657.お昼寝前のひと騒動
ローズのイヤイヤ発動をレオンの機転で乗り切ったら、絵本の題材選びに失敗した。興奮したローズはベッドの上で這い這いし、ラルフは寝たフリを始める。レオンは迷った末、私の隣に潜り込んだ。へにゃりと笑って抱き着く姿に、微笑みが浮かぶ。
「ろじぃも!」
えいっと容赦なく全力で飛びつくローズが、レオンの顎に頭をぶつけた。痛いのは両方だけれど、可哀想なのはレオンよ。母に甘えていたら、突撃されたんだもの。大泣きする声に、壁際に控えた侍女が動き出した。私の目配せで、ローズを抱き上げる。
「いやぁ! やっ」
私の抱っこがいいと訴えるも、侍女は「大丈夫です」と言いながら距離を離す。部屋を歩き回り、背中をぽんぽんと叩いた。子供達の周囲には、幼子の面倒を見ることに慣れた人を配置している。イルゼやマーサの指導もあるので、多少の癇癪は受け流せる強者ばかり。
リズムよく歩く侍女の腕が温かく、背を叩く振動でローズの目がとろんとしてくる。その間に、私はレオンの顎を確認した。舌を噛んでいたら大変だし、もし歯が折れていたら……。大泣きするレオンに、慌てたラルフも起きてきた。
泣きじゃくるレオンの口に血の跡はない。ほっとして、頭を抱き寄せて撫でた。
「痛かったわね、ごめんなさい。お母様が間に合わなかったの」
赤くなった顎はほんのり熱を持つけれど、顎に触れても痛がらない。頭のたんこぶ状態ね。しばらくは痛むだろうと思いながら、顔を見て目を合わせた。しっかり謝る。寝るのだからローズを叱らないといけなかったし、レオンの安全を確保するのは抱きしめていた私の役目よ。
驚いたように目を見開いたレオンは、首を横に振った。凄い勢いなので、転ばないよう両肩に手を添えて支える。
「おかあ、さま……ちがう」
お母様のせいではない? そう言ってくれる優しい子なのね。
「ありがとう。本当にごめんなさいね」
繰り返して、おろおろするラルフを手招きした。自分が寝たフリをしている間に起きたので、責任を感じていそう。ラルフの頭を優しく撫でた。ほっとした顔になった彼に言い聞かせる。これは事故で、偶然で、あなたが悪いのではない。
「ろじぃは?」
「ほら、もう寝ているわ」
侍女のほうを手で示せば、ローズの首が後ろにがくんと倒れていた。こちらから見ると逆さのローズね。目がうっすら開いているけれど、眠っていた。白目剝いているのは、裏返ってるせいかしら? 怖い。
「ろじぃ……ぃたい?」
「……えっと、たぶん……平気そう」
あの様子では痛みはそんなに感じてないと思う。頭頂部と顎なら、絶対に顎のほうが痛いわ。そう話して、口の中をもう一度確認した。あーんと素直に口を開けたレオンを、隣からラルフも覗き込んでいる。切れて血が出ている場所はないわ。
ほっとしながら「おしまいよ」と口を閉じる許可を出した。
「我慢できて偉かったわ、お兄ちゃんですものね」
レオンが好きな単語を使って褒めると、本当に嬉しそうに笑った。やっぱりうちの子は天使過ぎるわ。
侍女から受け取ったローズはぐっすり眠っていて、彼女を横たえた周囲で私達も目を閉じた。伸ばした左腕の先がローズに触れ、腕枕状態のレオンが転がり、背中にぴたりとラルフがくっつく。ちょっと寝苦しいけれど、可愛いうちの子達が休めるなら……我慢ね。




