658.お兄ちゃんでも我慢させない
寝るときに動けないと、こんなにあちこち痛いのね。目が覚めて苦笑いした。体をほぐすために伸びたら、ぼきっと変な音がする。睡眠時の寝返りは大事だわ。
ちょっと寝過ごしたようで、外の日差しは傾き始めていた。ヘンリック様が帰って来るまでまだ余裕がある。どうしようかしら?
「お母様……」
レオンの呼び声に振り返った。やっぱり顎が少し赤いわね。歯は無事だったし、切ってもいないけれど……痛むでしょう。眉尻を下げて抱き寄せた。ずずっと洟を啜ったレオンが抱き着き、目の覚めたローズが「あたちも」と手を伸ばす。
勢いよく飛びつこうとしたので、手で押し留めた。と同時に、ラルフも動いていた。間に割り込む形で寝転がる。咄嗟の動きにしても、驚いたわ。運動神経がいいのね。
「ありがとう、ラルフ」
「やぁ!」
体を揺すって不満だと訴えるローズの目を覗き込む。ぴたりと動きが止んだ。抱きしめたレオンの黒髪を撫でながら、言い聞かせる。
「ローズ、先にお兄ちゃんにごめんなさいして。痛かったのよ」
「……う……」
嫌だと叫びそうになったローズは、唇を尖らせた。自分が悪いとわかっている。痛かったのも覚えていた。でも素直に「ごめんなさい」が出てこない。あたしだって痛かったと思っているのでしょう?
「お兄ちゃんがローズに同じことをした? 頭がぶつかったのはわざとじゃないと知っているわ。でも謝らない理由にならないの。痛かったレオンに謝れる?」
「……うわぁあああ」
泣いて誤魔化す気はないみたい。でも頭の中がいっぱいになったのね。腕の中のレオンが「僕、いいよ」と言うけれど、そうはいかないの。
「レオン、ここで許したらローズはダメな子になっちゃうわ。謝れない子はお友達も出来ないの」
ちらっとラルフを見て、私を見て、レオンは小さく頷いた。妹を泣かせるなら、お兄ちゃんだから我慢する。その考えは危険だわ。レオンはいい子すぎて、全部我慢しそうなんだもの。その結果、将来困るのはローズ自身よ。
「ローズ、悪いと思っている?」
泣き続けるローズがしゃくり上げながら、こくんと首を縦に振る。
「ごめん……でいいわ。頑張れるかしら?」
「ごめ、ちゃいっ」
泣いている間に落ち着いてきたのね。レオンに嫌われたくないローズは、ちゃんと謝れた。
「いいよ」
レオンが許したので、手を差し伸べる。ラルフが驚いてローズを凝視していた。あの嫌々状態から、まさかの謝罪ですもの。私もこんなに早く謝れると思わなくて、驚いたくらいよ。子供は親が思うよりずっと、日々成長しているのね。




