解説がついた絵は、高級な額に入れて飾られています。お気に入りの猫の絵は小さかったこともあり、仕事場にあるとか。
旦那様の執務室に……あの猫の絵が……! 仕事仲間の方々は、褒めるのでしょうか。それとも見なかった振り? もしかして、うっかり貶して左遷されたら気の毒です。今度、坊ちゃま……ではなかった旦那様に聞いておきましょう。
奥様の直筆絵画を抱え、私とフランクは滅多に人が通らない屋敷の奥へ向かいました。忘れないよう、鍵をしっかりと握って。




