685.家族で決めるなら、末っ子も
朝食が終わったのに、ヘンリック様が仕事に出かけない。
「あなた、出かけなくて大丈夫?」
「問題ない」
きっぱり言い切ったので、視線をベルントに向けた。ヘンリック様のカバンを持つ彼は、ゆっくり首を横に振る。どうやら出勤日みたいね。
「お仕事を放りだす人は嫌いですよ」
「……っ、だが……いや、行ってくる」
咄嗟に反論しようとして呑みこむから、なんとなく勘づいてしまった。植える野菜決めに参加したかったのね? ならば、妥協案を考えるのが妻の仕事でしょう。
「こうしましょう。まず野菜の種類を決める。それからヘンリック様はお仕事に行きます。私達はどこへ植えるかを決めて、帰ってきたら報告するわ。どう?」
「ありがとう」
美形の満面の笑みって、もう凶器よね。私の心臓を止める気かしら? 惚れた欲目もあるとして、仕方ないけれど。どきどきしちゃったわ。胸元を押さえて、ゆっくり深呼吸した。
「では学習室へ移動しましょうか」
ヘンリック様が隣に立って、当然のように手を差し伸べる。腕を組んだら、ローズが「やっ!」と叫んだ。ヘンリック様の抱っこがいいの? イヤイヤ期だから別の理由かも。
「ローズ、お父様の抱っこがいいの?」
首を横に振る。違うらしい。
「私の抱っこ?」
「やぁああああ!」
叫ぶローズが仰け反り、抱いていたマーサが「あらあら」と慣れた様子で支える。慌てない、落とさない。完璧な対応ね。ローズの叫びに賛否を示さないのもいいわ。
「ろじぃ、あるく」
レオンがスカートの裾を引っ張って、訴えてきた。お兄ちゃんにはわかるの?
「ローズ、お兄ちゃんと手を繋いで歩きましょうか」
鼻水を垂らしたまま、大きく頷いた。その勢いで、今度は頭から落ちそうになる。これまた慣れた手つきで、マーサが支えた。
「そうだわ。せっかく家族で相談するのなら……ディも呼びましょうね」
仲間外れはダメだわ。私の提案で、マーサが迎えに行った。降ろされたローズはラルフとレオンの間で手を繋ぎ、ご機嫌で笑う。でも鼻水が……と思ったら、イルゼがさっと拭いた。本当に出来た使用人ばかりで助かるわ。
「ローズちゃんはレオンが大好きね」
やり取りを見守ったユリアーナが、くすくすと笑った。にぱっと笑うローズが繋いだ手を揺らす。先に歩き出したレオン達を追って、私とヘンリック様も学習室へ踏み込んだ。
お父様が教師をしてくれた時から、少しだけ部屋の内装を変えた。部屋の半分を絨毯敷きに変更し、残りはテーブルや椅子が置かれている。壁際の書棚は、下のほうに絵本が並んだ。レオンの好きなお絵描きの道具や粘土も一緒に。積み木は窓際の籠に放り込む方式だ。
「ディルク様をお連れしました」
我が家の末っ子ディルクの到着で、思い思いの場所に腰を落ち着ける。
いけない! 肝心の庭師さんを呼び忘れたわ。




